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94 美女井華恋改造計画の完了 3

「華恋ちゃん、おかえりなさい。今日は楽しかった?」


 家に帰ると母が優しい笑顔で出迎えてくれた。


「もしかしてお母さん、知ってたの?」

「うふふ」


 どうやら今日の予定を知らなかったのは華恋だけだったらしい。

 やれやれと思いながら、まずは手洗いとうがいをしに洗面所へ向かう。


「華恋ちゃん、すごく可愛いわね。その服、よく似合ってるわ」

「よう子さんが作ったのー?」


 メイクした顔にもう慣れたのか、正子も笑顔で近づいてくる。

 着ているベストを軽く引っ張って、裏地を確認しようと覗き込んできた。


「どうかな」


 姉の答えを聞きながら、正子はソファの横に置いたプレゼント入りの紙袋に気がつき、今度はそちらを勝手に開き始めている。


「ちょっと!」


 一番奥に、祐午からのプレゼントが入っている。

 あれを見られるわけにはいかなくて、華恋は慌てて袋をひったくった。


「なにー? プレゼントもらったんでしょ、いいじゃん、見せてよー!」

「わかった。出すからちょっと待って」


 隣では良彦がイヒヒと笑っている。

 華恋は慎重に、テーブルの上にもらったものを並べていった。

 正子はさっそく礼音作のフワフワの花がついたカチュームを欲しがり、確かに華恋が使うとは思えないアイテムではあったが、先輩に失礼だからダメと断った。


「この優待券があの先生からで……、おねーちゃん、祐午君からのはないの?」

「ん? うん。あるよ。あるけど、まあ……」


 妹はクリクリの大きな目で姉の顔をじっと見つめてくる。

 困った華恋はチラリと視線を向けて、無言で良彦に助けを求めた。

 勘のいい少年は友人の合図をすぐに察して、あははと笑うと、こんな助け舟を出してくれた。


「ユーゴの贈り物は未来専用なんだよ。今の時点では開けられないの」

「えー、なあに、それ?」


 奥の方で黙って成り行きを見守っていた優季が、ぼそっと呟く。


「プロポーズとか?」

「ちょっと、ゆうちゃん、なにを言う!」


 華恋は迅速に抗議したが、正子はひどくショックを受けたような顔で固まっている。

 そして台所では、母が真っ赤に染まった頬を手で押さえていた。


「そんなんじゃないよ。ただ単に見せられないだけだって」

「なんなの、見せられないものって……。祐午君はなにをくれたの?」

「いや、それは……、ちょっとえーとやっぱ出せないわけなんだけれども」


 もういいでしょ! と叫んで、華恋はプレゼントをまとめて再び袋に詰め込むと、部屋に戻って片付けていった。

 祐午からのもの(例のやつ)はタンスの一番奥に突っ込んでおく。


「いやー、しかしボウリングは楽しいよな」

「よしくんは自分がやりたかっただけでしょ?」

「ミメイも楽しかったろ?」


 それに、華恋はまあねと頷いた。

 確かに、これが大好きなのだと言える趣味はなかった。

 暇な時間にはせいぜい本やマンガを読んだりするくらいで、誕生日会にわっと全員でやれるようなイベントに繋がるものはない。


「ゴーさんはいっつも二本残すよね」

「ホント、へたくそだよな」


 今日も良彦は絶好調で、誰よりも高いスコアでぶっちぎりの優勝を果たしている。

 順位は前回とまったく同じだが、別に何位だろうが今日はなんの影響もない。


「マーサも行きたいよー。ボウリングいきたーい」

「じゃあ、今度行きましょう、正子ちゃん」

「祐午君とかあのかっこいい先生とかと行きたいのー!」


 妹がぎゃあぎゃあ騒いでいる隙に、華恋は気になっていたことについて、そっと良彦に問いかけた。


「藤田はどんなパンツもらったの?」

「ばっか、お前……。変態みたいだぞ、その質問!」


 弟のヒソヒソ声に、姉がチラリと視線を送ってくる。

 それをしっしと手で払うと、少年は頬を赤くしながらも答えてくれた。


「わかるかな。ブーメランってやつ」

「ブーメラン?」

「まさしくブーメラン型のほっそいやつ。ユーゴも愛用してるんだとさ」


 一体どこでそんな下着を仕入れてきたのか。

 ついでに後半部分の情報は不要で、女子中学生としてはできれば知りたくなったと華恋は思う。


