70 あの子はローリングサンダー 3
待ち合わせ場所のバス停前には、既に大きな副部長が立っていた。
「レオさーん!」
やる気満々のボウリングファッションはダッフルコートの下に隠れて見えない。
そんな良彦が子犬のように駆けて来るのを、礼音はまるでお父さんのような優しい微笑みで迎えている。
礼音はジョーのイベントの時に見たのと同じ、黒いパーカーを着ている。
十二月も終わりかけだというのに、コートの類を持っている様子もない。
「寒くないですか?」
「ああ」
鍛えられた肉体には、防寒具は不要なのか。
マフラーとかもいらないのかなと華恋が考えていると、祐午がやってきた。
こちらはチャコールグレーのPコートに身を包んでいる。
「お待たせー」
見た目のいい男子軍団だと、感心してしまう。
そこによう子と桐絵が一緒に現れて、美少女二人は意外にも揃ってジーンズを履いている。
華恋のてきとうファッションチェックが済むと同時に、デカい車が一行の前に止まった。
「よう! 揃ってるな!」
顔は見えなかったが、開いた窓からした声は号田のものだ。
そこにバスがやってきて、プオンとクラクションを鳴らされる。
車は慌てて発車してずっと前の方で止まり、演劇部一同はみんなでそこまで走った。
助手席にデッカい副部長が乗り、二列目に女子が三人、三列目に一年生の男子が座る。
残念なことに運転席から最も遠い席にいる良彦から、質問が飛んだ。
「ゴーさん、車買い換えたの?」
「レンタカーだ」
小さな軽自動車では全員乗せられないから――。
可愛い生徒たちのためにここまで自腹を切ってくれるなんて、最高の先生じゃないかと、考えた生徒がいたかどうかはわからない。
車はスイスイ進んで、ファミレスの駐車場に停まった。
隣にはボウリング場があって、電飾で輝く「ローリングボウル」の看板に、良彦のウキウキがマックスに近づいていく。
「まずは腹ごしらえからだな」
スポンサーの先導に従って店内に入ると、予約席と書かれた八人収容の個室に通される。
「ゴーさん、準備いいんだね」
「当たり前だろう? 俺の本気を見るがいいさ!」
なんの本気なんだよ、と四人くらいが引いている。
唯一本気を見せたい相手はこの後待っているストライク連続の自分という想像に酔っていて、先生の男気にはまったく気がついていない。
「みんな、ゴーちゃんのおごりだから思う存分食べましょ!」
もしかしたら食事代まで出す気はなかったのかもしれない。
号田はなにか言いたげだったが、よう子の瞳の輝きと鋭さに負けたのか黙ってお会計を済ませてくれた。
ステーキセットだのチョコレートパフェだの、ちょっぴりリッチな食事が済んで、ボウリング場に向かう。
「みんな、二人一組で対戦しないか?」
愛しのよっしーと二人できゃっきゃしたいというよこしまな提案は却下された。
七人で来てるのになに言ってんだ、と光の速さで否決されてしまう。
「よっしゃー、俺がぶっちぎりで優勝しちゃうぞー!」
別に優勝もなにもないただの楽しい球技大会だが、今日の主役の浮かれぶりにケチをつける人間はいなかった。
しかし、良彦は順位がつかないのは面白くないらしい。
「優勝したらいいことがないとつまんなくない?」
「そう? 別にいいと思うけど」
「よくないよ。この情熱をどこにぶつけたらいいんだって話だ」
こちらもちゃんと予約済みだった二つのレーンの椅子に座って、モチベーションのあがるオマケについて全員で検討していく。
解決してくれたのは、頼もしい副部長だった。
「じゃあ、スコアの良かった者から、プレゼントを選べるというのはどうだろう?」
全員で用意した交換用の、大小様々な七つの贈り物。
どれになにが入っているか、そういえば予算も決めていないという闇鍋的なラインナップになっている。
他にいい案も特に浮かばなかったので、ボウリングの結果がいい者から、良さそうな贈り物を選ぶ権利が与えられることが決まる。
「うーん。あの、ちょっと渋い包み紙が気になるぜー」
栄誉の他に副賞が設けられて、主役はご機嫌になったようだ。
こうして、楽しいボウリング大会がスタートした。
