作ろうとする道
同じ温度。
同じ時間。
同じ場所。
なにもかも同じでいたかった。
そんな二人だけの小さそうで大きな願いは、神様に嫌われ、はね除けられた。
けれど、私たちは神様によって引き会わされた。
そう神様のいたずら。
神様は人間で遊んでいる。それに必死で立ち向かって、打ち勝つために与えられたのが寿命。だったら、私たちはその宿命にいろいろな方法で勝つしかない。
私たちは出会ったんだ、偶然的な必然に。
誰にも邪魔されずに、いつまでも立ち向かおう。ね、修也。
先生は、期待の輝きを放つ眼差しを一瞬でかき集めた。
「修学旅行の行き先は、東京になりました。」
クラスはその言葉を聞いた途端、歓喜の声にあふれた。ただ一人、俺を除いて。
二年D組。来年には、部活を引退し、大学受験や就職活動に取り込むようになるであろう俺二年生は、高校生活最大のイベントである修学旅行の計画を立て始めることになった。
しかし俺は、このクラス、いや、学校単位で友達がいない。
自分で言うのもなんだが、顔はかろうじて中の部類だろうし、性格も悪いわけではない。唯一の原因は、小学校の頃から団体行動が大嫌いだったから。
二人一組やグループを作ることは苦手で、できなかった。
今もそう。周りのみんなが友達とグループを作っている中、俺はただ一人、俺の指定場所となった窓際の一番後ろの机から離れず、伏せていた。そんな時、誰かが俺に肩を叩いた気がした。顔を上げると、見たことのある顔があった。雪のように白い顔で、今のも解けてなくなりそうに柔らかい目。色彩が薄いのか、少し茶色懸かった髪は、セミロングで大人っぽさでも出そうとしているのかわからなかったけど、あまり似合っていなかった。そんな彼女の顔は分かるが、名前が思い出せない。誰だ? 確か……。
「一緒にグループ組もうよ」
俺に言ってるのか、こいつは。
ふざけているのならやめてほしい。
「おーい、小志君。聞いてる?」
どうやら俺に言ってるらしい。
「冷やかしだったらやめてくれよな」
「冷やかしなんかじゃないよ。真剣に言ってるんだけど……」
ああ、そうか。こいつも友達いないんだ。だから、適当に空いてそうな俺を選んで来たってわけか。
「わかった。勝手にしろ」
つい言葉が出た。残り物同士なんて絶対いやだと思っていたのに……。
「じゃあ決まりだね!」
彼女の笑顔は、とても綺麗だった。雪のように白い歯がちらりと見えた。くしゃっとした顔も清水のように純粋で、悪いことなんて、何一つ考えていないようだった。何でこんな子までも嫌な目に会わなければならないのだろう。その答えはきっと、近くに落ちているのだと思う。
だけど今の俺には、探す宛てもなければ気力もない。
「小志君は、どこに行きたい?」
「どこでもいい。好きにしてくれ」
「じゃあ、東京タワーと浅草!それから、フジテレビなんかもいいよね」
憂鬱だった。けれど、不思議な気分。今まで味わったことのない気分で、どこか宙に浮いているような、俺の頭の中はもう何もなかった。白い消しゴムで消されたまっさらなノートのように、白く、純粋だった。余計なものなどまるで考えておらず、ただただ、違和感のようで違う何かに浸っていた。俺の中でこの経験は、人生でたったこの1度だけだろう。だからか俺は、この時間を大切にしたいと思った。一秒単位で時が進むのを感じられる、たった一度のこの瞬間を。
「ねえ、聞いてる?」
「あ、ああ東京タワーだろ? いいよ」
「そっか……。じゃあ東京タワーは決まりだね」
「おーい、そろそろ席に着け」
先生の一言で、多くの周りの人間の会話の声でざわついていた教室が静まり返り、ばらばらにいたみんながそれぞれ自分の席に着いた。全員が席に着いたのを確認すると、先生は今日の感想をどころどころに挟んだ適当な次回予告を話し、教室を後にした。
俺はこの後、誰かの視線に少し感ずきながらも先生の後に続き教室を後にする。
運動部が声を出し、吹奏楽部がチューニングのため音を出し、写真部のシャッター音が聞こえるころ、俺は帰り支度を済ませ、帰宅の路に着こうとしていた。
だるく眠く、時々辛い授業を終えた、開放感に感じていた。
俺の家は、学校から電車で二駅ほどだった。二駅といっても、田舎の二駅は、とても距離が長かった。
窓に映る外の風景は、殺風景で、けれどそれが俺に安心を与えていた。毎日乗る電車は、冷暖房をやっと最近完備し、少しばかり快適だった。俺はこの電車に乗るたび、人さえいなければ、と、思っていた。
やっと、自宅の近くの駅まで電車が到着した。そこから自転車で自宅まで帰ると、いつものようにリビングのテーブルに置いてある弁当を食べ、寝床に着いた。
いつもとは違う夢。
俺がいた夢。
隣には、彼女がいた。二人ともどこか遠いところを見ていた。会話はない。ただ、二人で座っていた。
ここはどこだ?
