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―8―


 ――和奏、今度久しぶりにご飯でも食べない?

 ――いいよ。しずちゃんの都合のいい日、教えて。


 そんな感じにあっさり旧友と約束を交わしてから数日。待ち合わせ場所に、帽子に黒縁眼鏡という出で立ちで現れた友人を見て、和奏はこそこそと彼女の方へ駆け寄った。

 しずちゃん――宮塚(みやつか)しずくは、小学校の時からの和奏の友人だ。昔から歌が好きだった彼女は、今では若い女子に人気のシンガーソングライターとして第一線で活躍している。だから目深に被った帽子も、顔立ちを誤魔化すような黒縁眼鏡も、彼女には必要なものだった。

「あ、和奏!」

「しずちゃん、お疲れー」

「お疲れ。冬以来だったっけ、久しぶりね」

「うん。あ、とりあえずお店行こう」

 すらりとした長身のしずくと並ぶと、155センチの和奏は少し小さく見える。今日のしずくは7センチあるヒールを履いているので、更に和奏よりも高くなる。和奏は小学生の頃からこの友人の身長に憧れていた。背が低い方が女の子らしくていい、と言われる事もあるが、155というのは実に中途半端な背丈だと思う。

 予約を入れていた個室の居酒屋に入り、さくっとドリンクの注文を済ませる。それが届くと二人はグラスを手に取った。和奏は蜂蜜梅酒を、しずくはカシスオレンジを。カン、と高い音が響きグラスが重ねられる。

「あのさぁ、しずちゃん。早速なんだけど、王様の耳はロバの耳なの」

「は?」

 会社の人間には話せない事だ。幾ら彩夏が親しくとも、やはり洩らす事は出来ない。だけどもう限界だ。誰かに聞いて欲しい。

 不思議そうな顔をするしずくに、和奏はこの一ヶ月間で起きた事を全てぺろっと吐いてしまった。


 ◆ ◇ ◆


「何それ、ドラマみたい」


 全部聞き終えたしずくが最初に零した感想が、それだった。実に的確な感想だと思う。

「そのドラマみたいな事が現実にあったんですよ……って言うか、現在進行形なんだけど」

 和奏はぼやきながら唐揚げを口に運んだ。衣がサクサクとした唐揚げは、噛むとじゅっと肉汁が溢れてきた。はぁっと溜息をつく和奏を前に、しずくはサラダを食べながら、

「でも和奏、それって上手くやれば玉の輿に乗れるんじゃない?」

 と言った。

「玉の輿って……しずちゃん、あのねぇ」

「だってそうじゃない? 国峰グループのお坊ちゃんなんでしょ?」

「でも分家だよ」

「分家っていったって国峰よ? それ絶対捕まえておくべきだと思うわ、私は。今はビジネスだけど、そこから本当の愛に発展しないとも限らない訳でしょう?」

 それはしずくが斗真を知らないから言える事なのではないか、と和奏は思う。異性に興味を持っている様子が全く見受けられない彼と、本当の恋愛に発展する事などまず無いだろう。

 この一ヶ月間、自分は斗真の割と近くに居たと思う。そして近くで彼を見てきて思ったのだ。やっぱりこの男は本当に彼女を作る気など無いのだと。和奏から見て結構良い女だと思う女性のアプローチにも全く靡かず、そして先日のアレだ。和奏と付き合っているのだと周知のものにした。

「いやー、無いと思う。あの人に限って」

「分からないわよ。和奏、頑張ってみたら? 毎週食事にも行ってるんでしょう? 自分をアピールするいい機会じゃないの」

 あの男に対して一体何をどうアピールしろと。難しい事を言う。

 渋い顔で黙り込んだ和奏を見て、しずくはくすりと笑った。

「でも安心だわ。前の彼氏、何だか危ない気がすると思ってたから」

 彩夏に言われたのと同じような事をしずくにも言われ、和奏は複雑そうな顔をする。

「……それ、会社の人にも言われた」

「ま、そうでしょうね。って言うか、借金残して蒸発とか本当にロクな男じゃなかったわね。別れて正解よ、それ」

 嘆息しながら言うしずくに和奏も頷いた。確かにロクな男ではなかったのだ。今となっては、もう恨む気持ちすらも無いけれど。

 ただ、自分がアキラと付き合ってきた数年間は一体何だったのだろう、とは思ってしまう。彼を好きだったけれど。その気持ちに嘘は無いけれど。その結末がこれではあまりにも報われない。今更考えても仕方のない事ではあるが。

