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99 虹の彼方に 3

「悩んでいたんだ。本当に。どちらもやめたくなかった。空手も小物作りも、どちらも自分にとってかけがえのないものになっていたから」


 礼音はふっと笑った。

 このガタイでスイーツデコなんて。

 そんな自嘲の笑いだったのかもしれない。


「その時、ビューティがブログにやってきてコメントをくれた。最初はまさかと思ったんだが、どう考えてもビューティなんだろうと確信したんだ」

「あの、ポエムっぽい返信はなんだったんですか?」


 隣で号田がポエム? みたいな顔をしているが、二人はそれにかまわずに会話を続けていく。


「あれは……、ちょっと部長への憧れが出たというか」

「ははあ」


 ニヤけそうになる顔を必死で抑え、鼻をピクピクさせる華恋に、礼音は少しだけ眉をひそめたが話を続けた。


「とにかく、ビューティのコメントに勇気付けられたんだ。そして二兎を追ってる人、それが号田先生のことだと気がついた」

「ああ」


 ようやく自分に話が及んで、変態講師は嬉しそうな顔で胸を張っている。


「やってみようと決めた。父には内緒で、物作りにも真剣に取り組もうと決めたんだ。だが、部活を引退してしまったら作る場所がなくなる。家であんなものを作っていたらすぐに見つかるし、きっと許してもらえない。だから、先生に相談して協力してもらうことにしたんだ」

「それって、いつぐらいの話ですか?」

「ビューティが、ダイアン・ジョーにメイクしてもらった日のちょっと前だ」

「じゃあ、あの日一緒にいたのって?」

「俺が快く承諾して不破の工房を家に作ろうって話になったから、必要なものを買出しに行ったんだよ」


 てっきりたまたま会っただけかと思っていたのに、そんな事情があったとは。

 あまりにも予想外で、華恋は思わず口を大きく開けてほわーっと息を吐いている。


「作ったものはここの、先生のお母さんの美容室の一角に置かせてもらうことにした。女性客に見てもらえるから意見をもらって、成人式や卒業式なんかの時には、イベントに合ったものを作っていこうと思っている」

「そうだったんですか」

「ついでにネット通販の作業もやってもらえることになった」

 

 号田家とは強い協力体制ができたらしい。

 礼音は明るい顔で、秘密のブログ仲間に向けて優しい微笑みを浮かべた。


「今は受験生だが、時間を作って続けていく。いけるところまで、二兎を追っていくつもりだ」


 受験勉強もして、空手もやって、可愛い小物をデコデコして……。

 恐ろしく忙しい十五歳だ。


「ビューティ。みんな、ビューティに感謝してる。演劇部を救ってくれたし、よっしーのことも助けたんだろう? 舞台に立ってくれて、部長も本当に感謝していた。おかげでユーゴも芝居ができたし、よう子もすごく評価していた。ビューティはすごいって」

