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75 青春は爆発だ! 2

 部活が始まってすぐに、良彦は祐午のもとに向かった。


「ユーゴ、これ」

「なに? よっしー」


 ジャージの袖を引っ張られて、部屋の隅へ二人は移動していく。

 手渡された封筒の中身を確認して、演劇部の誇るイケメン俳優は驚きの声をあげた。


「よっしー!」


 やけに通る声だったので、二年生たちもなにごとかと顔を向けている。

 祐午は皆に背中を向けたまま、今度は普段どおりの声で友人に質問をぶつけた。


「送ったの?」

「そう!」

「そっか……」


 しばらくして、祐午の口から「ありがとう」という言葉が出てきた。

 それにちょっとだけ笑顔を浮かべると、良彦は顔をキリっとした大真面目な表情に切り替えて重大な問題点を告げた。


「日程がちょっとさ」

「日程? この日、なにかある?」

「放課後エンターテイメントだよ」


 飛び出した単語に不安を感じたのか、二年生たちもとうとう立ち上がって二人のもとに集った。

 華恋もそれについていき、全員で部室の隅に円を作る。


「どうしたの武川君、なにかあったのかしら?」


 桐絵は心配そうな顔で、隣のよう子と礼音もいつになく真剣な表情を浮かべている。


「あの……、これ、よっしーが送ってくれたんです。オーディションの一次審査通過の通知で」

「オーディションって、Z-BOYの?」


 よう子が華恋の方を振り返って質問してきた。


「そうです。他薦OKってことで」

「そうだったの」


 祐午が差し出した紙を桐絵が受け取り、二年生が全員でじっと見つめる。

 二次審査のご案内。二月中旬の土曜日。放課後にはまだ題名の決まっていない一〇分の二人芝居をやる予定と同じ時間帯に行われる旨が書かれている。


 みんな困惑した表情で、それ以上誰もなにも言わない。

 たった二人しかいない、しかもやる気満々の方の演者がいなくなったらもう、参加はできなくなってしまう。


 扉が開き、いつものように陽気な声が部室に響いた。


「よう、全員揃ってるな……?」


 隅っこで集まっている全員が誰も自分を振り返らないことにいじけそうになったものの、さすがに成人して結構たつ副顧問の先生はなにかあったんだなと、ちゃんと異変を感じ取った。


「どうしたんだ?」


 号田が近づいてきて、狭い輪の中に強引に入る。

 全員が困った顔で答えない中、部長がぎゅっと握り締めている二枚のA4用紙に気がつき、それを勝手にひったくると副顧問の先生はだて眼鏡をキラリと輝かせて中身に目を通した。


「一次審査通過のご案内?」

 しかし、問題点がどこかまでは気づかなかったようだ。

「どうしたんだ、この美少年め。めでたいじゃないか」

「ゴーさんはちょっと黙っててよ」

 愛しの少年の厳しい一言に、変態大型犬はしょぼくれてしまう。


「僕、行けないよ。大事な舞台なのに……」


 長い沈黙を破って、とうとう祐午が声をあげた。

 それにまず、良彦が反応する。


「なに言ってんだ。チャンスだろ? 行けよ、ユーゴ」

「だって、新入生が見にくるんだよ。みんなもう準備を始めてる。部長はすごくいい脚本を書いてくれたし、よう子さんのデザインだってすごく素敵だった」

「そんなのいいよ。四月か五月にだってあるんだぜ? 新入生だってそれ見りゃ何人か来るって。心配いらないだろ」

「でも」

「いざとなったらレオさんがやるって!」

「っ?」


 いきなり名指しされて、礼音が焦る。


「だけど」


 いつもは能天気で大きめのボケばっかりぶちかましてくる天然の美少年が、珍しく深刻な表情を浮かべていた。

 それはそれはカッコイイ姿で、部長は困った表情ながらもほっぺが真っ赤だ。


「だけどなんだよ。母ちゃんが反対するってか?」

 良彦の鋭い一言に、祐午が落としていた視線をあげた。

「よっしー」

「前に言ってただろ? 母ちゃんに遠慮していかないとか言ってんのか?」


 祐午の困った顔に、少しだけ怒りのエッセンスが加わる。

 またしばらく間があいて、ようやく返答があった。


「そうだよ。お母さんはもう芸能界なんてこりごりなんだ。すごく苦労したから」

「でもお前は俳優になりたいんだろ?」

「うん……」


 いつもよりだいぶ小さくなって、悲しげな表情を浮かべて、俳優志望の少年は下を向いてしまった。

 その更に下に、いきなり良彦がもぐりこんだ。低いところからずいっと顔を近づけられ、祐午が慌てて一歩下がる。


「母ちゃんがなんだよ! お前の夢なんだろ? 反対されたっていいじゃないか! 行けよ!」

「ちょっと、藤田」

「ミメイは黙ってろっ」


 思わぬ迫力に、華恋だけではなく祐午以外の全員が少しだけ後ろに下がった。


 唇をかんで黙る祐午と、口をへの字にぎゅっと結んだ良彦がじっと見つめ合っている。

 ふっと後頭部に違和感を覚えて、華恋はそっと後ろを振り返った。号田がうっとりしている。どうやら感じた違和感は、鼻から漏れ出てくるいつもより興奮した彼の呼吸だったらしい。

