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74 青春は爆発だ! 1

 お参りを済ませ、四人はおみくじを引いていた。


「あっ」


 華恋は紙を広げて小さく声をあげた。人生初の大吉だった。


「おねーちゃん大吉だ! マーサはコキチだよ!」

「ショウキチでしょ」

 藤田ブラザーズはケラケラ笑ったが、すぐに弟の方の笑い声が止んだ。

「どうしたの? よしくん」

「大凶だ!」

 良彦は、今まで毎年大吉しか引かなかったのに! と悶えている。

「ねーちゃんは? ねーちゃんはどうなの?」

「中吉だよ」


 姉の方の藤田はうふふと笑っている。

 良彦は仕方ない、と呟いて近くの木におみくじをくくりつけようとしたが、うまくいかない。


「チクショー、低いところに隙間がないっ」

「仕方ないねえ、ちびっこは」


 渋々大凶を渡してきた良彦にフフンと笑って、華恋が長い腕を伸ばして上の枝にかわりに結ぶ。

 良彦はかわりに預かった華恋のおみくじをじっとりとした目で見つめて、最後にウホホーっと笑った。


「おいミメイ! お前今年モテ期が来るって書いてあるぞ!」

「はぁ?」


 全員で一緒になってのぞきこむと、確かに、恋愛運は絶好調と書かれていた。


「嘘くせえ! 今年のおみくじははずれだな!」

「お前なあ」

「ということで、今年も俺は絶好調! 学年一位の成績を取って、背も伸びてモテモテに!」


 あまりにも都合が良すぎる浮かれぶりに怒るのがバカバカしくなって、華恋も一緒に笑った。



 冬休みはあっという間に過ぎていった。

 明日からはもう新学期が始まるというのに、隣では正子がギリギリで書初めを仕上げている真っ最中だ。


「なにが初日の出だかね」

「おねーちゃんは黙っててー!」


 以前は長い休みが好きだった。

 学校生活は退屈そのもので、ただ授業を受けてちょっとずつ知識を増やしていくだけの場所だったから。


 今は、愉快な仲間との楽しい放課後変身ライフが待っている。

 明日の新学期が、楽しみだった。




「おはよーございまーす!」


 美女井家の朝は最近、こんな爽やかな挨拶から始まるようになっている。

 もちろんその前にみんな起きて一階に集まっているが、この近所の明るい姉弟の声が響くと一日が始まるような感覚があった。


「おはよう」

「休み、終わっちゃったな」

 良彦はコートを脱ぎながら、ニカっと笑う。

「そうだね」

「最悪今日からお前、まりこ先生にしごかれるぜ!」


 お前も一緒に竹刀を振り回されながら追いかけられるがいい。

 眩しい笑顔に呪いをかけながら、華恋はニヤリと笑う。


「おねーちゃんまた祐午君と二人でラブラブお芝居するの?」

「そうとは限らないよ」


 あの部長のことだから、キテレツなシナリオだって混じっているはずだ。

 いがみあう二人という設定もありえるだろう。最後はラブに転じるのかもしれないが。


「新入部員も来るかもしれないしね」




 しかし、放課後になっても期待のニューフェイスは現れなかった。


「仕方ないわよ。みんなまりこ先生の噂を聞いて、そもそも演劇部を避けてる人ばっかりなんだから」

「残念だなあ。すごくいい舞台だったのにね、ビューティ」


 部長は先生から話があるとかでこの場にはいない。

 シナリオの選択は終わったらしいが、二人芝居用への書き直しはまだ手付かずの状態だ。


「そんなことより、ユーゴ、ちょっと来て」

「なに、よっしー」


 一年生男子は隅っこの方へ移動して、二人でこそこそ話している。

 そこで扉が開き、副顧問の先生が現れた。


「よーう、新年あけましておめでとう」

「あらゴーちゃん。あけましておめでとう」

「おめでとうございます」


 生徒から挨拶を返されたというのに、隅っこで顔を寄せて内緒話をしている良彦の方が気になるようだ。


「なんだあれは。二人はどういう仲なんだ」

「友達でしょ」

「顔が近い! 顔が近いじゃないか!」


 アホだなあ、以外の感想が浮かんでこない。

 あれはきっと、誕生日プレゼントについて話しているに違いない。

 結局なにが贈られたのか、良彦は教えてくれなかった。


「あ、号田先生。あけましておめでとうございます」


 話が終わった祐午が号田に気がついて爽やかに微笑んでいる。

 おとなげない先生はそれにチッと舌打ちで答えた。


「ゴーさんヤッホー!」

「藤田君! 今年もよろしく! そろそろスピリットに変身しよう。今しよう。久しぶりにしよう」

「気持ちわりぃー! 新年早々最悪!」


 二人がキャッキャしていると、再び扉が開いた。

 桐絵が現れて、全員に集まるように告げる。


「来月の放課後エンターテイメントなんだけど、来年度入学予定の小学六年生を招いて行われることになったんですって」

