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87 大切な時間 2

 前回の失敗を繰り返すまいと、衣装に着替える前に華恋は体育館の様子を偵察しに行った。

 客席の前半分がテープで区切られていて、招待された小学生たちの席になっているようだ。

 引率の教師に導かれて、小学生たちはキョロキョロしながら順番に座り始めている。

 後方には早々とやってきた生徒や保護者がちらほらと姿を見せていて、今年度最後のイベントは前回同様大入りになりそうな気配がしていた。

 

 今日も母や優季が見にくるかもしれないと考えながら部室に戻ると、良彦がドアの前で立っている。


「ミメイ、どうだった?」

「今日もいっぱいになりそう」

「そっか。じゃ、早速着替えろよな!」


 なぜか妙に顔を赤くしている良彦と一緒に中に入ると、意外な客が部屋のすみにチョコンと座っていた。


「あれ?」


 良彦の方を見ると、照れくさそうな顔で小さく頷いている。

 部室に戻ってきた二人の姿を確認して、ヘタレの父、藤田静也(せいや)は立ち上がると、華恋の前にゆっくりと歩いてきた。


「こんにちは。君が美女井華恋さん?」

「はい、そうです。えっと、……初めまして」


 良彦を一一〇パーセントくらいに拡大したような藤田父と向かい合う。

 部屋の奥では、号田が鼻息を荒くしながら大小のスピリット二人が並んでいる様を眺めている。


「昨日はありがとう、遅くまで。よしのこと、説得してくれたみたいで」

「説得じゃあないですけど……」


 あの時間を、なんと表現したものだろう。

 ただ単に付き添って、愚痴を聞いたくらいでしかない。

 多分、仕事帰りのサラリーマンが居酒屋でくだを巻くのとあんまり変わらないんじゃないかと思う。

 しかし、華恋にはなんと表現するべきか、適切な言葉は思いつかなかった。


 わざわざお礼をしにここまでやってきたのだろうか。

 良彦の方へ振り返ると、メイク担当はさっきよりももっと照れくさそうな顔で理由を教えてくれた。


「演劇部がどんなことしてるのか、見学しに来たんだって」

「そうなんだ」


 すっきり納得がいって、華恋は笑った。

 真剣にメイクをしているところを見せられれば、息子が道を踏み外したわけではないとしっかりわかってもらえるだろう。


「じゃあ着替えてくるよ」


 今日は二人とも等身大の中学生の役なので、祐午はメイクをしない。

 華恋に関しては良彦が好き勝手にやっていいことになっており、腕前を見せるにはちょうどいい。


 よう子が作った、可愛らしい明るい色の制服風衣装に着替えていく。

 実際こんなの採用する学校は現実にはないだろうと思える、白地にライムグリーンのラインが入ったブレザーと濃いグリーンのスカート。

 ひざ下までのハイソックスを履いて着替えのスペースから出ると、良彦が落ち着かなさそうな様子で待っていた。


「藤田、頼むわ」

「おう」

 チラリと後ろに控えた父に目をやって、大きな息を吐き出すと、少年はメイク道具を手に取った。

「ゴーさん、ミメイの髪、後ろにまとめてもらっていい?」

「まかせろ」


 さすがにお父さんの前では「いいぞ藤田君! どんなことでも命令してくれ!」とは言えないらしい。

 

 華恋のサラサラの髪がクリップで留められておでこが全開になると、いろんなクリームやらパウダーやらが次々と顔に塗られていった。

 いつもより落ち着かない様子だった良彦も、少しずつ作業に没頭して、真剣な表情で手を動かしている。


「ちょっとビューティ、ひざにアザができているわよ」

 衣装チェックのためにやって来たよう子は、華恋の右足を指差している。

 スカートからちらりとのぞいた膝を、良彦が確認して声をあげた。

「あ、ホントだ」

「よっしー、足もちゃんと塗って隠した方がいいわ」

「足に? それはちょっと俺がやるのはダメだよ。ミメイ、ファンデーションは用意するから、あとで自分でやってくれ」

 華恋は目だけ動かしてみたが、顔を前に向けたままでは確認できない。


 きっと、昨日派手に転んだ時にぶつけていたのだろう。

 昨夜について思い出すと、少し照れくさい気分になってしまう。

 でも、良彦を見失わなくて良かった。

 行方不明になっていたらきっといつまで経っても眠れなくて、前回の舞台よりもずっとコンディションが悪くなっていたに違いない。

 