 このド変態がと顔をしかめると、扉の前に辻出教諭が立っているのが見えた。

 どうやら鬼モードの状態のようだが、黙っている。この状況をどう判断したのかわからないが、様子を見守っているようだ。

 

「じゃあユーゴ、お前はいつまで母ちゃんに遠慮するんだ? 大人になるまで?」

「そんなの、わからないよ」

「後悔するぞ」

 責めるような口調に気を悪くしたのか、天然少年もとうとう怒ったようだ。

「よっしーになにがわかるの? 僕とお母さんがどんな思いをしたか知らないくせに!」

「知るかよそんなの!」


 どうしてこんなに、良彦は熱くなってるんだろう。華恋は疑問に思っている。

 そこまでの友情が二人の間にあったのだろうか。もしかして、例のプレゼント絡みでなにかあった?

 そんなくだらないことを考えていたら、良彦が吠えた。


「俺が知ってるのは、お前がすごく芝居に真剣だってことだけだよっ!」


 青春丸出しのこっぱずかしい台詞に、華恋はなぜか照れてしまう。


「お前の母ちゃんはいい母ちゃんなんだろ? 中学生にもなって髪切ってもらってるなんて、どんだけ溺愛されてんだよ」

「デキアイってなに?」

「愛に溺れるって書いて溺愛だ!」


 文字の説明だけでは意味がわからなかったらしく、勢いよく怒っていたはずの祐午の頭の上には「?」が浮かんでいる。

 が、良彦は構わず続けた。


「そんなにお前を大事にしてくれてるんなら、わかってくれるだろ。ちゃんと話せよ、自分のやりたいこと、それでも反対されるんだったら、ケンカしろよ。真正面からやりあって来いよ」

「でも」

「俺はもし母ちゃんが生きてたら、ケンカしたいよ。男子中学生がメイクに興味あるなんて気持ち悪いって言われても、そんなのダメだから普通のサラリーマンになりなさいって言われても、絶対諦めないって。誰になにを言われてもやってみせて、プロになって、すごいわねって言わせたい! もうなんでも言う事聞くだけの子供じゃない、大きくなったんだねって、ビックリさせてやりたいよ!」


 最後はもう説得ではなくて、少年が隠していた心の一端が暴発したような形になっていた。

 普段は明るく愉快な良彦に潜んでいた心の叫びに打たれたのか、祐午は驚いた顔で目を潤ませている。


「よっしー……」

「ごめん」


 言ってしまった方は、こりゃ反則だったかな、なんて呟いている。

 くるりと祐午に背を向け、うつむいて首をかしげている良彦の元に号田が駆けつけて、どさくさに紛れて後ろからぎゅっと抱きしめた。

 少年は珍しくそれに抵抗しなくて、大きな副部長も難しい顔をして動かない。

 華恋は見た。号田の幸せそうな笑顔を。こんなシリアスなタイミングで役得を逃さない。おそるべきハンター精神だが、もちろん褒められたもんじゃない。


 目元をジャージの袖で拭うと、祐午は顔をあげて残りの仲間の方を振り返った。

 しかし、唇をかんだまま黙っている。


 すると、桐絵が一歩前に出た。


「武川君」

「はい」


 あの部長がなにを言うのだろう。

 みんな黙って成り行きを見守っていると、しばらくしてからこんな声が聞こえた。


「オーディション、受けてきて」

「部長……」


 桐絵の声は小さいし、震えている。


「年に一回しかないチャンスだもの……。来年もやるかはわからないし、あってもまた通るかわからない。こんな大きな機会はきっと、たくさんはないわ」


 背中までブルブル震えている。そんな親友の様子を見て、よう子も顔を下に向けた。

 礼音は少しだけ横を向いて、現場から視線を逸らしている。


「役者になりたいんだったら、どんなチャンスも大事にすべきだと思う。武川君ならきっといいところまでいけるはずだから、だから、行ってきて」


 最後はグズグズと泣きながら言われて、祐午もすっかり困った顔になっている。

 そしてようやく、入り口付近で黙って立っている鬼に気がついた。


「まりこ先生」


 しかし、辻出教諭はなにも言わない。ぎゅっと口を閉じているだけだ。


 しばらく、部室は沈黙に包まれた。


 何分経ったか、主役の少年がとうとう顔をあげて、そっと一言呟く。


「ちょっと、考えます」


 それだけ言うと祐午はカバンを持って部室を出て行ってしまった。


 その後の部活はさすがにこれ以上続けることができなくて、良彦のパンチが号田のあごにヒットしたところで本日は解散となった。

 

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