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93 美女井華恋改造計画の完了 2

「おはよー! ミメイ、早く準備しろー!」


 四月も後半に入った日曜日の朝、華恋はこんな声で目を覚ました。

 それが部屋のドアのすぐ前から聞こえていると気がついて、途端に焦って起き上がる。


「藤田?」

「よっしーでいいぜ!」


 また言ってるよ、と思いつつ時計を確認すると、朝の八時だった。

 確かにいつもよりは少し遅いが、休日くらい、いつもよりのんびりするというささやかな贅沢をしたいのに。

 とんだ不意打ちを食らって、華恋は大きくため息をついている。


「なんなの?」

「九時に待ち合わせしてるから、そろそろ起きないと間に合わないぜ」


 聞いてねーよ、と悪態をつきながら、仕方なく着替えていく。


「ミメイの部屋のイメージカラーってなに色?」

「入ってくるなよっ!」


 会話のキャッチボールが成立しているのか判別がつかないまま、タンスを漁る。

 華恋のタンスのラインナップの中では春らしい色のパーカーを引っ張り出していく。

 淡い水色は、多分、春の雰囲気がするはずだ。


「お待たせ」

「地味だなあ」


 短いファッションチェックにムカつきながら階段を降りて、既に用意されている朝食をとる。


「で、どこに行くわけ?」

「お前ってほんと、ポジティブになったよな。いきなり起こされてひっぱりだされることには文句言わないんだもん」


 自分の振る舞いについては棚にあげて、トーストをサクサクとかじりながら良彦は笑顔を浮かべている。

 確かに、半年前まではほとんどなかった要素が華恋の中に芽生えていた。

 それもこれも、目の前で笑う良彦の調教の成果なのではないだろうか。

 そこまで考えて、華恋は口をへの字に曲げた。


「今日はあっちこっち行くぜ」

「待ち合わせって誰が来るの?」

「そんなの、決まってるだろ」


 詳細はまったくわからないまま、九時少し前に、華恋は良彦とともに家を出た。

 こんなに時間ギリギリに出ても間に合うのなら、きっと学校の前あたりで集合するのだろう。

 集まるメンバーも「決まってる」で済ませられるのだから、いつもの面々に違いない。


 中学校の校門の前に、一台の車が止まっていた。

 見覚えのある赤い車の前には、号田とよう子が並んで立っている。


「お、来たな!」

「おはよう、ビューティ、よっしー!」


 挨拶を交わすとなぜかすぐに赤い軽自動車に乗せられた。もちろん、助手席は良彦の指定席になっている。


「この四人でどこかに行くの?」

「まあまあ、今日はお楽しみよ」


 隣の先輩は優しい色のピンクのシャツを着ている。

 春らしい明るい色で、自分のものと違って可愛らしい。

 地味だったと考えながら、華恋は窓の外を流れる景色を眺めた。


 桜の花はとっくに散りさって、濃い緑色の葉を揺らしている。

 空から差す光はまぶしくて、照らされた街が明るく輝いている。

 正月とは違う新しい一年が始まりを感じて、華恋はふっと笑った。


 そして車の行き着いた先は、相変わらずオンボロなヘアサロンGOD・Aだった。


「なにするわけ?」

「ミメイのドレスアップだよ」


 眉間にしわを寄せて黙っていると、後ろから良彦に押されて、無理やり店内に入れられてしまう。


「いらっしゃい、SFさん」


 店主の声とともに、薄暗い店内に明かりがついていく。

 そのままシャンプー用の椅子まで移動させられ、仕方なく華恋は上着を脱いでそれを良彦に渡した。

 シャンプー担当は号田の父、篤でもう決まっているらしく、早速シャワーで髪が濡らされていく。


「サラサラだねえ」

「おかげさまで」


