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82 愛と憎しみのFebruary 3

 とうとうやってきた。

 ハートとチョコが飛び交う、愛の聖人の記念日、バレンタインデーがやってきた。


 母から、夕食前によっしー君にあげるわねと言われており、朝はスルーと決まっている。

 なので、美女井家の朝は平和だった。

 朝からおねだりはカッコ悪いと考えているのか、良彦も父も、なにもコメントしてこない。



 学校へたどり着くと、下駄箱で第一チョコの発見イベントが起きた。

 誰かの上履きの上に、ちょこんと包みが載せられている。

 靴の上なんかよく置けるもんだな! と暴言をかますチャンスだが、もちろん口には出さない。


 教室に着けば、一年D組ではすでに義理チョコが飛び交っていた。

 友チョコの交換会なるものも開催されているが、華恋はすべてを仏頂面で知らん顔している。


 その隣の席に、女子の軍団が現れていた。


「藤田君もこれどうぞー」

 ふくびきの末等のような小さなチョコ菓子がひとつずつ、良彦に手渡されていく。

「俺が本命の人、いないの?」

「残念! いないよ~!」


 まー! 可愛いやり取りだこと! とこれまた心の中でケッと吐き捨て、華恋は耐えた。

 この浮かれ祭りは一日で終わる。今日さえしのげばもう問題はない。


「あーあ、今年もなしかあ。俺のモテ期はいつ来るんだろうなあ」

 隣のちびっこ男子の大声のつぶやきに、他の男子生徒たちがわあわあはやし立てている。

「お前にモテ期が来るなら俺たちにも来てるって」

「藤田は美女井にもらってんじゃないの?」


 誰かわからないが、とんでもなく無責任な発言をした者が混じっていて、全員の視線がなぜか華恋に集まってしまった。

 しかし華恋は動じない。なにせ、脇がしまっていて隙がないから。


「ない」

 つまらない返答に、思春期の男子たちはシラけた様子で散っていく。

「ぶった切るねー! 俺はお前からでもちゃんと受け取るぜ、ミメイ!」

「はあ?」


 簡素極まりない返事に、良彦はやれやれと肩をすくめてちょっとだけ笑った。



 授業が終わると、朝とは違うそわそわ感が教室中に漂い始めていた。

 ライトな義理チョコタイムは終了し、決意と勇気とともに繰り出される本命チョコレートの出番がやってくる。


 そんなシリアスな空気とは無関係なので、華恋はジャージに着替えるとさっさと部室へと向かった。

 更衣室から出たところにちょうど良彦がやっていて、いつも通りに並んで歩き出す。


 部室にたどり着くと、扉は既に開いていた。

 中には大きな副部長とおとなしい部長がいて、それぞれの指定席に座っている。


「こんちはー! よう子さんは?」

「逆チョコで忙しいそうだ」


 男性から女性に贈られるものを、逆チョコと呼ぶらしい。

 美貌の先輩はここぞとばかりにチョコだけではなく、色んな貢物を手にしているらしかった。


 四人でまったり過ごしていると、顧問の先生が現れて早速鬼の姿(アナザースタイル)に変身してしまう。


「武川と北島はどうした? 号田も来てないなっ!」


 考えてみれば、号田はいつでも早くやってきていた。

 姿がないのは初めてだが、いなくても今日は、いや、いつでもそんなに問題はない。


「あんたへのプレゼントにすんごいの用意してるんじゃないの?」

「ばっか、ミメイ、やめろよ気持ち悪い」

「仕方ないな。少し待つか」


 愛用のツキカゲ棒を使ってのストレッチを始めた赤ジャージの先生は、バレンタインに興味はないのだろうか。

 普段の天使モードの彼女からチョコレートを渡されたら、同僚の男性教師たちは飛び上がって喜びそうなものなのに。


「遅れてすまん!」

 普段より十分ほど遅れて、副顧問がようやく現れる。

 ほぼ同時によう子も姿を見せたが、二人とも袋を抱えて大荷物の状態だ。


「なんだそれは!」

「チョコレートであります!」


 変態だと知らない女子生徒たちが、不幸にも号田相手に散財してしまったらしい。

 チョコを捧げた男子生徒たちに返ってくるのは「ありがとう」のスマイルだけで、よう子からのご褒美やお返しはなさそうに思える。


「さっさとしまえっ!」

 顧問の厳しい言葉に、二人が慌てて荷物を隅に寄せていく。

「ゴーさんモテるね!」

「俺はスピリット一筋だからな!」


 軽い気持ちでからかっただけなのに号田の返事は超真剣な響きで、良彦は珍しくたじろいでいる。

 更に五分経つと、祐午がようやく姿を現した。


「遅れてすみませーん」


 遅いわっ! と振られたツキカゲ棒に驚いたのか、イケメン男子が転ぶ。

 ドサドサと、変態講師の三倍くらいの量の包が床にぶちまけられてしまった。


