72 ゆく年&くる年 2
楽しいパーティがようやくお開きになって、台所の片づけを手伝ってから部屋に戻るともう二十二時を過ぎていた。
愉快で濃密な一日だったが、さすが少し疲れている。
ベッドにごろんと寝転んだところで、ボウリング大会の景品と化したプレゼント交換でもらったものについて思い出し、華恋はカバンをゴソゴソと探った。
濃い赤の包み紙に、金色のリボンがかけられている。
誰が用意したものなのか、見た目ではわからない。
リボンを外し、丁寧にシールをはがして開封すると、中からはキラキラした写真立てが出てきた。
明らかに礼音作だとわかるデコフレームの中には、ちゃんと写真が入っている。
クリスマスの舞台の後、みんなで打ち上げをした時に撮ったものだった。
みんなそれぞれプリントしてもらっていたが、それよりも大きなサイズに引き伸ばされている。
それを机の上に乗せて、こんなに写真を飾ることになるなんてと思いながら、華恋は微笑んだ。
またベッドにごろんと転がって、今度はちゃんと油断せずに布団をかぶって。
するとあっという間に睡魔に負けて、気が付いた時には次の日の朝だった。
学校は冬休みに入ったところで、年末に向けてそわそわとした慌しい雰囲気になっている。
主に母が落ち着かない雰囲気になっているだけで、子供たちはそうでもないのだが、家庭を回す主軸がかもし出すオーラの影響はやはり大きい。
「どうしようかしら」
「なにを?」
「大掃除。いつしようかしら」
大晦日でいいじゃないか、と華恋は思う。
そもそも十月に越してきたばかりの新築だし、普段からまめに掃除する主婦がいる家はそんなに手がかかるもんかね、なんて長女は考えていたが、母の考えは想像と少し違っていた。
「よっしー君の家もお掃除しなきゃいけないでしょ。華恋ちゃんと正子ちゃん、手伝いに行ってあげて」
「えー?」
わがままお嬢様タイプの次女は、もちろん不満の声をあげる。
それをチラリと見やって、姉は余裕の一言をひとつかました。
「そういうことに努力できる女子が一番モテるもんだよねえ」
「マーサ行くよ。すっごく頑張ってお掃除する」
単純な心変わりにケケケと笑った華恋に、母が再び大掃除の日程をどうしようか相談してきた。
「藤田に相談してから決めようよ」
「そうね。それもそうね。ママなんだか焦っちゃってたわ。年末年始用のお買い物もしないといけないし、おじいちゃんとおばあちゃんたちが来るんだからおせちだっていっぱい作らないと。やることがいっぱいだわ。お買い物にも行かなくっちゃ。お買い物はパパがお休みになったら車で行くとして、大晦日だけでお料理全部用意できるかしら? よっしー君たちの分も作ってあげたいし」
一人でマシンガンのように悩みをぶちまける母が落ち着くのをじっと待っていると、近所の朗らか姉弟がやってきた。
「おはよーございまーす」
朝ごはんそっちのけでまず、掃除の日程が組まれていく。
近所の姉弟は感心なことに、美女井家の掃除を手伝ってくれるつもりだったようだ。
「まだキレイだからそんなに大変じゃないでしょ!」
すぐ終わるとかラクチンだとか、かなり脳天気な発言を続ける弟に、姉は呆れた顔をしている。
「その分、うちの方は頑張らないと。よしくん、掃除が雑だもん」
自分の部屋はキレイにするくせに、なんて暴露をされて、少年は恥ずかしそうに口を尖らせている。
「大丈夫だよ。私と正子も手伝うからさ」
「いいの?」
「いいよ。感心な正子ちゃんが超はりきるって」
「へえ、最高だね。モテ子の絶対条件だもんな、キレイ好きなんて。いや、マーサちゃんポイント高いわー」
「ねえゆうちゃん、ゆうちゃんは休んでて大丈夫だからね! 全部マーサがやっちゃうんだから!」
単純な小学生の操作なんて簡単なものだ。
フレッシュな戦力が約束されて、藤田家の大掃除は二十九日に、美女井家の大掃除は三十日に決まった。
「ねえゆうちゃん、よっしー君、お正月はうちに来る?」
朝食がちょうど終わりかけた頃、美女井家の母からこんな質問のような、提案のようなものが飛び出している。
