96 NEXT STAGE 2
「たつまきたてがみタイフーン!」
一年生たちは首をかしげながら、辻出教諭の発声を繰り返している。
そんな態度にはもちろん、ツキカゲ棒がぶーんと振られる。
「マジメな顔でやれいっ!」
おかしなツッコミに、華恋は心で笑う。
これを顔に出してはダメだ。自分が餌食になってしまう。
六月に向けて準備は着々と進んでいた。
今度の芝居はユーモアあふれるミステリー仕立てのもので、名探偵祐午が、密室で起きた事件をサラっと解決する。
華恋の役は家宝のツボを盗まれたリッチな奥様役で、一年生の女子三人がそれぞれ娘やお手伝いさんなどの容疑者役。
男子二人は大道具を並べたり、効果音を出したり、幕を開けたり閉めたりすることになっていた。
相変わらず前説はよう子で、照明は良彦。裏方の重労働から解放されて、副顧問の先生はほっと安心した様子だ。
その前に、一年生たちの手前自身の変態振りを披露するわけにはいかないと思っているのか、スピリットちゃんがどうとか、藤田君は本当にかわいいねとか、はやくメイクしようよなんて発言はなくなっている。
礼音とよう子の作業のスピードも、以前よりも落ちていた。
前は絶えずなにか作り続けていた二人が、ゆっくりと、次に必要な足りないものだけを手がけている様子に一抹の寂しさを覚える。
桐絵も過去に書いた脚本を整理し、少人数で、短い時間でできるものを探してまとめているらしい。
放課後エンターテイメント専用のファイルを作って、セリフや設定を直したものを綴じている。
少しずつ近づく終わりを感じながら、演劇部は六月に向けて練習を重ねていった。
五月の連休には何度か集まって楽しく過ごし、遠足で出かけた牧場で牛の乳しぼりをして、試験勉強はまた良彦師匠の指導を受けて、とうとうその日がやってきた。
リッチなマダム風の衣装をまとい、顔はケバケバしい舞台用のメイクで改造されて、華恋は舞台袖に控えてきた。
隣には妙にマジメな顔をした号田と、緊張でブルブル震える一年生たちが並んでいる。
「ゴーさん、寂しいんでしょ」
華恋が声をかけると、本当はイケメンの副顧問がふっと笑った。
「そんなわけあるか。いつかみんな卒業する。いちいち寂しがってたら、教師なんかやってられない」
「ゴーさんは先生じゃなくて、理容師でしょ」
産休代理の雇われ講師は、契約を七月までに短縮していた。
この夏から理容師の免許取得のために動き出すと決めたらしい。
三年生たちが引退するならちょうどいいと、かっこいい顔にほんのり憂いの影を落としてキメた顔に良彦がちょっと切なげな視線を向けているのに気がついて、満足そうにニヤニヤしていた。
「あの、ビューティ先輩……、緊張してブルブルが収まらないです」
メイド役の石川あやめがこう切り出すと、残りの二人もうんうんと頷いて、不安そうな顔で華恋を見つめてきた。
「大丈夫だよ。観客はみんなカボチャかズッキーニだって。部長が言ってた」
「そんなこと言われても、野菜になんか見えませんよう」
「そうだよね。私もそうだったよ」
無責任な発言をする先輩に、三人はきょとんとしている。
「だけどさ、恥ずかしがってたらカッコ悪いよ。役になりきって大きな声出さないと、みっともないから。せっかく舞台に立つんだからキメよう。いっぱい練習したから大丈夫」
一年生の女子たちは、小刻みに頷いている。
「なんてったってあのまりこ先生のしごきに耐えたんだからね。絶対できるよ。それに、失敗したらどうなるか。そっちの方が怖くない?」
ふふんと鼻から息を出すと、緊張でおどおどしていた少女たちの顔に笑みが浮かんだ。
「先輩ヅラして、生意気だな、ビューティ」
「うるさい」
イヤミを言ってくる副顧問に強気に返事をすると、魔将が竹刀片手に現れた。
「総員配置につけい!」
「よし、行こう!」
ニッと笑顔を見せて、四人で舞台へ向かう。
逆側から精神統一を終えた祐午がゆっくり歩いてきて、最高にかっこいいスマイルを見せた。
