09 演劇部へようこそ! 2
「よっしー、美女井さんのこと、モデルとして連れてきたんでしょう?」
オシャレな髪を軽く揺らしながら、よう子が微笑む。
斬新な髪型に負けない美人顔に、華恋は同性のはずなのにドキっとさせられている。
「さすがよう子さん。わかってるね」
良彦と仲良さそうに話しているが、よう子の胸には部長と同じ、二年生のバッジがついている。
「大丈夫よ美女井さん。よっしーのテクニックは素晴らしいの。この若さで大したものだわ!」
胸に両手をあて、芝居がかった台詞を言う様子は、かなりオーバーリアクションに見える。
「ええ? じゃあ、女優志願じゃないの?」
隣では祐午が肩を落としていて、華恋はなんとなくその顔に見覚えがあるような気がした。
演劇部なのに、演じる気のある者は見た限り祐午しかいないようだ。
「どういう部なの?」
良彦に質問をすると、部長が立ち上がって答えた。
「演劇部よ」
「はあ」
「部長は台本専門、台本ばっかり書いてる。よう子さんは衣装ばっかり作ってて、レオさんは小道具ばっかり。で、ユーゴは……、芝居をやる日が来るのを待ってるんだよな」
良彦の笑顔から飛び出した説明に、疑問しか出てこない。
「みんな好きなこと勝手にやってるだけなの?」
「言葉が悪いわね。みんな、それぞれの専門分野に邁進しているだけよ」
部長の声は冷たく、一瞬怯みそうになったが、華恋の解釈とほぼ同じと考えてよさそうに思える。
「好き勝手にやってるんですよね?」
「そうとも言うわ」
意外にも正直にすぐに認めてきた部長の一言に、思わず脱力してしまう。
「俺はここでメイクの練習させてもらってるんだ」
良彦が笑顔で話して、よう子も隣で頷いている。
「私も時々してもらってるのよ。よっしーは見込みがあるわ。すごく丁寧で、独創的なのよ」
「じゃあ、私なんか必要ないんじゃない?」
「なに言ってんだ。よう子さんはオシャレ番長なんだぜ? 注文が細かくって、好きにはさせてくれないんだよ。大体、どーにもならない顔をなんとかしてこそのプロだろ。お前みたいな顔を華麗に変化させることに意義があるんだ!」
「そうね!」
「お前ら……」
良彦はいいとして、いや、決して良くはないが、それ以上にまんまと乗っかってくるよう子に、華恋は衝撃を覚えていた。
「二人はもしかして親戚同士とかなの?」
「よう子さんと? いや、全然」
じゃあこんな無礼者がこの辺りに一極集中しているというわけで。
偶然という名の奇跡が今ここに、なんてキャッチコピーが華恋の脳裏に浮かぶ。
「親父がうるさくってうちにメイク道具を置いておけないから、ほとんどはここに持ってきてあるんだ。広いし、でっかい鏡もあるし。いいだろ、入部して思う存分変身を楽しもうぜ」
「素敵ね! 冴えない少女の変身、目覚め、ハロー思春期! 目指せモテ街道まっしぐら!」
よう子は瞳をキラキラさせて、両手を祈るような形に組むと、うっとりとした様子でくるりと回った。
「私も協力するわ! 衣装はまかせて。変身するならとことんやらなくっちゃ」
「へっ?」
「おおー。よう子さんが協力してくれたら鬼に金棒だ! やったな、ミメイ!」
二人がキャッキャとはしゃぎだす様を、華恋は呆然としたまま見つめた。
「じゃあ、レオちゃんにはアクセサリーを作ってもらいましょ。レオちゃんだって、テーマとかオーダーがあったほうが気合が入るでしょ?」
よう子は楽しげに、ミュージカルのような大げさなステップで大柄な礼音のもとへ駆け寄っていく。
「うん。決まり!」
返事はなかったように思ったが、どうやら異存もないらしい。
そもそも自分も返事をしていないのだが、と華恋はこの流れにようやく慌てた。
「あの」
