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08 演劇部へようこそ! 1

「よう、ミメイ。おとといはサンキューな!」


 月曜の朝もまた、良彦の笑顔で一日がスタートしていく。


「なに、おねーちゃん……。おとといって、どこか行ってたの?」

 うしろから感じるじっとりとした嫉妬の視線に、華恋はこっそり舌打ちをしながら振り返って答えた。

「なんでもないよ」

「なんでもない?」

「藤田っ! 行くよ!」

 今日も早足で学校へと突き進む。良彦も弾むような足取りでついてくる。


「お前のおかげでねーちゃんもご機嫌でさ。ようやくメイクもさせてくれたし。ほんとありがとな」

「私はなんにもしてない。ただ、あんたたちに笑われただけ」

 ムカついた顔で言われているというのに、良彦の笑顔はかなりご機嫌だ。

「ほんと、そっくり姉弟。あんたたちって」

「そうかな。姉ちゃん、すっげー失礼なこと平気で言うんだぜ」

「お前もだろうがっ!」


 自分の選んでいる単語のチョイスに、自覚がないのだろうか。

 可愛い笑顔も急にモンスターのように見えてきて、華恋はひたすら早足で歩いた。



 授業が終わり、放課後。

 机の上に、いきなり白い紙がスっと差し出されてくる。


「ミメイ、これ書いて」

「はあ?」


 机に置かれた紙には、簡素な表がひとつ。

 一番上には、「入部届」の大きな文字があった。


「なにこれ」

「入部届け」


 良彦は鉛筆で紙をパシパシ叩いて、ドヤ顔で続けた。


「演劇部って書いて」

 華恋にしては珍しく、ポカーンとして言葉がなかなか出てこない。

「演劇部……?」

「そう。俺も入ってるんだ。それで、メイクのモデルをやってくれ」


 話がまったく見えなかった。

 華恋にとっては、演劇部なんて入部の検討すらしない、運動系と同じ速度でまず対象外にする部活動だ。


「どういうこと?」

「俺、演劇部のメイク担当なんだ。部室にメイク道具置いてるからさ。ミラクル変身タイムを一緒にエンジョイしようぜ」

「私、劇とかぜんぜん興味ないんだけど」

 

