私を本気で……
「全く、お父様にも困ったモノね!」
黒髪の娘が溜め息交じりに言った。
ここは屋敷の離れのようで、和風な作りで庭がある場所だった。
……が、盲目の青年にはその様子を見る事はできない。
時折聞こえる獅子脅しの音で、辛うじてそれと分かるだけだ。
「勝手に他人引きこんで『後はこの者次第じゃ』? アタシ達の意思はどうなのよ!?」
「お姉様、失礼ですよ!」
「……そんな事言って、一番この方を気に入ったの黒姉じゃないの」
「同意……」
白、茶虎、白黒の髪の娘がそれぞれ言う。
黒髪の娘はうっと詰まる。
「た、確かにそうだけどっ!!」
「ふふふ、皆様は仲が宜しいようですね」
盲目の青年は穏やかな笑みを浮かべながら言う。
「は、はぁっ!? こんなのが仲がイイ、なんてアンタ目が節穴なんじゃ……」
「お姉様!!」
「黒姉っ!!」
妹2人に窘められ、黒髪の娘はハッと口を押える。
だが、けなされた本人は穏やかな笑みを浮かべたままだ。
「確かに、私の目は光を通さないので、節穴かもしれませんね」
「……黒姉、謝る」
「……ご、御免なさい……」
黒、と呼ばれた娘は小さく言い、頭を下げる。
それに倣うかのように白髪の娘も頭を下げる。
「申し訳御座いません。姉が失礼な事を……」
「いえいえ、事実ですから。気にしていませんよ」
「ですが……」
「いえ、本当に大丈夫ですよ。……あぁ、申し遅れましたね。私は水無月。水無月蓮と申します」
蓮、と名乗った盲目の青年は深々と頭を下げる。
白髪の娘も、それに気付いたのか再び頭を下げる。
「あぁ、こちらもまだ自己紹介をしていませんでしたね。私は白と申します。先程から強気な態度を取っているのは姉の黒。すぐ下の妹が三毛。その下の物静かな妹が玉と言います」
「……宜しく」
「宜しくお願いしま~す」
「……どうも」
紹介された3人はそれぞれ簡単な挨拶をする。
蓮は顎に手を当て、何かを考えているような素振りをし、
「貴女が黒さん」
と、黒髪の娘を指し、
「貴女が白さん」
白髪の娘を指し、
「貴女が三毛さん。そしてその傍に居る方が玉さんですね?」
茶虎の髪の娘と、その傍に座る白黒の髪の娘を指す。
言い当てられた4姉妹は驚きを隠せない。
「なっ、なんで分かったのよ!?」
「凄い……」
「目は見えずとも気配は分かりますので……。それに先程猫王様に謁見する時、私の手を引いていたのは白さんですよね?」
「……当たりです」
「凄い過ぎるよ、蓮さん!」
「目にばかり頼っていては見える物も見えない物です。が、見えている事で見える物もありますから、どちらが良いとは言えませんが」
蓮はふふふと笑う。
「それで……あの、さっきの話の事なんですケド……」
三毛がおずおずと尋ねる。
呆気に取られていた3人も我に返る。
「そうそう。あんな話聞かされて、アンタどうする訳?」
「私達は4姉妹。その全員が貴方様に心を傾けてしまったようなのですが……」
「もちろん蓮さんが迷惑なら、無かった事で良いんだよ?」
「……どうするの?」
そうですね、と連は再び考える素振りを見せる。
4人は不安そうな表情を浮かべていた。が、それが盲目の青年に伝わっているかは定かでない。
「先程申した通り、私には帰りを待つ妻子も家族もない天涯孤独の独り身です。なので、こうしましょう」
暫し考えた後、そう言った。
そして、4人がそれぞれいる場所に見えぬはずの目を向ける。
4人は相手には見えていないと分かっていながらも、彼を真っ直ぐ見つめ返す。
「私を……本気で貴女方に振り向かせて下さい」
「……は?」
「え……?」
「私は恋と言う物も愛情と言う物もあまり知りません。なので、私が貴女方のどなたかに愛情を感じ、添い遂げたいと思った方を人の世へお連れします」
「え、えっと……」
「……つまり、蓮に、恋をさせろ、と?」
「そういう事になりますかね……。人の世にはもっと無理難題を言った姫の話があります。それに比べたら、簡単かと……」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
動揺しながら黒が叫ぶ。
混乱している頭を整理させるかのように蓮に尋ねる。
「えっと、それまでここに居るって事?」
「ええ」
「それで……、アンタがアタシ達に愛情を感じなかったら?」
「その時は……残念ですが、このお話は無かった事に」
「い、いつまで居る気なの……?」
「人の寿命は貴女方に比べ短い物。それに恐らく、貴女方に比べ心変わりもし易い……」
にこやかな微笑を浮かべ、黒を見つめる蓮。
つまりは彼は気まぐれにこの世界から去ってしまうか、4姉妹の誰かに心動かされるまでこの世界で過ごす、という事を言ってるようだ。
「ど、どうしますの、お姉様……」
「んな事言ったって……」
白と黒がコソコソ小声で相談し始める。
そこに三毛と玉が加わる。
「蓮さんなら、私達を『見世物』として扱わなさそうだけど……」
「……あの人、良い人そう……」
「人間なんて外見じゃ判断できない。……って、言いたいとこだけど……」
暫く押し問答のようなやり取りが続いた後、黒が蓮に近寄り言った。
「いいわ、気の済むまでここに居ればいいわ」
「……宜しいのですか?」
「但し、アタシ達を含め他の猫達に危害を加えよう物なら、容赦無くここから追い出すからね」
冷酷に黒は言い放つ。
蓮は微笑みながら、
「そのような事は決してしないとは思いますが、不快に思われる行為をした場合は容赦無く追い出して結構ですよ」
そして、深々と頭を下げる。
「では、不束者ですが宜しくお願いします」
お気づきの方がいらっしゃるかも知れません。
が、あえて言います。
逆かぐや姫です。