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69 あの子はローリングサンダー 2

「え、ボウリング? ゴーさんのおごりで?」


 愉快な催しのご提案に、主役の少年は嬉しそうにぴょいーんと飛び上がっている。


「やった! 久しぶりだ!」

「優勝した者には、藤田君の抱擁が与えられるというのはどうだ!」


 こんな変態の提案に、良彦は余裕の笑みを浮かべて鼻を鳴らした。


「大丈夫! 俺が優勝しちゃうもんね! 自分で自分を褒めたいと思います!」

 

 よっぽど嬉しいんだな、と華恋が浮かれぶりを見ている間に副部長の参加も決まる。

 あの巨体なら、ボールを転がさずに空中でストライクを取るとか、そういう必殺技を繰り出せるのではないだろうかなんておバカな想像が頭の中をすっ飛んでいく。


「ミメイも得意なのか、ボウリングは」

「いや、一回しかやったことない」

「そうかそうか。その四角い顔じゃまっすぐ転がらないだろうしな!」


 失礼な発言に顔をしかめて睨んでやるが、効果はゼロで少年のハイテンションはおさまらない。


「ユーゴはどう? 得意?」

「どうかなあ。普通だと思うよ、何回かやったけど、普通だねって言われたから」

「レオさんは?」

「わからない。普通だと思う」

「じゃー、俺がぶっちぎりで優勝! 決定!」


 少年は楽しげに飛び回り、その様子を主に副顧問の先生が優しい眼差しで見守っている。

 見守るというか、見つめて危険な妄想に浸っているに違いない。


「今日から特訓して俺が絶対優勝してやる」


 大人げない呟きに、情熱を感じる……というのはいい風に考えすぎか。


 

 せっかくクリスマスに集まって騒ぐわけだから、みんなでプレゼント交換でもしましょうよ、とよう子から提案があり、クリスマスを間近に控えた祝日に華恋は買い物に出ていた。