 たとえば文化祭とかで、演劇部が披露する舞台なんてまったく失笑ものだと華恋は思っている。

 大体女子ばっかりで催される舞台は、中途半端な文学気取りのシナリオばかりで、見るに耐えないものばかりではないか――。


「大丈夫だよ。うちの演劇部はちょっと特別なんだ。劇なんかやらないから」

「はあ……?」


 ますます話が見えなくなって、華恋は唸る。唸った顔に、良彦は首を傾げている。


「ちょっと急すぎるか。もしかして」

「……なにがなんだか。劇なんかやらないって?」

「じゃあ見学しに来いよ。見たらわかるから。それ書いてついてきな」


 もう入部は決まってしまっているのか? と、華恋は思ったが、この流れはとても藤田的だった。

 そう考えている自分に驚いてしまう。まだ転入から一週間しか経っていないというのに、ビックリするほど良彦のペースに巻き込まれている。


 入部届けには、何部へ出すのか記入する欄があり、全部活共通なのがわかった。

 どうせどこかに入らないといけない。

 演劇部に入るかどうかはまだわからないが、クラスと名前だけ、とりあえず書きこんでいく。


 美女井華恋、と忌々しい自分の名前を書いたところで横から手が伸びてきて、良彦は自分の机にそれを置くと、一番上に「演劇部」と勝手に書き込んでしまった。


「ちょっと!」

「さ。行こうぜ!」


 ちょっと、くらいの苦情はお構いなしに、良彦は歩き出した。

 勝手に提出されたらたまらないので、華恋も仕方なくついていく。


「この間、帰っちゃってさ。結局やれてないだろ?」

「だってあんた、震えてたじゃない」

「仕方ないよ。だって初めてだったんだからさ」


 廊下で交わされる二人の大きな声に、通りかかった男子生徒が「フーッ!」と声をあげた。

 良彦は構わず、こう続ける。


「今度はちゃんとやらせてくれよな!」

 そこで、なんで「フーッ!」なのか理解できて、華恋は失礼な男子生徒に向かって叫ぶ。

「お前っ! エロいこと考えてんじゃねーぞ!?」

「なんだお前。エロいことって」


 良彦は愉快そうに笑っていて、こいつといるとロクなことがないと華恋は思う。


「大丈夫だって。カミソリで一気にやったりしないから。はさみでちょっとずつ切るんだぜ。心配するなよ」

「はさみだって怖いよ。顔の一部を切られるんだよ?」

「顔の一部かあ? お前のはムダ毛だろ、そんなにボーボーに生やして」

「うるせえ! お前、このスットコドッコイ!」

「なあ、スットコドッコイってなんだ?」


 そう言われるとわからない。華恋が赤くなって黙ると、良彦はまたゲラゲラと笑った。



 校舎の一階から隣の別館に移動すると、部室がズラリと並ぶ廊下に出た。

 先週風巻教諭に案内された文化系の部室はそれぞれ特別教室を使っているところばかりだったので、運動系の部室が並んだこちらの建物には初めて足を踏み入れている。


 廊下にはさまざまな道具が雑然と置かれており、そのせいでところどころ狭くなっている通路を抜けていくと、突き当りに「演劇部」のプレートがついたドアが見えた。

 良彦はそのドアを勢いよく開けて、中に入っていく。


「おはよーございまーす!」

 中は広々としていて、壁際には隙間なく棚が置かれている。棚にはカツラや衣装や段ボールが詰め込まれていて、窓はもしかしたらあるのかもしれないが、どこにあるのかはとりあえず見えない状態だ。

 ところどころに、人がいるのも見えた。大きな机が四つばかり置かれていて、その周囲に人影がぽつぽつとあった。


「部長! 新入部員ですよ」

 張本人の許可はないまま、良彦が叫ぶ。


 良彦が向かった先には、長い髪を無造作に後ろにたばね、銀縁の細いフレームのめがねをかけた少し神経質そうな女生徒が座っていた。


「藤田君、声が大きいわよ」

「同じクラスに来た転校生で、ミメイっていいます」

 勝手に紹介され始めて、華恋は慌てて現場へ駆けつけて訂正をする。

「まだ入部じゃなくて、今日は見学に来ました」

「新入部員じゃないわけ?」


 右側から、少し小柄な女生徒が声をかけてくる。

 髪をオシャレにセットしている、美しく整った顔の持ち主だった。


「とうとう女優志望者が現れたってわけだね!」


 こちらは背の高い、ウェーブのかかった長髪がよく似合う男前。

 奥にはもう一人、大柄な男子生徒がいるが、こちらに背中を向けていて動かない。


 部長らしき女子生徒は立ち上がって、右手で眼鏡にそっと触れると、華恋に向けて名乗った。

「私は演劇部の部長の、紺野(こんの)桐絵(きりえ)

 胸には、二年生がつけるバッジが光っている。

「美女井華恋といいます」

「ミメイ? 珍しい苗字ね。深夜だか早朝なんだかわからない時間帯を指す、未明と書くのかしら」

「いえ……」

 華恋が言いよどみ、良彦が勝手に説明を始めてしまう。

「美女に、井戸の井でミメイです!」

「美女に、井……?」

 桐絵の鋭い目が細くなって、ほとんど「一」になる。

「初めて会ったわ、そんな苗字の人に」

「素敵じゃない……。うらやましいわ、そんな、ドラマティックな苗字!」

 桐絵の反応は冷静で、オシャレ髪の女生徒の方はなんだか興奮した様子だ。

「私、北島よう子よ。衣装担当なの」

 よう子は美しい顔に笑みを浮かべると、華恋の手を取って両手で包んだ。


 衣装担当の前髪は眉毛の上あたりで、後ろ髪は耳の下あたりでまっすぐ切りそろえられて、端っこは顔の方へくるりと巻かれている。

 顔に自信があるか、お笑い芸人じゃないと出来ない髪型だな、と華恋は思った。


「ビジョイって書いて、それで、ミメイって読むの?」

 背の高いイケメンは、なんとなく頭の悪そうな話し方で感心している。

「ユーゴ、お前も自己紹介して」

 良彦に促されて、イケメンは歯をキラリと輝かせた。

「僕は武川(たけかわ)祐午(ゆうご)。演劇部のナンバーワン俳優だよ。よろしくね、美女井さん」


 全員の反応が穏やかなものだったので、華恋はなんとなくこの部室に居心地の良さを感じていた。

 そこに、背中を向けていた大柄な男子生徒も立ち上がり、歩いてくる。


 とても中学生とは思えない巨体に、華恋は一瞬怯んでしまう。

「俺は、不破(ふわ)礼音(れおん)

「副部長だよ。小道具の担当なんだ」

 簡素な自己紹介には、良彦が笑顔で補足を入れる。


 演劇部なんて、自分にはとても向いていない。

 そう思っていた華恋だったが、この部屋に溢れる演劇部らしからぬ妙な空気に興味が沸いていた。


 良彦はその様子に満足げに頷くと、再び笑顔で演劇部の案内を始めた。

 

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