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90 ゆっくりと、春が訪れる 2

 放課後エンターテイメントが終わると三学期も大詰めで、翌週には学年末試験が実施される。

 なので週明けの月曜日、華恋と良彦のランチタイムに祐午がやってきて参加していた。


「よっしー、試験だから、また勉強教えてほしいんだ」

「おう、いいぜ。じゃあ試験期間中は師匠と呼ぶように!」

「わかったよ、よっしー!」


 試験勉強はどこでやろうかという話になり、ミメイの家でいいじゃん、なんて明るい提案が良彦の口から飛び出している。


「みんなでやったら勉強も楽しいよね。よう子さんと部長にも声をかけようよ」

「あー、どうかなあ、それは」


 この美少年と一緒では、桐絵の頭は効率よく働かなくなるに違いない。

 来年受験を控えている先輩のために、別行動の方が良さそうだと華恋は考える。


「ダメかなあ?」

「ダメってことはないけど、学年も違うしさ。あとで聞きに行ってみようよ。今後の部活のスケジュールも確認した方がいいんじゃないかな」


 来年度のはじめに、新入生向けの部活の紹介などがあるのではないだろうか。

 春休み中に活動があるかどうか問いかけてみると、良彦も祐午も知らないとしか答えなかった。

 試験前の部活動が休止される期間に入っているので、これは先輩たちに確認しないといけないぞ、と三人は揃って二年生の教室へ向かった。


 二年A組をのぞくと、部長も来ていたらしく、礼音の席に三人で集まっているところだった。

 教室の入り口付近で演劇部全員で集まり、予定の確認が行われる。


「新学期に部活の紹介はあるけど、それぞれどんな活動をしているか口頭で説明するだけだから、お芝居の準備をする必要はないの」

「そうなんですか」


 祐午が相槌を打つと、既にどんな説明をするのか考えておくように言われた、と桐絵は頬を赤くしながら話した。


「春休みの活動はちゃんとあるから。いつもみたいに毎日じゃなくて、週に二、三日、ちゃんと発声練習したり脚本の準備をするって先生もおっしゃってたわ。何曜日にやるかはまだ未定だけど」

「発声なんて夏休みにはやらなかったのにー」

「あの頃はお芝居なんかできる状態じゃなかったものね」

 良彦の苦情に、よう子はしたり顔で答えている。


「みんな意地でも芝居なんかやらないって、よく考えたらミラクルですよね」


 華恋が冷静に突っ込むと、なぜか二年生の三人組は楽しそうに笑った。


「本当だな」

「本当だなじゃないですよ。そこまで強情に拒否する理由、あります?」


 無責任な副部長の答えを華恋がたしなめると、三人は澄ました顔で揃ってスルーを決めた。

 あなたたちがそんなだから、後輩(良彦)が真似するんでしょうが。

 勝手な面々に呆れながら、華恋は一人でじっと耐えていたであろう祐午へ目を向ける。

 出会った頃よりも半年分大人っぽくなってきたイケメンは、いつものキラキラ粒子を歯から放出しながら笑っていた。


「じゃあジャージで来ないといけないね! 春休みも頑張ろう、ビューティ!」


 自分もイヤだと言ってもいいかな?

