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78 少年の夢と選択 2

 華恋と良彦は放課後になるとすぐに教室を飛び出し、A組から祐午を引っ張って部室へと走った。


 しかし扉が開いていない。先輩たちがやって来るのを、寒い廊下で白い息を吐き出しながら待つ。

「ユーゴ、続き続き」

「え? なんの続き?」

「梅原昭三になんて言われたのかだよ」

「ああ、そうか。えーとね、なんだったかな」


 あんなに重要そうな話がもう忘却の彼方にいきかけている。

 人はここまでマイペースに生きられるものだろうか。

 華恋が驚いていると、部長たち二年生軍団の姿が見えた。


 長い廊下のずっと先に現れた三人が、こちらも三人揃っていることに気が付いて走り出す。

 野球部の部室から出てきた坊主頭に桐絵がぶつかって転んだのを、礼音が手を貸して助けている。


「ユーゴ! 来たのね!」

 よう子がとびきりの笑顔で駆け寄ってきて、部長と副部長も現れ、こちらも笑っている。

「武川君」

 おでこが赤く染まり、めがねのフレームが歪んでいるような気がするが、部長はテンションがあがっているのか気がついていないのか。いつになく嬉しそうな顔だ。

「桐絵、寒いし中に入りましょ」

「ええ、そうね」

 

 部室の扉が開き、中の照明のスイッチが入り、暖房が入れられる。

 演劇部の六人は机を囲んで、待っていた主演俳優の話に耳を傾けた。



「それで、撮影が全部終わってから、梅原さんにバーに連れて行ってもらったんです」


 昼休みに聞いた長い前フリの再放送が終わると、意外な単語が飛び出してきた。

 みんな驚いたが、代表してよう子が確認してくれた。


「バー?」

「そう。一緒にバーに」

「七歳だったんでしょ?」

「そうです。でも、連れて行ってくれたんです。まだ夕方で、僕はオレンジジュースをもらって」


 お母さんがよく反対しなかったな、なんて華恋は思う。

 部室の後方には顧問の先生たちがいて、生徒たちの話に静かに耳を傾けている。


「梅原さんは、僕が子役をやめるのをいいことだって言ってくれました」

 祐午はそう話すと、ふっと笑った。

「他の人たちはみんな、やめるな、勿体無いって言うのに。だから、どうして? って聞いたんです」

「どうしてだったの?」


 桐絵の声に、祐午はゆっくり頷いて続ける。


「子役なんて使い捨てで、ただ単にどれだけちゃんと大人の言うとおりにできるお利口さんかってだけのものだ。どんなに人気が出ても、評価されても、見た目が可愛いとか、卒がないとか、それだけのことだ。子供でいるうちは、ちゃんと年齢に見合った世界で暮らして、少しずつ自分という人間の土台を作るべきなんだって、そう言われました」

「お前、よくそんなこと覚えてたな?」


 良彦が本筋とは違うところに感心すると、祐午はカッコイイ顔をくしゃっとしてこう白状した。


「あはは。あのね、僕がやめた後、梅原さんが手紙をくれたんだ。そこに、あの日された話と同じことが書いてあったんだよ」

「ビックリした。ユーゴが急に人生哲学なんか語りだしたから、どうしちゃったのかと思ったぜ。安心したわ」


 失礼だと思うが、なんだかんだ華恋も同じ気持ちだった。

 多分みんな同じように思っていたんだろう。

 みんな納得いったような、スッキリした表情になっている。


「もし役者になりたいんだったら、ちゃんと大人になってから来い。大人になってもまだ役者になりたかったらなら、どんな手段を使ってでも来い。子役時代の栄光なんか関係なしにまた役者になれたなら、お前は本物だから。梅原さんは、待ってるぞって、最後に言ってくれた」


 祐午がそこまで語ると、後ろから泣き声がし始めた。

 どうやら天使モードのまりこがまた感動してしまったようで、隣にいる号田はもう慣れたのか、ハンカチなんかを手渡している。


「で、なんでオーディションを受けないって結論になったんだ?」

「僕にはまだ、早いなって思って」


 そこまで言うと祐午は立ち上がって、お辞儀をすると自分の決意をこう話した。


「今はまだ、中学生として、この演劇部の部員としてしっかり活動するのが僕にとって一番大切なことだって思いました。これから先、高校に入ったらどこかの劇団に所属して、改めて演技を学んでいこうと決めました。みんなが応援しようと思ってくれたことはとても嬉しくて、僕もいっぱい考えたら、これからどうすべきかしっかり決められたし、お母さんにもちゃんと将来俳優になりたいって話せました。この演劇部にいたおかげです。本当にありがとうございます」