「へえ、それはすごい!」


 祐午は目をキラキラさせているが、華恋はもちろん、うんざりした気分だ。


「ここで力を入れたら、新入生に入部希望者が現れるかもしれないわね」

「正念場だな」


 よう子と礼音が笑顔を交わしている。

 「そりゃ、あんたたちは舞台に立たないからいいでしょうよ」の恨めしい視線に気がついて、衣装担当の美少女は艶やかに笑った。



「ビューティ、正月太りしてないでしょうね? 採寸し直しておきましょうか」

「えっ、いや……、どうかな」

「看板女優なんだから。しっかり頼むわよ!」


 二月に向けて気合の入る発表があり、それぞれが作業に戻る。

 どうやら桐絵はあと少しでシナリオが完成するらしく、礼音とよう子にコンセプトを説明している。

 良彦も後ろからふむふむとクビを突っ込み、そのすぐ後ろに号田もひっついて、こちらは聞いているのではなく、可愛い少年のにおいを吸っているのだろう。


「祐午君、今度はどんな話なの?」

「卒業がテーマなんだよ。男の子と女の子、同級生のふたりが、本当は好き同士なんだけど素直に言えなくて、ちょっと張り合ってる感じでお互い将来の夢を叶えられるよう頑張ろうねって約束して別れるって話なんだ」

「へえ」


 ラブ全開じゃないなら、少しはやりやすいかもしれない。少し安心した気分で、華恋は顔に入っていた力を緩めた。


「そういえば祐午君、藤田の誕生日になにをプレゼントしたの?」

「えっ? ああ、さっき怒られちゃったんだ。ちょっと非常識な中身だったみたいで」

「へえ」

「今反省してるところ」


 どうやら教えてくれないらしい。

 十三歳の男子の世界の一端を知ることはできないまま、この日はよう子に隅々まで採寸されて過ごした。



 桐絵の脚本はほどなく完成して、魔将ツジーデが張り切る放課後が続いた。

 相変わらず訳のわからない発声練習にランニング。

 久々の演技指導でエンジンが火を噴いていた前回と違って、演者以外にはとばっちりがいかなくなっていた。

 つまり、祐午と華恋だけが竹刀に追い回され、学校の周りを白い息を吐きながら毎日走っている状態だ。


「喉がカラカラだよ……」


 日課のマラソンを終えてぜえぜえしながら、母に持たされたスポーツドリンクを流し込む。

 げっそりする華恋の隣で、祐午は爽やかに汗を拭っている。


「部室に加湿器があるといいよね。喉にもいいし」


 サラっとこなしちゃって、体力あるんだな、と華恋は思った。

 シュッとした細身のイメージの祐午だったが、最近堂々と真横で着替えたりしてくるので「細マッチョ」だったことが判明している。


「休憩は終了っ!」


 ツキカゲ棒がぶうんと振られ、髪が風圧でサラサラと揺れた。

 慌てて立ち上がり、出来立てほやほやの脚本の読み合わせがを始めていく。


「美女井、ここに立てい!」


 時代劇かよ、なんて思いながらも移動する。

 本日も演劇の鬼は絶好調で、日が暮れるまでたっぷりしごかれてからみんな帰宅した。




 眠い目をこすりこすり朝の紅茶なんかを飲んでいると、いつもの朗らかな声が聞こえてきた。

「ミメイー! 来たぞー!」


 声は一緒だが、いつもと違う気配があった。


「おはよー、藤田。朝から元気すぎ」

「おはよう! 見ろよ、とうとう来たぜ!」


 ご機嫌な笑顔が薄いグリーンの封筒を差し出してきて、それを受け取る。

 宛名の下には、「Z-BOYグランプリ 管理事務局」と印刷されていた。


「これってもしかして?」

「一次審査通過だぜ!」


 なんだなんだと正子と母も覗き込んでくる。

 封筒からは紙が二枚出てきて、一枚目には一次審査を通過したこと、二枚目には二次審査の日程や会場の案内が書かれていた。


「よっしー、オーディションなんか受けたの?」

 驚いた顔の正子に、良彦がニカッと笑いかける。

「そんなわけないじゃん。祐午が受けたがってたから、勝手に他薦で送ったの」

「タセンってなあに?」

「他人からの推薦ってやつ」


 マーサがほえーっと再び驚く横で、華恋は眉間に力を入れた。


「どーしたミメイ、ブッサイクな顔して。ユーゴが自分だけのものじゃなくなるからイヤなのか?」

「失礼なっ」


 奥ではネクタイを締めながら父が苦笑している。

 優季がさすがに弟の頭をポンと叩いて、言動をたしなめた。


「二次審査の日程、放課後エンターテイメントの日でしょ?」

「あん?」

 華恋が指をさした部分を見て、さすがの良彦もあらーっと口を大きく開けている。

「ホントだ。こりゃ困ったな」


 こうして、演劇部に史上最大のピンチが訪れることになった。

 

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