「そんな……、ことはないですよ」

「先生もビューティのおかげでよっしーと遊べた」

「まあ、それはそうですね」


 変態はかわいい少年との思い出をかみしめているのか、うっとりと目を閉じている。


「美女井華恋改造計画なんて言っていたが、むしろ助かったのは俺たちの方だ」


 そこまで言うと礼音は後ろを振り返り、なにかを取り出すと差し出してきた。

 美しく青い包装紙でラッピングされた箱を受け取り、華恋は微笑んでいる。


「なんですか、これ」

「あけてみてくれ」

「パンツじゃないですよね?」


 ジョークのつもりだったが、礼音は渋い顔を真っ赤に染めて黙ってしまった。

 その反応に華恋も照れて、ごまかすかようにシールをはがすのに無駄に集中していく。


 箱の中には、花で思いっきりデコられた手鏡が入っていた。


「うわあ」

「よっしーから聞いた。部屋に鏡がないって」


 いつの間に部屋を覗かれたのだろうか。それとも、母がバラしたか。

 わからないが、確かに華恋の部屋には鏡がない。

 良彦によると、女子の風下にもおけない状態だ。


「ありがとうございます」

「妹に譲渡するのはやめてくれよ」

 礼音がふっと笑う。

「しませんよ」

 華恋も、笑顔を浮かべて答えた。

「私の部屋、結構レオ先輩グッズであふれてますから」


 贈り物は手作りで、と決めているのだろうか。

 写真立てやら、カチューム、スイーツデコストラップ。

 今日からはこの、どう置くべきかちょっと悩まされるくらいの盛りすぎデコミラーが華恋の机の上に並べられる。


 おかわりの麦茶を一口飲んだところでふと思いつき、華恋は号田の方を向いた。


「もしかしてゴーさんが早めに先生やめたのって、レオ先輩のため?」

「ま、それも少しあるな。受験生のサポートをしてやろうっていう、大きな広い心が動いた。素晴らしいだろう。教師の鑑だな、俺は」

「今はもう無職なんじゃないの?」

「無職ではない! まだ勤務は終わっていない!」


 プリプリする変態の姿に、華恋はフフンと笑う。


「次来る時は、いや、ビューティ、ここに来る時はいつでも必ず藤田君を同伴するように」

「そんなの、藤田にだって都合ってもんがあるでしょ」

「お前が藤田君にあわせて来ればいいだろう」

「もう諦めたら? そろそろ毛がボーボーになって、スピリットどころじゃなくなるよ、あいつだって」


 背も随分伸びてきて、良彦はミニマムな可愛さから脱却しようとしているというのに。


「ううむ……」

「やだ。マジで悩んでるの?」


 気持ち悪いなあ、とかわいい少年の真似をして言ってみると、号田は案外深刻に悩んでいるようで、シリアスな顔にズーンと影を落としている。


「よっしーにはよく似たお姉さんもいるじゃないですか」

「その提案はどうでしょうかね?」


 礼音の危険な思いつきに即座に突っ込むが、心配は要らなかったらしい。

 すっかり弱りきった変態から、こんな小さな呟きが聞こえた。


「お姉さんはちょっと違うんだ……」


 それに安心するやら、やっぱりとんだド変態でおっかないやら、華恋はついでにもうひとつだけ確認していく。


「ちなみにお父さんは?」

「お父さんも違う。……って、なにを言わせるんだ! 大人をからかうんじゃない!」

「普段あれだけあからさまに変態臭出しといて、よく言うよ!」


 しばらく号田はしょんぼりしていたが、突如として顔をあげ麦茶をグワっと一息で飲むと、勢いよく立ち上がった。


「ビューティ、カットするぞ」

「ふふ、そうだった。カットするから来いって言ってたもんね」


 今日の目的は礼音からのお知らせがメインだったのだろうが、確かに、毛髪量の多さをアピールしてきている頭を、夏が本番を迎える前にスッキリさせておきたい。


 相変わらず客の来ない理容室で号田父にシャンプーをされ、モグリの息子に髪を切ってもらう。


「まだ合言葉、使ってるの?」

「今はまだちょっと。だが免許さえ取れば、必要ない。内緒で無料にしてやるカワイイお子様にはそれぞれ所定のキーワードを言ってもらうがな!」

「ビューティ・ステーション・スクウェアだったっけ?」

「よし、お前は今日無料だ!」


 くだらない設定に笑ってしまう。

 可愛い藤田君トークを交えつつカットは続いて、安心して夏を迎えられそうな軽い頭が仕上がっていた。


「ゴーさん、バッチリ」

「そうだろうそうだろう。こまめに来るといい。藤田君を連れてこられないと言うのなら、写真を撮って持ってきなさい」

「じゃあたまにサービスしてあげようかな」


 頼んだぞ、と肩をバンと叩かれたら、今日の施術は終了だ。

 散髪用のケープを取って外へ出ると、隣のGOD・Sから礼音が出てきた。


 店の前に一緒に並んで、ガラス窓から見える可愛い小物たちに目をやる。


「レオ先輩、忙しいですね。これから帰って、家で体鍛えるんですか?」

「ああ。まったく、勉強する暇がない」


 それじゃあダメじゃないですか、と華恋は笑う。


「でもいいな。得意なことがいっぱいあって。私は趣味も特技もなくて、なんか……、これでいいのかなってずっと悩んでます」

「いいじゃないか。今はまだ、自分だけのなにかに出会ってないだけだろう。これから見つかるかもしれないし、もし打ち込める物がなくても、その時目の前にあるものに全力を尽くせる人間というのもすごく素晴らしいと俺は思う」


 その時目の前にあるものに、全力を。

 大きな先輩から出てきた優しい言葉に、華恋は笑顔で頷いた。


「俺は高校、幸島北(ゆきしまきた)を受けようと思ってるんだ」

「へえ」


 と答えたものの、その高校がどこにあるのか、どの程度のレベルなのかは華恋にはわからない。

 しかしそんなのは些細な話で、問題の本質はこの後の礼音のセリフの中に潜んでいた。


「またビューティと同じ学校だったら、楽しく過ごせそうだな」


 キラリと輝くかっこ優しい笑顔に、今までになかったレベルで華恋は思いっきり照れた。


 あうあうしたままなにも答えられず、照れで頭を爆発させて。

 なんとか「ごきげんよう」とだけ叫ぶと、逃げるように走り出し、華恋はさんさんと降り注ぐ日差しの中を汗だくになって帰っていった。

 

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