「よせよユーゴ! 俺が勝手におせっかいなことしただけなのに」


 良彦が立ち上がると、祐午もシャキっと直立し、小さな友人に向かって微笑みを浮かべた。


「ううん。よっしー、すごくいいきっかけになったんだ。お母さんはちょっと悲しそうな顔をしてたけど、ちゃんとわかってくれたから。僕、本当はずっと、苦しかった。演劇部に入ってることも内緒にしてたから、伝えられてスッキリしたよ」

「そうだったんだ」


 思わず華恋が一言漏らすと、祐午はどうやったのか、キラリーンと歯を光らせて笑った。


 二つ隣の席で、桐絵が倒れる。


「桐絵!」

「紺野、どうした?」


 よう子と礼音が慌てて立ち上がり、失神してしまった部長は保健室へと搬送されていった。


 

 主演俳優問題が片付き、演劇部一同はみんな笑顔を浮かべて集まっていた。

 部長と付き添いのよう子以外の六人で、自然と輪になっている。


「良かったわ。やっぱり、武川君がやるのが一番いいものね」

 ハンカチで涙を拭き拭き、辻出教諭も微笑んでいた。

「みんなもいいわね。今度も、武川君と美女井さん、二人でやってもらうわよ」

「はい!」

「よーうし! そうと決まればまずはランニングじゃあ!」


 切り替え早え(はええ)ー! と良彦が叫ぶ。

 こんな展開なのに祐午は思いっきり笑顔で、学ランを脱ぐと部室を飛び出していった。


「美女井も続けえっ!」

「うへえっ」

「返事は『ハイ』だろうがあ!」

「ハイッ!」


 後ろから良彦の笑い声が聞こえる。

 仕方なく、制服姿のまま華恋も外へ飛び出した。



 鬼のしごきに対してなんの用意もしていなかったおかげで、心身ともにへとへとだ。

 汗だくで部室へ戻ると、桐絵とよう子も保健室から帰ってきていた。


「あ……、部長、大丈夫ですか」

「ええ、大丈夫よ。美女井さんこそ疲れてないかしら?」


 いつもの通りの部長に戻っているが、やっぱりめがねが歪んでいる。


「あ、部長、戻ってたんですね。貧血とかだったんですか?」

「え、ええ……、そうね、暖房の風が当たりすぎて、のぼせたのかしら……」


 祐午が現れるなり乙女スイッチがONになって、桐絵はやたらめったらモジモジし始めている。

 ここまであからさまなんだから、そろそろ気がついてあげてほしいもんだよななんて思うが、気がついたところでどう反応するか。

 祐午が相手ではどんな超展開が待っているか、想像がつかない。


「こら、なにをチンタラしてるんだっ! 並べ並べーい!」

 キャラ変わってきてない? というツッコミを魔将にする勇気はここにいる誰の中にもない。

「せっかく団結したんだから、全員で行くぞ!」


 唸りをあげるツキカゲ棒に全員が慌てて立ち上がって、腹の底から声をあげての発声練習に励んだ。



「良かったわね、レオちゃん。舞台に立たなくて済んだわよ」

 部活動が終わり、全員で部室を出て校門まで歩く。

 礼音は苦笑をしていて、そんな副部長に、祐午が微笑んだ。

「レオ先輩も一緒にやったらいいじゃないですか」

「もうシナリオは出来てるんだから、ユーゴとビューティの二人でいいだろう」


 冬の夕暮れの時間は短い。

 オレンジ色の夕日はもうすっかり顔を隠して、あたりにはもう夜が訪れようとしている。


「舞台まであと一ヶ月を切ってるわ。みんな、頑張りましょうね」

 珍しく桐絵が部長らしいことを言い、みんなが素直に頷く。

「明日からはジャージで来ようね、ビューティ!」


 明るい顔の祐午の発言にちょっとだけうんざりしたが、華恋は右手の親指をビシっと立てて、笑顔で応えた。

 




*作中の子役に関しての意見は

 あくまで梅原昭三という人が祐午を慰めるためにこう言った、というだけで、

 現実に頑張っているチビッコたちにケチをつけるものではありません。念のため。

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