「ああ、お正月はお父さんも仕事が休みなんで、家で過ごします」
「そうなの。じゃあ家族水入らずがいいかしらね?」
母の心遣いに、優季と良彦がお揃いの笑顔でありがとうございます、と礼をする。
「三日か四日あたりに、新年の挨拶に来ていいですか?」
「そんなのいつでもいいわ。うちはみんなずっと家にいるから、いつだって来てちょうだいね」
正月のスケジュールが確認できたところで、お次は年末の調整が始まる。
「おせちはどうかしら。良かったら、一緒に作りましょう」
それに優季がにっこり笑って、はい、と素直な返事をしている。
藤田家の家族構成は謎に包まれたままだ。
父がいるのはわかったが、この姉弟と顔が似ている以外の情報はない。
祖父母やら親戚がいるんだかいないんだか。大体、父とは仲良くやっているのかもわからない。
優季の入院中にお見舞いに行った時、姉弟は父の話をしていた。
それも大した内容ではなかったし、良彦の話からすると「大好きな頼れるお父さん」という印象でもない。
美女井家の両親は、いつか現れたり姉弟から詳しい話があるだろうと、待つと決めているようだ。
リビングでは正子が冬休みの宿題をやっている。
隣には良彦がいて、家庭教師をしてくれていた。
女の子はちょっとくらい勉強できないくらいが可愛いをだもん、なんておかしな哲学を持つマーサに、手厳しく当たってくれているようだ。
同じテーブルで、優季も高校の教科書を取り出し、勉強モードに突入していた。
来年の四月からの復学に向けて、復習をしているらしい。
華恋はそんな風景を、みかんを食べながら眺めていた。
「そうだ、ミメイ」
マーサのプリントが三枚終わって、一息入れるタイミングになり、良彦から声がかかった。
「なに?」
「お前、初詣行く?」
「ああ……」
初詣には、一昨年までは家族みんなで必ず行っていた。
去年と今年行かなかったのは、なにを願ったって叶うもんかと、すっかり心がひねくれていたからだ。
「別に行ってもいいけど」
「可愛くない受け答え!」
冷たい視線を投げかけてみても、良彦はもちろん動じない。
楽しげにイヒヒと笑って、更に華恋へこんな提案をした。
「病院へ行く道の途中に、結構大きめの、このあたりじゃ有名な神社があるんだよ。一緒に行こうぜ」
「マーサも行くー! マーサも一緒に行くー!」
「わかった。じゃあ行くよ」
結局、二日に行ってみようと決まる。
三年ぶりの初詣で、なにを願ったらいいのだろう。
華恋は少しだけ考えて、フンと鼻から息を出した。
今のままでいい。平和な毎日が続きますように。
これでいい。そう決めて、またみかんに手を伸ばした。
夜になって部屋に戻り、華恋はアンソニーの電源を入れた。
緊張でヨレヨレの弱音日記を書いたきりのブログに、新しい記事を書き込んでいく。
緊張で全部はうまくいかなかったけど
大きな山場をなんとか乗り切ることができた
自分では思いもしなかったことに挑戦して
なんとかやりきることができて
すごく不思議な、すごくいい気分
このブログを作った頃までは
ずっとずっとイライラしてばっかりの日々だったのに
3ヶ月もしない間に
いきなり吹いてきた風に飛ばされて
なんだか別な世界にやってきた気分
こんな話があったようなないような
だけど、とにかく、いい気分
華恋はこんな風にこの三ヶ月の生活についてまとめた。
小学校を卒業して、中学校に入って、じっと黙って暮らしてきた。
引っ越してくる前のあの九ヶ月はなんだったんだろうと思う。
本当につい最近の話だというのに、まるで遠い昔の出来事のように感じている。
そのくらい良彦と出会ってからの日々が、新しくて、パワフルで、痛快に思えていた。
激流下りのカヌーに乗っているみたいで、時にはひっくり返って水の中でアワアワさせられるけど、それも含めて楽しくて仕方がない。
机の上には写真が飾られている。みんなと並んで映っている自分が、力の抜けた顔で笑っている。
それを見てふっと笑うと華恋は電源を切って、あったかい気分になって眠った。