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79 少年の夢と選択 3

 二月の舞台用の準備は着々と進んでいった。

 よう子の衣装も出来上がり、小道具が完成し、演劇の鬼のしごきはヒートアップしていく。

 辻出教諭考案のあやしげな発声練習が部室内に響き渡って、他の部活動をしている生徒から怪しまれる日々が続いていた。


「ねえビューティ」

 厳しい稽古の休憩中、華恋がぐったりと座り込んでいるところによう子が現れる。

「よう子さん、はぁ……、なんすか?」

「いやあねえ、若いのに。だらしない」


 前回は一緒に走って、一緒にぐだぐだした仲なのに。そう考えながら、澄ました顔をじっとりと見つめる。


「ねえビューティ、あなた、誰かにバレンタインにチョコをあげる?」

「はい?」


 この世で三番目くらいに嫌いな話題が飛び出してきて、華恋は露骨に顔をしかめた。

 どんな顔に仕上がってしまったのか、よう子は珍しくあっはっはと豪快な笑い方をしている。


「別に予定なんかないですけど」

「そうなの? よっしーやユーゴにあげるかと思ったけど」

「あげなきゃいけない決まりなんてないし」


 あんなのは菓子メーカーの冬の一大キャンペーンに過ぎず、そんなのに併せて散財してやる義理などない。そう答えるとよう子は再びゲラゲラと笑った。


「似合いすぎよ、その答え……、その顔に!」

「ちょっとよう子さん、ひどくないですか」

「ごめんなさいね!」


 結局笑われているうちに休憩時間が終わり、よう子がなにを求めていたかは部活終了後にわかった。


「サンダーに手作りチョコをあげたいんです。ご指導いただけませんでしょうか?」

「いいわよ。よう子ちゃん、私も作るから、一緒にやりましょうよ」


 ちゃっかり美女井家の夕食に混じり、さっそく母から快い了承をもらって、図々しい先輩は嬉しそうに微笑んでいる。


「私もよしくんにつくろうかなあ」

「マーサもやるよ! マーサもチョコ作る!」

「あげる男子がいるの?」


 姉がフンと鼻から息を出すと、妹は可愛くぷりぷりと怒り出した。


「いるよ。よっしーと、祐午君と、あのかっこいい先生とおっきい先輩と」

 小学校にはまだいい仲の男子はいないようだ。

「ねーちゃん、弟にやるとか寂しくない? 誰かいないのかよ、リハビリの先生とか結構いい男じゃん」

「あの先生には一〇円のチョコでいいの」

 食卓の端で美女井家の父はそわそわしていたが、残念ながら最後までチョコの贈り先として名前があがることはなかった。



 二月は嫌いだ、とため息を一つついて華恋は自分の部屋に戻った。

 真っ赤なハートをあしらったポスターや風船がそこら中に飾られて、好きな人にチョコあげよう! なんて余計なお世話だ。

 大体、チョコなんか年がら年中その辺で売っている。買って即食べられる、スタンダードなお菓子であり、決して世にも貴重な珍味などではない。

 自分にもくれないかな、なんて考えているのが見え見えの父には、六月にちゃんと専用イベントがある。


 欲張るんじゃないよ、と心の中で悪態をついて、久しぶりにアンソニーの電源を入れる。

 スイートな話題のおかげで思い出したからだ。

 十六四と、ほったらかしの自分のブログについて。


 ブラウザを立ち上げて怠惰な日記を確認すると、コメントがひとつついていた。

 案の定十六四からだったが、文面は意外なものだった。



  Beautyさん

  あけましておめでとうございます。

  大きな山を無事に乗り切れたこと、

  とても良かったですね。


  私は、思い切って二兎を追ってみようと決心を固めました。

  兎を追うんなら、名前はアリスの方がふさわしいかな。

  風に吹かれて別な世界に行った

  Beautyさんの方が本当のドロシーなのかもしれません。


  今の、悩んでばかりのブログは閉鎖することにしました。

  いつかしっかり準備ができたら

  二兎を追う、前向きなブログを新しく作ろうと思います。


  こちらはたまにのぞきに来ますね。

  これからもどうぞよろしく。


 

 ドロシーってなんだったっけ悩みながら十六四のブログを確認すると、既に削除された後だった。

 たいして密な交流をしていたわけではないが、なんとなく寂しい。


 そうだ、オズの魔法使い。


 ドロシーが主人公の話のタイトルは思い出せたが、話の概要はいまいちうろ覚えだった。

 あらすじを検索して、華恋はふうん、と呟いている。

 竜巻に飲み込まれて、運よく生き残って、愛犬と、カカシとブリキとライオンと出会って一緒に進む。

 みんなそれぞれ自分に足りないものを求めて旅をする話だとわかった。


 自分に足りないものはなんだろう?


