95 NEXT STAGE 1
演劇部の部室には、一年生がぎゅうっと詰まっていた。
三〇人はいるだろうか。おそるべきは、ビジュアルの宣伝効果の大きさだった。
次々と出される入部届に、桐絵が名前を書き込んでいく。
その隣には辻出教諭が座り、こちらもサインを書き込み、号田が受け取ってははんこをポンポンと押していっている。
「狭いね」
「ホントだな。部室は結構広いのに」
届けを出した者は順番に床に座っていって、届けが全部受理されると、それぞれ自己紹介をすることになった。
まずは顧問の挨拶があり、変態が続く。桐絵は足を震わせながらも挨拶をし、礼音、よう子が続いた。
祐午と良彦が済むととうとう華恋の番で、少女は四角い顔をちょっと緊張させてズラリと並ぶ一年生の群れの前に立った。
「二年の美女井華恋です。よろしく」
先輩ぶったシンプルな挨拶を済ませると、一番前に体育座りをしていた男子生徒が勢いよく手を挙げた。
「あら、なにか質問があるのかしら?」
辻出教諭の優しい声に頷き、男子生徒は立ち上がるとこんな疑問を華恋にぶつけた。
「あの、ミメイ先輩は光瀬北小学校に妹がいますか?」
答えはYESだ。正子の通っている小学校が、光瀬北だった。
「いるけど……。知ってるの?」
「はい! 僕は光瀬北小学校だったんですけど、一学年下にとんでもなく可愛い子がいるって噂になってたんです。ミメイって、珍しい苗字だから、もしかして姉妹なのかと思って!」
とんでもなく可愛い子、の部分を受けて、一年生たちにクスクスと笑いが起きる。
それに眉をひそめてから、華恋は鼻でフンと息をするとこう答えた。
「そう。私とは似ても似つかぬそれはそれは可愛らしい妹が二学年下に一人おります」
イヤミったらしい返事に、さすがに後輩たちが黙る。
質問をした男子生徒だけが満足そうに頷いて、この後は活動する曜日とか、ごくノーマルな質疑応答があり、すべて終わると一年生たちの自己紹介が始まった。
それが一通り終わり、先ほどの男子が再び手を挙げている。
「水島君、まだ質問があるの?」
「はい!」
あだ名をつけるとしたら、里芋くんあたりが適当だと思われる純朴系男子、水島荒汰は先ほど同様立ち上がるとこんな質問をした。
「僕たちが見た舞台で演じていたのはどの先輩なんですか? 女の方の先輩はお休みなんですか?」
「美女井さんよ」
桐絵がめがねをちょいとあげて冷静に答えると、里芋くんはそのつぶらな瞳をぱちくりと瞬かせ、しばらくの間華恋を見つめた。
「なにか問題でも?」
「いえ、平気です!」
水島は平気と答えたが、他の一年生はざわざわとし始めている。
どうやら、あの日舞台に立っていた女優と目の前の四角い先輩をイコールで結ぶのはとても難しいらしい。
紹介と質問の時間が終わると、辻出教諭は全員体育館に移動するようにと笑顔を見せた。
きっと、軽くだろうけれど、しごくつもりなのだろう。
全員で部室を出て、上級生たちはひそひそと話しながら歩いていく。
「大丈夫かしら。一日目から正体を丸出しにしたら、全員さっき出した入部届けを奪い返しに来るわよ」
「ツキカゲ棒は持ってないから、大丈夫じゃないですか?」
今までの様子から見るに、魔将の魂はあの棒の中にあるのではないかと部員たちは考えていた。
あの棒を持つと、とたんに天使だったはずのまりこが荒ぶりだすのだ。
しかし、やはりそんなおかしなオカルト設定はないことがこの日わかった。
演劇の修羅は辻出教諭の中にちゃんと潜んでいて、相棒の竹刀がなくても新入部員たちに発声練習を思いっきりやらせ、学校の周囲をグルグルと何週も走らせた。
最後尾の者は思いっきり鬼に追い回されて、ピュアな新入部員たちは慌てて逃げて行ったり、やっぱり他の部に入りますと届けを取り下げ、結局残ったのは五人だけ。
「妥当だよな!」
再び広くなった部室を眺めて、良彦は笑顔を浮かべている。
「五人も残れば御の字だよね」
二、三年生たちはみんな同意見らしく、うんうんと頷いている。
選ばれしガッツのある一年生たちは、シラーっとした目で先輩たちを見ていた。
「聞いてないですよ、先生があんなに……。なんていうか、めちゃくちゃな人だったなんて」