 和奏はチーズフライを口に運びながら、とりあえず話を変える事にした。

「って言うか、しずちゃんはどうなの?」

「どうって?」

「遠距離の彼氏くん。パティシエ目指してるんじゃなかったっけ」

「ああ、うん。とりあえず洋菓子店に就職決まったのよ」

「わあ、そりゃめでたい」

「それでこの間、就職祝いに旅行に行ってきたの。ちょっと和歌山までパンダ見に。写真あるけど見る?」

「見る見る」

 身を乗り出す和奏に、しずくは携帯を操作して差し出した。ディスプレイにパンダと戯れる青年の写真が表示されている。

「あー、やっぱ高梨さんに似てるねー」

「そりゃ兄弟だもの」

 しずくの彼氏の兄は有名バンドのボーカリストだった。携帯のディスプレイに映る顔は、兄と良く似ている。数ヶ月前、しずくはそのボーカリストとの熱愛報道を週刊誌に書かれていたのだが、実際の熱愛相手は一般人である弟の方なのだからお笑い草だ。

 和奏は最初、彼らが二人で写った物は無いのだろうかと考え、直後にそれは無理だと思い直した。しずくは芸能人だ。普通のカップルのように、通りすがりの誰かに写真を頼む事は難しいだろう。

「ありがと。でもいいなー、旅行かぁ」

 しずくに携帯を返しながらうっとりと呟く。和奏は今までに一度も、彼氏と旅行に行った事など無かった。アキラと付き合っていた頃も近場のデートばかりで、勿論それはそれで楽しかったのだが、こうして近しい人間の話を聞くと羨ましい気持ちがやはり出てきてしまうのだ。

「和奏はその人と旅行とか行かないの?」

「あのねしずちゃん、あくまでも偽恋人なの。ビジネスだから」

「でも話を聞く限り、相手の人も満更でもないんじゃないのかしら、和奏の事」

「え……」

 今までの話を聞いて、何故満更でもないとしずくが判断したのか、和奏は理解に苦しむ。自分が選ばれたのは借金の話があった偶然と、そして彼に対して苦手感情を抱いていたからこそだ。確かに定期的に食事には行くが、それも契約の一環だ。

 難しい顔で和奏が考え込んでいると、しずくは更に畳み掛けるように言葉を重ねてきた。

「って言うか、和奏はどうなのよ?」

「へっ? 何が?」

「どう思ってるの? その人の事」

「どうって……」

「好きじゃないの?」

「…………」

 あまりに単純且つ明快なその問い掛けに、和奏は益々難しい顔をした。


 ――好き?

 ――あの人を?


 斗真の顔を思い浮かべる。和奏から見ると大きな体躯に、すらりと長い手足。賢そうな顔を彩る眼鏡と、その奥に見える切れ長の瞳。正直な所、自分が隣に並ぶと不釣り合いだと和奏は思っていた。

 威圧感のある――悪く言えば偉そうな喋り方。仕事に対する厳しい姿勢。けれど、甘い物を好きな自分を悟られたくないというやや子供染みた所があって。ただの契約恋人の筈なのに、和奏の事を気にかけてくれる所もあって。

 考え出すと分からなくなる。和奏はふるふると首を横に振り、誤魔化すように笑った。

「い、いやいや。だってほら、私、一応元カレの傷を引き摺ってる訳でねっ」

「本当に?」

 しずくはじぃっと和奏の瞳を覗き込むように見つめてくる。心に浮かぶ戸惑いをすぐに見破られてしまいそうで、和奏は思わず目を逸らした。

 元カレの傷を引き摺っている。その言葉は嘘ではない。嘘ではないのだが、引き摺る度合いがかなり軽減されてきているというのも、また事実だ。強がりでも何でも無く、アキラの事はどうでもいいと考えるようになっていたし、そもそも最近はアキラの事を忘れる時間も多かった。

 だけど分からない。

 あまり考えたくない。

 そもそも斗真は、本気になられては困ると言って、自分を苦手としているであろう和奏を「都合が良い」と指名したのだ。だからきっとこれは考えてはいけない事なのだろう。


 これが契約である以上、和奏が彼を好きになっても無駄なのだ。




ちょっと番外編的な話でした。

ムーンライトノベルスで連載していた「終わらない愛の歌を」も宜しくお願いします。と、宣伝します。(笑)

次から少し話が展開します。




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