 華恋は考えてみるが、演劇部の面々のように特技があるわけでもなし。

 二回も舞台に立った実績を作っておいて今更、やりたくねーし、というわけにはいかないだろう。


「わかった。頑張ろうね」


 仕方なくこう答えて、右から発射される桐絵ビームは見ないふりをした。


 結局試験対策は一年生だけでやると決まり、会場はそれぞれの家に順番にお邪魔していくことになった。

 藤田家に行くのはいいが、武川家にお邪魔するのは気が引ける。

 バレンタイン前に会った時の、この子ビューティって呼ばれてるけど? みたいなお母さんの視線を思い出すと、気持ちが折れてしまいそうな気がしていた。

 こんな正直な気持ちを祐午にはもちろん話せず、華恋は一日悶々と悩み続けてしまう。


「ミメイ、どーした。そんな漬物みたいな顔して」

「漬物みたいな顔ってどんなよ」

「今のお前。塩分が濃そうな感じになってる」


 朝食の席で指摘をされてしまって、華恋はまたもや悩む。

 良彦には打ち明けても平気そうに思えるが、食卓には父と母もいる。


「後でちょっと話聞いてよ」

「おう、なんだ。悩みがあるんだな。頼れるよっしー君にだけは打ち明けちゃうってか?」

「そういう反応はやめてもらいたいね」

「すまねえ!」


 満面の笑みを浮かべる良彦からは「申し訳ない」のオーラが感じられない。

 こんなやり取りに大人たちは微笑んでおり、まだ男子のお友達がいない正子はうらやましそうにふくれている。


「お前、くっだらねえなあ。そんなことで悩んでんのかよ」

 家を出てからそっと打ち明けると、良彦はケラケラと愉快そうに笑い出した。

「くだらないっていうのはわかってるよ。だけど気になるんだから仕方ないでしょ」

「考えすぎだって。大体、お前とユーゴの二人きりじゃないんだから。俺も一緒だし、部活の仲間っていうステータスもあるし、気にすんなよ」

「そうなんだけどさ」


 学校まであと五〇メートルくらいだろうか。

 左右からやってきた生徒たちの列が一つになって、校門に吸い込まれていく。


 ふいに、良彦が立ち止まる。


「どうしたの?」

「お前、もしかしてマジでユーゴに惚れてるとか?」

「はあ?」

「俺には隠さなくていいんだぜ。な、ミメイ」

 

 やれやれを丸出しにして、ニヤリと笑う良彦に華恋はすかさず答えた。


「隠してないよ。そんな風に考えたこと、一回もないし」


 言い終わってから、華恋は自分の心の中をじっくりとスキャンした。

 うん、確かに、間違いなし。そんな風に考えたことはない。これにて確認終了。


「一回もない? ユーゴ、かっこいいじゃんか」

「確かにかっこいいよ。でも別に、それ以上は考えたことない」

「つまんねーの! まさかお前、フォーリンラブしたこと自体ないとか?」

「なに、フォーリンラブって……」


 再び二人で並んで歩き出す。

 いつもよりゆっくり歩いて校門にたどり着くまでの間、華恋は再度心の中をじっくりスキャンしていた。


「ないかも?」

「マジ? お前、女子の風下にもおけないぜ、そんなの」

「藤田はあるの?」

「あるに決まってんだろ? 告白したり、おつきあいしたりっていうのはないけどさ」


 それじゃあ偉そうに言える身分じゃないだろう、と華恋は鼻でふふんと笑った。

 鼻息にすぐに気がついて、良彦は珍しく冷たい視線を放ってくる。


「ちょっとくらい色気が出たほうがいいと思うぜ、青春街道真っ最中のローティーンの女子なんだから」

「うるさいなあ。あんたこそゴーさんに狙われないよう早くスネ毛はやしてなよ」

「ばっか、お前、そんな大声で。おじさんが聞いたら泣くぞ」


 良彦にたしなめられ、華恋はつい周囲を見回した。

 幸いにも、すぐそばに見知った顔はない。

 確かによくない発言だったと反省して、良彦に小声で謝っていく。


「で、どうするんだ? ユーゴん家に行くのがイヤなら、別に行かなくてもいいだろ。俺だけ行けばいいんだからさ。用事ができたとか、ちょっと具合が悪いとか、理由なんていくらでもつけられるし。ホントにイヤなら言ってくれよ」

「……うん」

 下駄箱で上履きに履き替えて、二人で教室へと向かう。


 さて、どうしようか。華恋は考える。

 試験の勉強は今日からスタートで、一日目の会場は藤田家の予定だ。

 誰もいないから勉強ははかどるに違いない。明日は美女井家、その次はとうとう武川家にお邪魔する予定になっている。


 行ってみれば、きっとなんてことはないんだろう。

 祐午にちょっかいを出そうと考えているわけではないのだから。

 良彦に夢中になって勉強を教わっている間、あの美少年は完全に他に意識がいかなくなってしまう。

 なにを話しかけても生返事を返すうわのそらマシーンと化してしまうことがもうわかっている。

 

 考えていくうちに不安が薄まってきて、華恋はとりあえず結論を出すのをやめた。

 一度行ってみてダメなら、良彦の心遣いを受け入れよう。

 方針がはっきり決まると気分はすがすがしくなって、試験前の中学生はしっかりと授業に没頭し、平和な学校生活を過ごした。

 

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