「勝手に決めてるけど、いいのかしら? それが演劇部の活動と言える?」
部長が冷静な顔で、口を挟んでくる。
「いいじゃないの。どうせ今までだってやってないんだから」
「私と武川君はどうなるの?」
クールな表情に反して、問題提起の理由は案外子供っぽいものだったようだ。
よう子は余裕の微笑を浮かべて、こんな意味のない返答をした。
「ふふふ。仲間はずれがイヤなのね、桐絵ったら可愛いわ」
「あ、じゃあこうしよう!」
良彦の顔が輝く。こいつの提案に期待ができるかと、華恋に緊張が走る。
「部長にテーマを決めてもらって、それに合わせてミメイを変身させよう」
「どういうことかしら?」
「みんなで好き勝手にやっててもしょうがないんだったら、部長にシナリオを書いてもらって、それにあわせてミメイを仕上げるっていうのはどうかな。部長は台本ばっかり書きたいんだから、それでいいでしょ」
「なるほどね。桐絵の書いたキャラクターに、ミメイさんを合わせていくのね」
「僕は?」
最後に一人置いてけぼりの祐午が、慌てて自分をアピールしている。
「ああ、じゃあ、二人芝居の台本にしたらどうかしら? ユーゴと美女井さん用に仕上げて、芝居をやってしまえば、桐絵だってユーゴだって満足なんじゃない?」
「それはすごい!」
「はあ?」
祐午は満足そうに、華恋は不満足な声で同時に叫んだ。
「芝居だなんて、そんな……」
「桐絵はどうせ恋愛物しか書かないんだから、男女二人の台本なら楽しくやれるんじゃないかしら? どう?」
華恋の不満などないかのように、よう子が嬉しそうに桐絵の肩によりかかる。
冷静な部長は冷静なまま、目をキラリと輝かせた。
「それならいいわ」
「ええ……?」
見た目の鋭さとは裏腹に、この部長は結構単純なつくりのようだった。
華恋と礼音をのぞいた四人は満足そうな様子でこれからの部の活動内容について話し合いを始めようとしている。
「部長、入部届です」
「はい」
勝手に出された用紙に、桐絵が承認のサインを書き込んでいく。
それをよう子が覗き込んで、またはしゃいだ。
「まあ、美女井さん、カレンって、華に恋って書くの?」
「……はい、まあ」
「なんてロマンティック! なんてドラマティック! なんてエキセントリック! これは変身する以外に道はないわ。こんな運命を感じる名前、巡りあったことないもの! まかせておいて、私たちがあなたを、本物の『美女井華恋』にしてあげる!」
それはすなわち、今の華恋がその名にまったく合っていないという意味だ。
良彦と同じかそれ以上の無礼者の言葉に、最早つける文句が浮かんでこない。
「嬉しいなあ、美女井さん、入部してくれてありがとう」
憮然とする華恋に、祐午は穏やかな微笑みを浮かべ、歯をキラリと輝かせた。
こんなかっこいい男子に笑顔を向けられたのは初めての体験で、さすがの華恋もドッキリし、緊張させられてしまう。
「良かったな、ユーゴ!」
「うん。よっしーのおかげだ。とうとう、演劇部らしくなってきた!」
勝手に進んでいく話を止められる自信は華恋にはもうなかったが、一応水は差しておかなければいけないだろう。
「まだ入部するなんて言ってないんだけど」
当然、苦情は即座に却下され、なかったことにされてしまう。
「なに言ってんだミメイ、もう部長がサインしたんだぞ。あとは顧問の先生に出すだけだ」
演劇部の面々の強引さへの苦情はどこに出せばいいのだろう?
顧問の先生に言えば受理されるだろうか。
「善は急げ、さっ、提出しに行こう!」
良彦は楽しげに、華恋の手を引いて走り出す。
入部届けを持っているのはなぜか自分ではなく良彦だ。
入るにしろ入らないにしろ、一緒に行くしか道はない。
半ば諦めの気持ちで、少女は無礼な少年と一緒に廊下を走りぬけていった。