 一緒に行くと中身がバレるからと、良彦もどこかへショッピングに繰り出している。


 華恋はひとり、ブラブラと駅の近くまで歩いた。

 最寄り駅の近くの商店街には何度か来ているが、それほど垢抜けた雰囲気ではない。

 ひたすら寂れているわけでもないが、若者がこぞってやってくるような場所でもなかった。


 惣菜店や八百屋の前を通り過ぎて、しばらく進む。

 あっという間に商店街の果てにたどり着いてしまって、こりゃダメかなと諦めかけたところで、奥に入る道があるのに気がついた。

 その先には可愛らしいピンク色のライトをつけたツリーが飾られていて、それに妙に心を惹かれて足を向ける。


 どうやら、雑貨店のようだった。

 古びたレンガがレトロオシャレで、まるで魔法使いの家のような木の扉を開けて中に入ると、すぐ隣が焼き鳥屋とは思えない程ファンタジーな品揃えが華恋を出迎えてくれた。


「いらっしゃい」


 奥から声がする。店主らしき人物は年老いていて、男性か女性か見分けがつかない。

 華恋はペコリとお辞儀をして、それほど広くない店内を見て回る。


 鏡やブラシ、ペンやノートなど、見慣れないデザインの日用雑貨がところ狭しと並べられていた。

 どれもこれも鮮やかな色彩に、繊細なデザインのものばかりで、店主のお眼鏡にかなったものが厳選されて並べられているのだとすぐにわかる。


 普段なんでも一〇〇円均一でいいじゃん、と適当にアイテムを揃えているのが恥ずかしくなるようなラインナップだった。


 あれこれ見て回って、とある棚の前で華恋は立ち止まっている。

 厚い表紙の立派なノートが置かれている。

 何色も揃えて並べてあるが、特に深い青い色合いに心がときめいている。


 それを手にとって裏返すと、まさかの一冊七〇〇円。

 ノート一冊に七〇〇円、という衝撃が心に広がっていく。


 しかし、深い青色には抗いがたい魅力があった。

 不思議と桐絵の顔が目に浮かぶ。


 これを、部長に使ってほしい。


 プレゼント交換なので、誰に当たるかはわからない。

 号田と祐午に渡るのは違う気がする。

 けれど体が勝手に動いて、華恋はノートを手に取るとじいさんだかばあさんだかわからない人物の待つレジへと向かった。


「プレゼント用にしたいんですけど」


 笑顔でそうリクエストすると、店主は和やかな笑顔で「無理」と答えた。

 どうやらこのお店に、ラッピングのサービスはなかったようだ。


 しかたなく帰り道でおなじみの一〇〇円均一の店に寄り、ラッピング用のリボンと袋を買って。

 華恋は部屋に帰ると、美しいノートを丁寧に包んだ。



 二十五日はクリスマスであると同時に、二学期の終わりであり、藤田良彦の誕生日でもある。

 いつものように朝からやってきて、少年は美女井家一同から祝福の言葉を贈られた。


「や、なんか照れるな」

「今日が誕生日ってすごく藤田らしいよね」

 華恋のセリフに、可愛い十三歳はニカっと笑う。

「神々しいってことかな?」

「おめでたいってことだよ」


 そんな会話を交わしながら朝食をみんなで食べて、この日のスケジュールを確認していく。


「みんなでボウリングしに行くんでしょう? 帰ったら、クリスマスパーティしましょうね」


 母が優しく微笑み、子供たちもわーいと笑顔を浮かべる。


 しかし、笑顔の下には毎年思っているであろう小さな不満が隠れていた。


「ホント、この誕生日設定は損だよなあ。どこいったってクリスマスの方が扱いがデカイ。ケーキだって誕生日用だって念を押して予約しないと手に入らないんだぜ?」


 今年最後の登校中に、良彦はこんな愚痴をもらした。それに華恋はふふんと笑う。


「ミメイには、俺のこの深い悩みはわからないかな?」

「元日より良いじゃん。正月だとそもそもお店が開いてないとこばっかりで、ケーキどころじゃないよ」

「そうか?」

「大体、おせちとケーキじゃ合わないもんね」

「元日生まれ、誰かいるの?」

「お父さん」

「マジか。そっか、確かに、正月よりはいいのか」


 美女井家の父である修の誕生日は一月一日で、子供の頃はイヤだったなー、というのが正月の集まりで酒が入ってちょっとしてから出てくる話題の定番だった。

 今では「みんな呼んでもないのにちゃんと集まってくれて堂々と酒盛りができる日」まで昇華されていて、ケーキなしでも大丈夫な四十四歳に成長している。


「それに今日はボウリング大会だしな。しかもおごりだし!」

「藤田がその気になれば、いいもの買ってもらえるんじゃないの?」

「確かに。でも、そんなことして見返りを期待されちゃうと困るからな」


 号田の誕生日だったとしても、良彦のおねだり攻撃は通りそうだと華恋は考える。

 あほな想像を巡らせながら隣を歩くちびっこに目をやり、ふと違和感を覚えた。


「ん? なんだ、ミメイ」

「いや……。なんでもないよ」


 違和感の正体がなんなのかはわからなかった。

 喉もすっかり治って、楽しい成分内蔵の良彦ボイスは復活している。

 二人は寒い道を早足で通り抜けて、揃って教室に入った。


 終業式で校長の挨拶を聞き、大掃除をして、休み期間中の諸注意を聞いたらお昼になる前にもう学校は終了だ。

 演劇部と副顧問の愉快な仲間たちは、一旦家に帰って着替えてから再び中学校近くのバス停付近で集合することになっている。

 ウキウキと浮かれる良彦と美女井家前で別れ、華恋は部屋に戻った。

 動きやすい地味目なファッションに着替えて、しばらくするとこの日二度目の良彦の登場だ。


「なに、その格好」

「ボウリング行くんだから当然だろ?」


 黒い長袖Tシャツの上に、ピンがデザインされた赤に限りなく近いピンク色のボウリングシャツを着て、下は動きやすそうな黒いパンツ。

 ついでにもう指のないグローブまではめちゃっている良彦のはりきりぶりに、華恋は少しだけ引いている。


「やる気ありすぎ」

「やる気があったらダメなのか?」

 ダメじゃないけどさ、と呟く少女の横で、母はよく似合うわーと手を叩いている。

「よしくん、それどうしたの?」

「新しく買ったんだよ。去年のやつはなんか丈が短くって」

 

 そのセリフで、朝の違和感の正体に気がついた。


 こいつ、背が伸びてる!


 浮かれてはしゃぐ隣にそっと近づいてみると、以前「愚民どもめ!」と見下ろした時よりも肩の位置が明らかに高い。

 こりゃ確実に第二次性徴来てるなと、華恋はこっそり、号田を哀れに思った。

 

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