「ねえ、よっしー」
右側のレーンの一人目の挑戦者は祐午だ。
絶世の美少年は不安げな顔で友人を振り返っている。
「なんだ?」
「どうして両端に溝があるの?」
「ガーターのこと?」
「これ、こっちとあっちのへこんでるところ」
美少年はレーンの両端に設けられたガーターを一生懸命指差している。
「どうしてって、普通だよ。ノーマルなボウリング場の仕様だと思うけど」
「僕が今まで行ったところにはなかったよ?」
お子様用の優しいモード用のレーンには、ガーターはない。
良彦は息を吐いて肩をすくめ、おおげさに顔をブンブン振った。
「イヤだねー、素人は! ユーゴはかっこいいのに、ボウリング場じゃとんだお子様だな!」
容赦ない言葉に、すかさず桐絵が立ち上がる。
「藤田君、ちょっと言い過ぎなんじゃないかしら?」
「すいませーん。ユーゴ、それ、普通だから。大人用には溝があるんだよ」
「そうだったんだ。わかった、僕も今日から大人なんだね!」
単純な美少年は立ち直りもかなり早い。
いつも通りのキラキラスマイルを浮かべると、ボールを構えた。
ユーゴビームが当たってダメージがいったのか、桐絵はふらーっと座り込んでいる。
「えいっ!」
もちろんボールは溝にハマった。
ギャラリーからあがる明るく朗らかな笑い声に、祐午は照れ笑いを浮かべている。
そして隣では号田がボールを構えたまま動かない。
「ゴーさん、なにやってんの。早く投げなよ」
「藤田君、俺が勝ったらギュっとしてもらっていいかな?」
「きもちわりぃー!」
少年はいつものようにゲラゲラと笑い、しかし最後に不敵な笑みを浮かべた。
「いいぜ。俺、絶対負けないから!」
「本当か!?」
変態先生の瞳にボッと炎がともる。
「藤田の誕生日なのに、なにをおかしなこと言ってんの?」
「いいんだよ、ミメイ。お誕生日のご祝儀で手加減されて勝ったって、全然嬉しくないから!」
「あんたがいいならいいけどね」
「ようーし、気合が入った!」
ふんぬ、と低く唸ってボールが放たれる。
そして、離れた位置の二本が残る、いわゆるスプリットの状態になってしまった。
「だせえーっ!」
「スピリットだけじゃなくて、スプリットも好きなのね」
よう子がほほほと笑った横で、祐午が再びボールを放った。
今度は二本ばかり倒れて、美少年は眩しいくらいの笑顔でガッツポーズを取っている。
「ナイスボール!」
桐絵がぽーっとした顔で声をあげる。
ボウリング大会はようやく進み始めていた。
華恋は二回投げるごとに、六本とか七本とか、中途半端な本数のピンを倒すくらいの腕前だ。
礼音の腕はやっぱりパワフルで、うっかりガーターにはまっても途中でギュルルと回転して溝から抜け出し、端にあるピンを五本倒したりしている。
よう子は卒なく真ん中まっすぐに投げるが、パワーがないのかピンにボールが弾かれてなかなか全部倒せない。
号田はよっぽど好きなのか、スプリットばかり連続で取った。スコア表には丸に囲まれた八がこれでもかというくらい並んでいる。
良彦は言うだけあって、本当に上手かった。
投げればストライク、もしくはスペアで、全部倒せない回がない。
「藤田、プロボウラー目指したら?」
「それもいいかもしれないな」
狙っていた「ボールに引っ張られておっとっと」みたいなアクシデントは絶対に起きないのだと気がついて、副顧問の先生はひとり、ズーンと落ち込んでいる。
そして部長は信じられないくらいパワーがなくて、まともにボールを投げられないような状態だ。
最後には後ろにいるはずの祐午めがけてボールが飛ぶ。
「ナイスボール!」
危うく大怪我しそうな状況に青ざめた顔だったが、彼はこう叫んだ。
優しさなのか、他に言葉が浮かばなかったのか。本日最大のミステリーはこの一言に決定だ。
非力な文学少女はスコア表に「-」と「〇」ばかり並べてしまい、親友からこんな言葉が贈られる。
「最終得点がゼロって、初めて見たわ」
最早感心する以外ない。
全員が頭上に表示されたスコアを見て、珍しいもの見たな、と思ったところで、第二ゲームがスタートした。