「ユーゴ、こんなに貰ったの?」

「うん。なんか、次から次へとやってきて」


 きらびやかで大きさも色も様々なプレゼントを、みんなで集めて袋に入れていく。


「全部で何個あるんだ。やっぱりユーゴ、モテるんじゃないか」

 嫉妬の混じった良彦の発言に、言われた祐午もすっかり困った顔だ。

「芸能界に入って有名になったらサインちょうだいって、いろんな子が言ってきて」


 もしかしたら、少し前の昼休みに語られた話が広まってしまったのかもしれない。

 クリスマスの芝居の効果もあって、真剣に夢に向かって頑張る少年を青田買いしようという企みが横行している可能性があった。


「とかなんとか言って、告白とかされたんじゃないの?」


 奥から桐絵ビームが発射されて、良彦の体を貫通するのが華恋には見えた。

 体にダメージを与えたりはしないし、滅多に気づかれないからなんの効果もないのだが。


「別に、そんなことはなかったよ。付き合ってくださいとか、そういうのはなかった」


 本当かどうか怪しいと、多分みんなが思っただろう。

 そんな乙女もきっと混じっていただろうに、この美少年には伝わらなかったに違いない。


 そんな浮かれた始まり方だったが、演劇部にはいつも通りの厳しい演技指導の嵐が吹き荒れた。

 華恋と祐午だけに主に吹き荒れる嵐だが、ぼんやりしていると他の面々にも容赦なく竹刀が向けられるようになっている。

 なので全員、なにもしていなくても忙しいフリに勤しまなければならない。


 ランニングに発声練習、全編通しの立ち稽古をこなし、ようやく部活の時間が終了していた。


「お疲れ様! 今日も頑張ったわね!」

 終わるなり天使のまりこが現れ、みんなほっと安堵の息を漏らしている。

 顧問の先生がスッタカターと戻っていったところで、華恋はやれやれと自分の荷物のところに行き、ため息をついてから、今日最後の大仕事に取り掛かることにした。


「あのこれ、正子と私からです。いつもお世話になっているので」

 まず最初は、無口な副部長からだ。託された妹からのチョコレートと騙されて作ったクッキーを差し出すと、礼音はふっと微笑んだ。

「ありがとう」

「いえ」

「ビューティからもらえるなんて意外だったな」


 この男前、意外と色々もらってるんじゃないんだろうか、なんて考えが脳裏をよぎる。

 しかし追求はしない。

 なぜなら、バレンタインに縁のない女、隙のない中一女子、美女井華恋だから。


「祐午君、これ、正子と私から」

 次にイケメン少年のところに行くと、かっこいい顔がピッカリーンと眩く輝いた。

「わあ、ありがとう。ビューティからもらえるなんて嬉しいなあ」

 意外にも大きな喜びを見せてくれたことに、慌てて振り返る。

 部長はお手洗いにでも行っているのか部室に姿はない。


 それにしても、みんなにこんな返事をしていないか心配になってしまう。

 勘違いされて大勢の女子に追い掛け回されたりしないだろうか。祐午ならありえる展開だろうが、いらないおせっかいはしない。

 早くこの忌まわしい仕事を済ませなければいけないのだから。


「ゴーさん、これ、義理!」

 副顧問には適当に袋を放り投げる。

「なんだビューティ。そんな渡し方があるか?」

「すいませんね」

「ふたつあるが」

「正子がかっこいい先生によろしくって」

「ははは。あの可愛い妹か。でも、ビューティからもらえた方が貴重だろうな!」

 変態だけどイケメンの副顧問は笑いながらサンキュー、と返事をしてくれた。

 貴重ってなんなんだ。いや、答えは出ている。自分でも自覚している。バレンタインとは縁遠い女子なんだと。


 最後に良彦のもとに行き、華恋は地味な緑色の袋を突きつけた。

「これは藤田の分」

「マジか! ミメイからもらえるなんてホントびっくりだな!」

 大きな目を更にまん丸にして、少年が笑顔を作る。

「俺にだけはないかと思ってた」

「みんな平等、公平にやってますんで」

「なんだそれ!」

 良彦の楽しげな笑い声が、部室に響き渡っていく。

「俺があんまり失礼なことばっかり言ってるから、もしかして嫌われてるんじゃないかって心配してたんだよ。あー、よかったよかった。ミメイにもらえて!」


 良彦は早速袋をあけて、中からココア味のクッキーを取り出している。

 妙な形をしているのに気がついて、より大きな声でゲラゲラ笑い出した。


「おまえ……、骨ってなんだよ! 骨って……!」


 ハートから最も遠い存在にしたくて選んだのは、骨の形の抜型だった。


 形は笑われたものの味は良かったようで、うまいよ、なんて言われながら、二人はこの日も一緒に家までの短い道のりを歩いて帰った。

 

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