見知らぬ場所。周りに人はいない。近くには小さくどこまでも続いている川が見え、遠くに山が見える土手。
彼女が口を開いた。
「小志君は、今、笑えてる?」
彼女はうっすら笑みを浮かべていた。口元だけは――
ジリリリリジリリリリ
六時に設定していた目覚まし時計が鳴る。
俺は少し重く感じる体を起こし、風呂へと向かった。
俺は、シャワーを浴び、サッパリすると、適当に冷蔵庫にあったものをかじり、学校へと向かった。
いつもと同じ電車に乗ると、そこには数人の同じ学校である風凉高校の生徒が乗っていた。俺はあまり近づかないよう、他の車両に移動した。
空いている席を探すため辺りを見回すと、そこには彼女がいた。俺は朝から会話をしたくなかったから、数歩先の壁に寄りかかり、かばんに入っていたウォークマンを出し、音で耳を閉じた。
「次は、風凉駅~風凉駅~」
俺は、風凉高校の生徒に紛れ高校まで登校した。俺がウォークマンをしまおうと下駄箱でもたついていると、後ろから肩を叩かれた。
「おはよう小志君」
「お、おう、おはよう」
俺がビックリしたのが分かったのか、彼女はクスッと笑った。俺は、あまり関わりたくなかったから、さっさと教室に行こうとした。すると、彼女は急いで靴を履き替え、俺の横に並んだ。
「小志君、私の名前知ってる?」
「何だよ急に」
「いや、あまり人と関わろうとしてないから、もしかして私の名前も知らないのかなって思って」
「……ごめん」
「知らないんだ」
正直どうでもよかった。俺たちは昨日初めて会話したばかりなのに、何でこんなに馴れ馴れしいんだ? という俺には理解できない疑問ばかりが頭にあった。
「比嘉崎未来。比嘉崎未来っていうんだよ」
どうでもいいから、もう俺に話しかけないでくれ。俺は心の中で彼女の、未来の存在を拒み続けた。自分の知らない存在。いや、忘れていた存在。どこかで知っている、感覚が覚えていた。だが、脳で思い出せない。なんだろう、記憶がそこだけ抜け落ちてるようだ。やっぱり、未来と話すと毎回不思議な感覚になる。
「ねえ、聞いてる?」
ハッとした。
「あ……あぁ、聞いてるよ」
「あっ! 今日私、日直だ。じゃ、後でね」
未来はそそくさと教室に行ってしまった。俺も後に続くように、教室へと向かった。
授業はいつも通り、つまらなかった。退屈すぎる授業は、俺を睡眠という極楽浄土へ連れて行く。
また夢を見た。朝に見た夢の続き。
高い木々に囲まれた森林の中。俺は彼女の手を握り締めていた。久しぶりに人の体温をかんじた気がした。彼女はまた、うっすら笑みを浮かべていた。口元がこわばった、作ったような笑顔。大人の心のように濁った瞳は、今にも溢れ出しそうな涙を溜めていた。それを落とさないよう彼女は空を見た。
俺はそれを見ると、反射的に声を出した。
「………………」
声が出ない。
そんな屈辱的な表情を浮かべている俺をよそに、彼女は空を見続ける。空が恋しくなるほどに……。
「お昼、一緒に食べよ」
俺はその声で目を覚ます。
俺を起こした張本人である未来の手には、大きめの弁当箱があった。
「二人分作ってきたんだ」
無心の笑顔で話す未来。
白と黒。光と影。朝と夜。善と悪。喜と哀。
今の未来と夢の彼女には、こんなにも違うギャップがあった。
だけど、俺はどちらにも惹かれた。俺にない感情を持つ二人は、同時に俺の前に現れ、俺を苦しめている。
それでも俺は二人を、今、守りたいと思った。