 自信と、夢と、美しさ。


 速攻で三つも思いついて、華恋は思わず声をあげて笑った。

 だいぶ足りないなと自嘲して、アンソニーの電源を落とすとこの日は眠った。

 


 二月に入ると辻出教諭の指導にはますます熱が入って、寒空の下、部活の始まりはまずランニング。

 体育館で卓球部や剣道部が素振りをしているのを眺めつつ、舞台の上で発声練習をし、短いシナリオをしっかり覚えたり、二度と緊張してはならんと座禅を組まされたりの毎日をこなしていく。


「お前ちょっと、やせた?」

「え?」


 良彦がそう声をかけてきたので、気になってお風呂の後に体重計に乗ってみる。

 しかし、別に減っても増えてもいない。


「痩せてなかったよ」

「そうか」


 次の日の朝そう報告すると、近所の少年はほっとしたような笑顔を見せた。


「あんだけ毎日しごかれてるから、顔が引き締まっちゃったのかな。キリリとしたお前の顔、結構面白いぜ」

「そいつはどーも」

 華恋が歯をむき出しにして返事をすると、隣で優季も笑っている。

「今度はどんな役なの?」

「普通の中学生だよ」


 そのおかげで、メイクも前回のようにけばけばしくしなくて良いらしい。

 メイク担当の少年は大張り切りで華恋の顔面の改造計画にいそしんでいて、大した仕事のないヘアメイクの先生は、張り切る姿も可愛い美少年を見つめて毎日ご満悦だ。


 祐午もあれ以来すっかり落ち着いて、毎日辻出教諭の訓練に平気な顔をしてついていっている。

 おそらく指導に熱が入っている理由はこの男だ。あんまり平気でなんでもこなすから、ハードルが上がる一方という、華恋にとっては悪循環が続いている。


「ミメーイ!」

「はいっ!」


 今日も二人で散々しごかれ、ついでに部長から嫉妬の視線を浴びて、華恋の疲労は心身ともにマックスの状態が続いていた。

 そろそろなんらかが突き抜けて、悟りでも開けるかもしれないと思いながら、額の汗をぬぐっていく。


「はい、ビューティ」

「ん?」

 祐午がなにかを渡してきたので手を差し出すと、キャラメルがのっていた。

「ありがとう」

「……ビューティはすごいね」

「なにが?」

「だって、お芝居をやるぞって思って入部したんじゃないのに、こんなに毎日頑張ってくれてる」

「ははは」


 華恋の口から、乾いた笑いが漏れ出してしまう。


「ビューティのおかげで毎日楽しいよ。僕だけじゃなくて、きっとみんな楽しいよね」


 そういえば良彦にも、同じようなことを言われていた。

 美女井華恋改造計画のおかげで、みんなそれぞれやりたいことを愉快にやれるようになったと。


「どういたしまして」


 こんな四角い地味な顔が役に立つ日が来るとは。なんて結構なことだろう。

 華恋は自分の考えに小さく笑うと、目の前のイケメン少年に答えた。


「祐午君もすごいよね、まりこ先生に全然負けないんだから」

「負けるって?」

「あれだけ厳しいのに、っていうかどんどん厳しくなってきてるのに、平気でついていっちゃうでしょ」

「そんなことないよ。大変だよ。毎日帰ったらすぐ寝ちゃうし」

「そうなの?」

「だけど、今度の舞台を見て新入部員が来てくれるかもしれないなら、やっぱり頑張ろうって思うんだ」


 来るだろうか。まりこの伝説がどこまで幅を利かせているのか、正直想像がつかない。

 しかしこうやって無事に生き残れる人材もいるという証明にはなるのだから、物好きな子がやって来る可能性はゼロではないのかもしれない。


「来るといいねえ」

「うん。それでシェークスピアとかやれたらいいよね」


 そんな展開になったら、自分がちゃんと部長の台本使おうと提案しないといけないのかもしれない。


 来年度、先輩たちが引退した後、部の存続に必要なのは最低でもあと二人。

 そもそも、先輩たちがお芝居する気がないのが悪いじゃんと思うが、今更言っても仕方ない。


 本当に自分という救世主が現れてよかったな、なんて自画自賛をしながら、華恋はどっこいしょと立ち上がって休憩時間を終えた。

 

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