「祐午君がますますわからなくなったよ」

「わかろうとするからいけないのかもな。世の中のすべてのことがわかったら、きっと面白くないと思うぜ」


 この答えにはおおげさだよ、と返事をして華恋は笑った。


 夕食後部屋に戻って、華恋はアンソニーの電源を入れた。

 初めてのサプライズ誕生パーティ。

 今更ながらやけに興奮してきて、嬉しくて仕方ない今の気分をとりあえず書き記そうと思い、ブラウザを立ち上げて自分のブログを開く。


 前回書いた日記には、やはり律儀に十六四がコメントをくれていた。

 


  心細い時に誰かがいてくれたら

  たとえなんの言葉がなかったとしても

  きっと嬉しいし勇気付けられる


  Beautyさんがいてくれて、

  きっとお友達も心強かったでしょう。



 優しい言葉に照れてしまう。もしそうだったとしたら嬉しい。華恋はそう思った。


 良彦はあれ以来、元通りの明るいキャラクターになっていた。

 父親とのことは、話さない。家に帰ればそれなりに戦いがあるのかもしれないが、それを表に出したりはしない。


 優季も復学し、生活には少し変化が出てきている。

 相変わらず朝と晩はやってくるし、疲れやすい優季は学校が終わればとりあえず美女井家にやってきていた。顔を出してくれた方が安心だと両親が希望したからだ。

 しかし、ずっと優季専用にしていた部屋はもうない。元通り、来客用の部屋に戻っている。

 母は日中一人で過ごすようになって、少し寂しいわと漏らしていた。


 自分の改造計画は終了した。

 新しい一年が始まって、きっと新しい出会いが待っている。

 後輩たちが入部してくるが、あの楽しい先輩たちはいなくなる。

 良彦と祐午は同じクラスになった。でも来年はどうかわからないし、高校に進学すればきっとみんなバラバラになってしまうだろう。


 始まりがあれば終わりがある。

 そんなことはもう知っていたはずなのに、なんともいえない気持ちが胸の奥に湧き上がってきて、華恋はしばらくぼんやりと光るモニターを見つめた。

 そして、滲みだしてきた涙を手の甲で拭くと、ふっと笑った。


 これから訪れるのは、永遠の別れじゃない。

 友達なんか要らないと思っていた自分に、こんなに楽しい仲間ができた。

 この絆はずっと続く。続くようにしていけばいい。


 なにもかもを拒絶していた過去の自分を思い出す。


 良彦の言ったとおり。

 見た目の問題から始まった改造計画だったけれど、本当はそうではなかった。

 誰かと一緒に過ごして、悩んだり、走ったり、笑ったり、寄り添ったり。

 あれは本当の、「美女井華恋改造計画」だった。

 心の中に溜まったモヤモヤは全部吹き飛ばされて、見事な快晴にしてもらった。

 雨ばかり続いていた梅雨は終わって、夏がやってきた。

 その次に秋がやってきて、冬の寒さに凍えても、そのうちにまた春が来る。だから大丈夫。

 そう思える心になっている。


 机の上のティッシュに手を伸ばして鼻をブーっとかむと、華恋はキーボードを叩いた。

 新しい日記を作り、今の幸福な気持ちを綴っていく。


 

  今日、友達が誕生日のパーティを開いてくれた。

  自分では全然忘れていた、十四歳の誕生日。

  本当は今日じゃないけど、きっと一日楽しく過ごせるように、

  日曜日にやってくれたんだと思う。

  こんなことは初めてで、どうしようもなく嬉しい。

  おかしなプレゼントももらったけど、それすらも楽しい。

  こんな素敵な日が自分に訪れることを

  ちょっと前まではあきらめていた。

  自分は一生ひとりぼっちで、

  なにもかもに悪態をつきながら、

  なにもかもを下から見上げながらいきていくと思ってた。


  私を変えてくれたあなたに、お礼を言いたい。

  よっしー、ありがとう。



 グスグス涙を流しながら、しかし微笑みながら「全体に公開」ボタンを押す。


 アンソニーの電源を切り、ティッシュで涙を拭いて。

 タンスの奥に突っ込んだ紐パンを誰にも見つからない場所に隠してから、華恋は幸せな一日を終えた。

 

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