 顔の上にうすっぺらい布をのせられ、しゃべるとそれが動いて落ち着かない。

 ズレた布を自分で戻していいのか悪いのか、女子中学生は葛藤しながら頭を洗われている。

 それが済んだら無免許の息子の出番で、号田はハサミをかっこよくくるりと回すと、少し伸びた前髪を切り始めた。

 量の多い華恋の髪をシャキシャキとすきながら、号田はソファで劇画を読んでいる二人に声をかける。


「今日のイメージは?」

「背伸びよ。女子中学生の、可愛い背伸び」


 よう子の答えに、モグリの理容師が大きな声で笑う。良彦も、言った本人も笑っているようだ。


「なんですか、今日は。私を使ってみんなで遊ぼうとかそういう日なんですか?」

「やあねえ、ビューティったら。そんなわけないでしょ。素敵に仕上げるから安心してちょうだい」


 今までも部活の時間中に楽しく改造されたことはあった。

 ふざけたテーマをいくつも出されてきたが、仕上がり自体はいつも良かった。

 なので、実際には遊ばれているとしても、さほど心配はしていない。


 しかしこんな風に突如として連れ出され、カットまでして改造される理由がなんなのか、華恋には心当たりがなかった。

 この日の目的は伏せられたまま、誰もなにも説明してくれないので、仕方なく黙って髪を切られていく。


 ドライヤーで乾かされ、ワックスやスプレーで大人っぽいヘアスタイルが仕上がると、こっちへおいでとよう子に店の奥へ引っ張られた。


「着替えてちょうだい」


 はい、と洋服が手渡される。

 グリーンでまとめられた爽やかなコーデの、可愛いパンツスタイル! とかそんな感じの組み合わせに見受けられた。


「……わかりました」


 ことあるごとに採寸されているので、サイズは申し分のないピッタリさだった。

 こんなの使ったの幼稚園以来じゃないかな、と思わされるサスペンダーを肩にひっかけ、こちらも滅多に着る機会がなさそうな短いベストを羽織って店内へ戻る。


「お、いいじゃないか! ミメイは足が長いから、そういうのよく似合うなあ」

「そいつはありがとう」

「さ、座れよ。仕上げ仕上げ」


 最後はメイクで完成らしい。

 このペースに巻き込まれるのも随分慣れたな、と思いながら顔をパフパフと叩かれる。


「背伸びだな」

「藤田君もやったらどうだろう。この間のように。可愛くしたらどうだろうか。きっととてもいい一日になるぞ」

「なに言ってんのゴーさんは。俺が可愛くしても、ミメイは喜ばないだろ?」


 しょぼんと萎れる号田をよそに、顔面の改造は続く。

 時計の長い針がグルっと回って半周したところで、作業は終わった。


「よし! 完成!」


 良彦が笑顔で立ち上がり、華恋も鏡を覗く。

 なるほど、女子中学生の可愛い背伸び。大人っぽいけど、可愛らしい。

 爽やかなグリーンとブルーのアクセントが効いた、華恋としてはなんだそりゃとしか思えない単語だが、「大人カワイイ」感じに仕上がっている。


「あ!」

 突然、良彦が叫ぶ。

「なあに? どうしたの、よっしー」

「よう子さん、靴!」

「あらやだ。ビューティ、どうしてこんなこ汚いスニーカーを履いてきたの!」


 突如なじられ、さすがの華恋もムっとしてしまう。


「なんなんですか? どこに行くとかも聞いてないし、靴の指定だって別になかったのに」

「ゴーさん」


 華恋の苦情は無視して、良彦が上目遣いで号田を見上げた。

 見られた変態は嬉しそうにニヤニヤして、胸をドンと叩いた。


「わかった。俺にまかせておけ」


 結局わけのわからないまま、全員でGOD・Aを出て再び車に乗せられる。

 途中、助手席の良彦がどこかにメールを発信し、しばらくして着いたのは靴屋だった。


 あれこれ試着させられ、最終的にちょっとお高い靴をチョイスされて先生は苦い顔をしている。