「よし、完璧!」


 顔面の改造が終わって、良彦が笑顔で立ち上がる。

 そして振り返って、父の方を向いた。

 華恋も立ち上がって、藤田父に見えるよう、近づいていく。


「どう?」


 息子の問いかけに、父から返事はない。

 なにを思っているのか、戸惑ったような表情を浮かべて黙っている。


「わあ、今日もバッチリだね! ビューティ、すごく可愛く仕上がってるよ!」

 そこに祐午が寄ってきて、女優の顔を確認し、ぱあっと明るい笑顔を浮かべた。

「顔が全然四角くない。やっぱりすごいねよっしーは、本当に上手だよ!」

「ユーゴ、それ親父」

 天然の美少年にバンバン背中を叩かれて、藤田父はますます戸惑いを強くしているようだ。

「え、あれ、お父さん? あんまり似てるから気がつかなかった。ごめんなさい、よっしーのお父さん」

「いや、大丈夫だよ」


 わざとじゃないのか。いくらなんでも信じられないレベルの大きなボケだと華恋は思った。

 そして祐午の攻撃は、更に続く。


「よっしーのお父さん、すごいでしょう、よっしーは。ビューティがこんなに変わっちゃうんだからビックリですよね!」

「え? ああ、うん。えーと、そうだね」

「あれ? ビューティの元の顔、見たことないんですか? こんなに変わったのに」

「ビューティっていうのは、美女井さんのことなのかな?」

「そうです」


 こっぱずかしい気分で華恋が答えると、藤田父は困ったのか、眉毛を八の字にしてしまった。


「どうかしました?」

「いやあ、そうだな、よし、うん、……上手なんだな」


 間に挟まっている「よし」が、相槌なのか息子への呼びかけなのか、判別が難しい。

 歯切れの悪い父の反応に、息子も眉毛を同じ八の字型にして突っ込んでいく。


「なんなんだよ、親父は。可愛くなったって素直に認めるのがイヤなのか?」

「いや、だって、もともと、可愛かっただろう。そんなに変わって……、ないと思うけど」


 奥で様子を見ていた号田が思いっきり噴き出した音が、部室中に響いた。

 すかさずムカつきの視線を送ったものの、やっぱり自分でもおかしくなってきて、少し笑いながら華恋は答えた。


「そんな遠慮はいいですよ。私も毎回、鏡を見たら別人になっちゃったって思います。信じられないくらい変わってるって。藤田……君は本当にメイクに対して真剣だし、どうやったらもっと良く見えるか研究してて、すごいです」

「おいおいミメイ! 照れるだろーが、そんなに褒めたら!」

 それにフンっと笑って、よく似た親子の顔を順番に見つめる。

「本当のことだから。せっかく見学に来てもらったんだし、知っておいてもらわないと」


 華恋と目が合うと、藤田父は困っていた顔からふっと力を抜いた。

 更に親友へのサービスをするために、華恋はこう続ける。


「前にプロのカリスマメイクアップアーティストにもメイクしてもらいましたけど、藤田君の方が上手だなって思ったくらいです」

「なにっ!」

 良彦はぴょいーんと飛んで、慌てて反論をし始めた。

「お前、ジョーになに言ってんだ! この贅沢者!」

「あんたにとってはカリスマでも、私には関係ないよ。どう思っても私の自由でしょ。あの時、本当にそう思ったんだから仕方ないじゃん」


 驚いたのか、顔を赤くして良彦が黙る。その右肩に、ポンとよう子が手を乗せる。


「やるわね、ビューティ」

「確かにあの時、そう言ってたぞ、ビューティは」


 礼音もそばにやってきて、よう子とは逆の肩にどんと手を乗せた。


 良彦は黙ったまま、うつむいてしまった。

 恥ずかしいのか嬉しいのか、その顔は見えないが、鼻をすすりあげるような音が二回、部室に響いた。


 仲間たちはただ微笑んでるだけでなにも言わない。

 いや、一人はまた抱きしめるチャンスを伺っているが、二年生がガッチリ周囲をガードしているので近寄れない状態だ。


 そんな息子を父は真剣な表情で見つめている。

 なにを言おうか言葉を捜しているが、まだなんと声をかけたらいいのか決められないようだ。


 そこにズバーンと扉が空いて、鬼が現れた。


「全員集合せーい!」

 演劇部一同は慌てて立ち上がり、一列に並ぶ。

「こら藤田っ! なんでお前は二人いるんだ!」

「そこにいるのは父です!」


 演劇の修羅の中にも一片の「教師としての常識」が残っていたようだ。

 慌てて普段のまりこに戻るとすみません、と謝り、藤田父もいえいえと答えると部室から去っていった。

 

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