彼にあだ名をつけるとしたら、ガリ勉が適当だろうか。
分厚いめがねをかけた生真面目そうな少年は、鋭い目でなぜか良彦を見ている。
「俺だって入った時は知らなかったぜ? 大体、まりこ先生はめちゃくちゃじゃあないよ。熱心なだけで」
しれっと答える小さな先輩に、ガリ勉こと酒井紫音は不満そうな顔だ。
正式に入部した一年生は、この酒井と水島、そして女子が三人だった。
祐午にキラキラの視線を送る石川あやめ、部長をコピーしたようなダークな雰囲気の渡部祥子、明るい美人顔の赤井芳乃というラインナップだ。
「見事に全員タイプが違う子が入ったわね」
「本当だな」
よう子と礼音が感心している。
確かに、バリエーションに富んだメンバーが揃ったと言っていいだろう。
「でもこれで、演者が七人になりましたよ! 部長、みんなに絶対に逃げませんっていう誓約書を書いてもらって、七人でやれる脚本を選びましょう!」
イケメンの口から出てきた物騒な単語に、五人は怯えた表情を浮かべている。
「大丈夫だよ。別に誓約書なんかいらないし。全員、今日が耐えられたんなら大丈夫。すぐに慣れるから」
華恋が声をかけても、一年生たち表情は微妙なままだった。
自分の言葉には説得力がないのだろうか。そう考えているところに、良彦がいつもの明るい笑顔を浮かべながら、余計なことを言い出してしまう。
「おいおい、舞台で女優やってたのはこのミメイだぞ。別に騙したりなんかしてないぜ。信じろよな!」
そっちかよ、と華恋が顔をしかめると、一年生たちは慌てて、そんなこと考えてません、と口々に言い出した。
水島だけはじっと、華恋の顔を凝視している。
「なにか?」
「いえ……」
正子の姉だという事実によっぽど納得がいかないのだろうか。
特に返事がない後輩に、華恋はムカついた声でこう告げる。
「毎日ちゃんと来て、早く見慣れてくださいね!」
横でケラケラと笑う良彦と、華恋はこの日も肩を並べて一緒に帰った。
次の日から、十一人での部活動が始まった。
一年生たちはちゃんと演劇をする気があるらしく、自分はこの作業専門でやりたいです、みたいな勝手な希望を出すことなく辻出教諭のトレーニングメニューに参加している。
祐午は桐絵と一緒に夢中で脚本を選んでいて、六月に行われる放課後エンターテイメントに向けての準備を始めていた。
なにせ、五月は忙しい。ゴールデンウィークもあるし、中間試験も間に挟まる。校外学習などの行事もあるので使える日数は少ない。
そしてなにより、三年生になった三人には最後の舞台だ。
誰も舞台にはあがらないのだが、引退前の最後のイベントなので、気合を入れて臨まなければいけない。
「祐午君、脚本決まったの?」
同じクラスで机を寄せ合って弁当を食べながら質問をすると、イケメンは歯をキラキラ輝かせて大きく頷いた。
「決まったよ、昨日。前回と同じように一部のシーンを抜粋してやるから、部長が書き直しているところ」
「七人でやるの?」
「それなんだけど、一〇分でしょ? 七人もいらないんだよね。だから、多分四人か五人でやって、後は裏方にまわってもらうことになりそうなんだ」
「そっか。確かに一〇分じゃ、七人に出番を作るのは難しいよね」
「馬二頭だせば、四人は使えるぜ?」
良彦の提案に、祐午はピカーンと顔を輝かせてその手があったね! と叫んだ。
しかしすぐに、馬の出番がある内容じゃなかったよ、としょんぼりしている。
「それよりさ、舞台が終わったらもう三年生は引退じゃない。なにかしたいよね」
華恋がこう切り出すと、二人は大きくうんうんと頷いた。
「そうだよね。お世話になったし」
「そうか? 祐午は先輩たちが非協力的だったから芝居できなかったんだろ?」
「藤田もでしょ」
突っ込まれても少年は笑顔を崩さない。
イケメンもなぜかニコニコしていたが、やがて真顔に戻るとこう呟いた。
「お別れ会か。寂しいね」
「なに言ってんの。これからも付き合いは続くんだよ。友達だもん」
「……そうだな!」
三人で笑顔を交わして考える。
ちょっと勝手な職人肌の先輩たちのために、なにをしようか。
演劇部の二年生たちのランチタイムはしばらくの間、この議題についての話し合いの時間になった。