 それをそのまま履いてまた車に乗り込み、わけのわからないドライブが行き着いた先は、クリスマスにも来たローリングボウルだった。


「ボウリングしに来たの?」

「お前が好きなこと、わかんなかったからさ」


 それで自分の好きなところに? と思うが、その前に今日なにをするのかという疑問が解消されていない。

 前回同様、同じ敷地の中にあるファミレスへ連れていかれると、パーティルームには残りの演劇部の面々が既に待っていて、笑顔で華恋を迎えてくれた。


「わあ、ビューティ、今日は一段とかわいいね! いつものビューティと全然違うよ。詐欺みたいだ!」

「ユーゴ」


 正直すぎる後輩を礼音がたしなめる。しかし、彼には通じないらしく、ニコニコ笑顔を浮かべたままだ。

 苦笑しながら華恋が指定された席に着くと、桐絵が立ち上がって、笑顔を浮かべた。


「美女井さん、ちょっと早いけど、お誕生日おめでとう!」

 どこに隠していたのか、クラッカーが破裂する音がする。


 そういえば前に礼音に聞かれたはずだ。誕生日はいつかと。

 それをようやく思い出して、華恋は照れた。

 まさかこんな風に祝われるなんて思っていなかったから。

 毎年誕生日は、父と母がちょっと祝ってくれるだけのもので、誰かが集まってくれたこと記憶ははるか昔、小学校低学年くらいまでのものしかない。


 全員が笑顔でお祝いの言葉と、プレゼントをくれた。

 今日着せられた服は、桐絵とよう子からの贈り物だったらしい。

 礼音からは手作りのカチュームを、良彦からは口紅を、号田からはさっき買ってもらった靴に加えて、GOD・AとGOD・S共通の永久優待券が着いてきた。


 そして最後のひとつ、祐午からのプレゼントは、中身がチラリと見えたところで慌てて戻した。


「どうした、ミメイ?」

「いや……、ちょっと驚いて」


 良彦が誕生日の時に同じことをしていた理由がよくわかった。

 イケメンはいつも通りのキラキラの笑顔で本日の主役を見守っている。


「おいユーゴ、お前またおかしなもの選んだんだろ。まさかまた下着か? ぶっちゃけて言っていいなら、パンツか?」


 その通りで、もっとぶっちゃけて言っていいなら、紐パンだった。


「だってアウターに響かないんだよ?」

「どんなの選んだんだよ。おい、ミメイ、見せてみろ」

「イヤだよ!」


 慌ててプレゼントをもらった紙袋の奥に戻すと、全員がゲラゲラと笑いだした。

 祐午だけは不安げな顔で、様子を伺うように聞いてくる。


「ダメだったかな、ビューティ?」


 華恋は小さくうーんと唸ると、ちょっとだけ悩んでからこう答えた。


「……いつか、使わせてもらうよ」


 イケメンがぱあっと顔を輝かせたのを見て、ふっと笑う。

 そんな華恋を見つめて、良彦は珍しい優しげな笑顔を浮かべると、こう話した。


「お前の改造計画は、これで終わりだな」

「なんで?」

「顔の造形自体は変わってないけど、顔つきはすごく良くなったよな。なんでも受け止めてくれる、器の大きい女ですって感じになった」


 思わぬ褒め言葉に、華恋は戸惑ってしまう。


「そう?」

「そうだよ。かわいい服着て顔にちょっとラクガキしたら見た目なんてどうとでもなる。だけど、内側から出てくるものってそうはいかないだろ。いい顔になったよな、ホント」

「じいさんみたいなこと言っちゃって。やめてよ」


 照れた華恋のセリフに答える声はなかった。

 良彦はニカッと笑うと少女の背中をパシパシと叩き、この後開催されたボウリング大会で主役を差し置いてまたぶっちぎりで優勝した。

 




*カチューム

カチューシャのゴム版。

多分、カチューシャと違ってこめかみ部分が痛くならない。

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