92 美女井華恋改造計画の完了 1
ざわざわと生徒たちがあふれる中、華恋と良彦は掲示板に張られた紙を見上げていた。
AからDの四クラスの中から、自分の名前を探さなければいけない。
「あ、ビューティ! B組だ、同じクラスだよ!」
どこか遠くから祐午の声が聞こえた。
今この場に来ているのかわからない友人のために、あんな声をあげたのだろうか。
さすがだなと思いつつB組の一覧を確認すると、下の方に「美女井華恋」の名があった。
その少し上に自分の名前を見つけて、良彦はニヤリと笑っている。
「またミメイと一緒かあ。こりゃ、部活の連絡がラクでいいなあ」
「祐午君も一緒だしね」
浮かれ騒ぐ生徒たちの群れから二人揃って抜け出すと、長身のイケメンが立っていた。
「よっ、ユーゴ! おんなじクラスだな」
「よっしー! ホントに? 同じクラスになったの?」
「お前、ミメイは確認して俺の名前見落とすってどういうことだよ」
「藤田って感じじゃないからわかんなかったんでしょ」
華恋が言うと、良彦はなんだそりゃと笑い出した。
本人は特に否定しなかったので、もしかしたら祐午が見落とした理由はその通りだったのかもしれない。
入学式や始業式が済んで、二年B組の生活が始まった。
軽い自己紹介もなんとかこなし、級友たちの名前を今度こそちゃんと覚えようと華恋は決める。
新学期が始まって一週間後に、新入生のための部活動紹介が体育館で行われた。
演劇部を紹介するのは、なぜかよう子と祐午のビジュアル爆発コンビだ。
「頼んだわよ、よう子」
本来であれば壇上に立つべき部長の桐絵は、大勢の人間の前に立つとガクガクブルブル、まともに話せない状態になるらしい。
「任せといて。ユーゴ、行くわよ」
「祐午で女子を、よう子さんで男子を呼び込む。これはうまくいくぞ、ミメイ」
「そうだね。なんにも知らなければ最高に素敵な先輩たちだよ」
演劇部の順番が回ってきて、二人が体育館のステージに立つ。
長身のイケメンが出てきて女子からはうっとりとしたため息が、ミニマムな美女が出てきて男子からはほわほわとハートが飛び出している。
「新入生の皆さん、こんにちは。演劇部の北島よう子です」
「武川祐午です」
「二月の放課後エンターテイメント、皆さんは覚えていますか? 短い一〇分の二人芝居でしたが、私たち演劇部は脚本、衣装、大道具、メイク、すべてを生徒が自分たちでやっています。みんなそれぞれ得意なことを担当して、お芝居の舞台というひとつの大きなものをイチから作り上げる、素晴らしい部活動を行っています」
よう子の口調はハキハキとしていて、知的な印象に満ちている。
祐午も舞台にあがれば別人だ。
「演劇部の活動は、放課後エンターテイメントと文化祭への参加です。顧問は体育の辻出先生で、お芝居へとても大きな情熱を持っています。最初は恥ずかしいと思っていても、いつの間にかぐんぐん上手になって、人を感動させられる舞台を作り上げられるようになるんです。優しくて才能あふれる先輩たちと一緒に、皆さんもチャレンジしてみませんか?」
ここでキラリーンと祐午の白い歯が輝く。
爽やかでイケてて、後で詐欺事件として訴えられても仕方ないレベルの頼もしさだった。
「演劇部の部室は、別校舎一階の突き当りにあります。ぜひ、見学しに来て下さいね!」
二人が華麗に頭を下げると、大きな拍手が起こった。
これは絶対に騙されて何人も遊びに来てしまうだろう。
今日の放課後、見学者を逃がさないために、みんなでどう過ごすかしっかり考えなくてはならない。
この日の宣伝効果は抜群で、次の日から演劇部には毎日見学者がやってきた。