パチンと指を鳴らす音がして、前説が始まる。そしていつもよりゆっくり、ぎこちなく、幕が開いた。
舞台が無事に終わって、全員で部室へと戻る。
緊張したとか、ちょっと失敗したとかこぼす声に、大丈夫と先輩たちが声をかけていく。
「みんなよくやったわね! 初めての舞台は緊張したでしょう。でも、とてもよくできていたわ!」
天使のまりこが見せた笑顔に、一年生達はほっと胸をなでおろし、配られたコップを手に笑顔を浮かべている。
部長も笑顔で、初舞台を踏んだ女子軍団たちを褒めた。
「幕の引き方がなってないんじゃないか?」
裏方の男子はこんな文句を副顧問に言われ、納得いかない表情だ。
「先生、僕も次はちゃんと役を下さいよ」
ガリ勉メガネの苦情に、辻出教諭が微笑む。
やる気のある演者が増えたことが嬉しかったのだろう、いきなり魔将へ変化するスイッチが入ってしまった。
「じゃあ酒井! 今から走って来いやあ!」
「えっ」
「水島、お前もだ!」
ちょっと大きな学ラン姿のまま、二人はツキカゲ棒に追われて部室を飛び出していく。
それを、残った面々でゲラゲラ笑った。
「美女井さん」
「なんでしょう」
「藤田君、武川君もちょっと来て」
後輩たちを並べて、部長がにっこりと微笑む。
そして、メガネをちょいとあげると華恋にこう告げた。
「三人で話し合って決めたの。まりこ先生にも了承を得たわ」
「なにを?」
良彦の遠慮ない声にこたえるようによう子が一歩前に出て、華恋の肩に両手をポンと乗せる。
「次の部長よ。ビューティに決めたからね」
「……そういうのって、本人に先に聞くもんじゃないですか?」
「いや、ビューティ以外にいないだろう。よっしーもユーゴも向いてないんだから」
礼音に向いてないと断定された二人は、虚ろな笑顔を浮かべて黙っている。
華恋も思わず、苦笑してしまった。確かに、そうかもしれないと。
「まだ部活には参加するけど、もうそんなに時間はないわ。そんなにすることはないけれど、引継ぎをするから後のことはよろしく頼むわね」
桐絵のまっすぐな視線に、華恋は力強く頷いた。
「わかりました」
「良かった。じゃあ副部長はジャンケンで勝った方にしましょうか?」
「適当すぎじゃない? っていうか、ユーゴでいいでしょ!」
良彦に言われて、祐午は不安そうな顔をしている。
「僕でいいのかな? レオ先輩みたいに大きくないし、強くもないよ。それに、手先も器用じゃないし成績もよくないし、いいのは視力くらいかなあ」
「やっぱ俺のほうがいいかな? どうだろう、ミメイ」
「ジャンケンで決めたら?」
「別に二人でやってもいいんだぞ」
礼音の言葉に、二人は揃って顔を斜めに傾けた。
このままでは決まらないと考えて、華恋はさっそく、新部長の一つ目の仕事として、副部長を決めた。
「藤田にしようか。祐午君はお芝居選んだり練習したり、これからは一年生の指導とかもするでしょ。藤田の方がヒマそうだし」
「なんだよそれ。俺だって忙しいぜ? みんなの顔面改造とか、トレンドの研究とかでだな」
「それだけじゃないって。わかるでしょ?」
祐午だと話がズレてどこまでも脱線してしまう。
赤点を取って部活に参加できなくなる可能性も高い。
華恋がねっ、と笑顔を浮かべると良彦はやたらとゲラゲラ笑い、最後に右手の親指と人差し指で丸を作ってこの提案を了承した。
「お前……、そろそろメイク落としてこいよな! 面白すぎるぜ、そのかわいい仕草!」
「ホント藤田は余計なことしか言わねえなあ!」
ムカついて大きな声を出す新・部長を、旧・部長がたしなめる。
「美女井さん、いけないわよ、そんな言葉遣いは」
「そうよビューティ、もっとエレガントかつセンシティブに!」
「わかりましたよ。レディ目指して頑張りましょうかね!」
最後はやけになって大声で宣言すると、後ろで礼音が大きく笑い始めた。
そしてみんなで一緒になって笑って、この日の打ち上げはお開きになった。