演劇部の面々は澄ました顔で、それぞれの作業を進めたり、次にどの台本をやろうか話し合ってるような会話を交わしている。
辻出教諭も、天使モードのソフトな指導で対応している。
部員獲得のためには手段を選ばない。さすが、悪魔に魂を売った女だと華恋と良彦は感心していた。
新入生のための二週間の部活動見学の期間中に、かなりの人数が演劇部を訪れていた。
半分以上がリピーターになっていて、去年以上の部員の確保に期待がかかる。
顧問、部員は一丸となって、「ここはとても素敵な部なんですよ」作戦を遂行していった。
「部員、入るかなあ」
夕食前の美女井家のリビングで華恋がこう呟くと、相変わらず毎日ご飯を食べに来ている良彦が笑顔で答えた。
「入るだろ。どう考えても」
「男子はよう子さんかまりこ先生にメロメロ、女子は祐午やゴーさん、たまにレオさんにメロメロ。間違いなく大盛況になるね」
「で、先生の本性がわかったら八割は逃げ出すと」
二人でケラケラ笑っていると、優季が興味深げに間に入ってきた。
「見学者、来てるの?」
四月から復学して高校二年生をやり直している優季は、高校の制服に身を包んでいる。
長い間飲まなければならなかった苦い薬からも解放され、まんまるだったほっぺも通常サイズに戻り、元通りの可愛い顔が取り戻されていた。
「わんさか来てる」
「そうなんだ。普通の演劇部になる日も近いんだね」
そうか。普通の演劇部か。
少し不思議な感情が、華恋の中で生まれていた。
あの演劇部のいいところは、細かいところは気にしないちょっと変わった天才集団の集まりだったわけで。
三年生が引退してしまえば、おかしな表現だが専門職は良彦しかいなくなってしまう。
副顧問だって契約期間が終わればいなくなってしまう。少なくとも、来年度にはもういないだろう。
もし大人数になったら、メイク専門なんて不思議な立ち位置の人間がいるのは少しおかしい気がする。
男子中学生がメイク担当なんて、あの不思議な演劇部だからこそ受け入れられたものであって、新一年生がドバっと入ってきたらそのあたりがどう変化するのか、華恋には想像がつかなかった。
素敵な舞台をやりましょうと言われて、それに憧れて入ってくるのだから、専門職希望なんて人間はいないだろう。
脚本も衣装も小道具も、先輩たちが散々作っているのではっきりいってこれ以上の在庫は必要なく、そもそも後継者になる者を求めているわけでもない。
なんだか寂しい。
じっと頬杖をついて黙っている華恋の顔を、良彦がいきなり覗き込んできた。
「どーしたミメイ! 暗いぞ!」
「近いんだけど」
「だってお前、辛気臭い顔だったぜ? せっかく部が存続できそうなんだから、喜べよな」
「まあ、そうなんだけどさ」
「ここで頑張らないと、マーサちゃんが来年ユーゴと同じ舞台に立てないだろ? それに、楽しい部活の思い出が、将来振り返った時にそういえば一年で廃部になったんだっけ、なんてあんまりじゃないか。今はとりあえず、演劇部の存続に集中しないとな」
自分がなにを思っていたのか、良彦はわかっているのだろうか。
「普通の演劇部になったら、藤田はどうするの? ちゃんと舞台に立つ?」
「いや、俺はメイク担当でいいよ。他にメイクなんかやれる部はないだろ?」
「何十人もいっぺんにできるわけ?」
「やれと言われればやるぜ。そんな大変そうな状況、すごい修行になるじゃないか」
ぱっと明るく咲いた笑顔に、つられて華恋も笑う。
「やっぱすごいね、藤田って」
「よっしーでいいぜ」
ポジティブな笑顔の前では、さっきまでの悩みがやけに小さく感じられる。
こんな心配は本当に「普通の演劇部」になってしまってから考えよう。
華恋はそう考えて、母の手伝いをすべく立ち上がり、台所へ向かった。