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68 あの子はローリングサンダー 1

「華恋ちゃん、ちょっといいかしら?」


 夕食が終わって近所の姉弟が帰ると、母がにこにこと笑顔を浮かべて娘のすぐ隣に座った。

「なに?」

「二十五日に、よっしー君と一緒にお出かけしてほしいの」

「はい?」


 クリスマスを四日後に控えて、町はすっかり浮かれきっている。

 ピンクや青、白などの自然ではない色のツリーがそこら中に飾られて、イルミネーションパワーで十二月をこれでもかとアピールしまくっていた。


「お誕生日でしょ、よっしー君の。パーティの準備をしておくから、三時間くらい連れ出して欲しいの」

「なるほどね」

「優季ちゃんとママでケーキを作って、で、正子ちゃんとじゃよっしー君も大変でしょう? やっぱり、華恋ちゃんとお出かけするのがいいと思うのよね」

 母の言葉に、正子が光の速さで反応する。

「え、なにが? マーサとじゃなにが大変なの?」

「わがままお嬢ちゃんのお守りなんて、大変に決まってるでしょ」


 妹を雑にあしらいつつ、華恋は考えた。

 なんと言って出かけたらいいのだろう。

 ダイアン・ジョーのイベントがあればすぐに連れ出せるだろうけれど、カリスマが同じ地域にしょっちゅう出没するはずもない。


 どこかいい外出先がないか、華恋はネットで調べてみようと自室へ戻った。

 まずはこの辺では一番ちょうどいいお出かけ先であるベリー・ペリー・モールのイベント情報をチェックしていく。


 モールには巨大なツリーが飾られ、イルミネーションで彩られてとても美しいらしい。

 しかし、そんなロマンチックなものを二人並んで「きれいだね」、なんてやりとりをするような間柄ではない。


 映画館が隣接しているのを思い出して、上映情報を覗いてみる。

 行って帰って三時間なら、映画は最もちょうどいいタイムスケジュールになり得るのではないのか。

 しかし、ラインナップはロマン溢れるラブストーリーに、人気のアニメの劇場版ばかり。

 まず華恋自身に興味がないし、良彦もどうかわからないと気が付き、映画は選択肢から外される。


 一緒にお買い物、はどうだろう。

 なにを買う? メイク道具? 普段から自分で買っていそうだし、男子中学生主導のメイク用品お買い上げツアーってどうなんだ。

 では、華恋のショッピングにお付き合い?

 例えば洋服を買うから付き合ってくれ……っていうのはどーなんだっ! と華恋は椅子に座ったまま悶えた。

 試着室のカーテンを開けて、「これどうかな、藤田」「あははは、にあわねー!」。


 頭を両手で抱えてため息をついたところで、十六四のブログを思い出す。

 話題のスイーツの店に行ってみる、という男女のお出かけに最もふさわしいであろうナイスアイディアーー!

 いや、却下だ。

 帰ったら手作りケーキでバースデーパーティーなのだから。

 一緒にゴーさんに髪切ってもらおうよコースも、先週行ったばかりで採用できない。


 散々考えて頭が爆発寸前の女子中学生は、今日はやめ、と決めて目を閉じた。

 明日よう子か優季に相談して、良彦がうまくひっかかりそうで、かつ自然に外へ連れ出す方法を検討すればいい。



 次の日、目が覚めた瞬間、華恋はすごくいいアイディアを思いついていた。

 母におつかいを頼まれれば良いのだ。

 たとえばでっかいチキンとか、かさばるものをどこかちょっと遠いけど有名な店で予約しておいて、それを受け取りに行くのを手伝ってはくれまいか。これでどうだ!


 パジャマの上に半纏を着込んで、一目散に階段を降りる。

 母はルンルンと台所で朝食やらお弁当やらを作っていて、娘に気が付いてにっこり笑った。


「お母さん!」

「おはよう華恋ちゃん!」

 勢いのいい娘に合わせて、母も大きな声で応じる。

「二十五日なんだけど」

 目覚めとともに降ってきたアイディアについて話すと、なるほど、と母も頷いて笑った。

「いいわね。クリスマスだし、一羽まるごとの立派なチキンがあるっていいかもしれないわ」


 これにてミッションは完了。華恋は安堵し、母は楽しげに卵焼きを詰め込んでいく。


「どこかいいお店があるかしら?」

「調べてみる!」


 はりきって部屋に戻り、ブラウザが立ち上がった瞬間、階下から声がかかった。


「華恋ちゃーん」

 仕方なく部屋を出て降りると、父が笑顔で立っている。

「パパがいいお店知ってるんですって」

「お客さんに、レストランやってる人がいてな」


 毎年クリスマスには、アメリカンスタイルのでっかいまるごとチキンを売出して大人気なんだってよ、という話が語られる。


「中学校の向こうの、水端駅の商店街にお店があって」

「すぐそこじゃん! 近いよ!」

 あっけにとられる両親に、なにが問題なのか問われ、答えにくい。

「とっても美味しいって評判なんですって。ママも食べてみたいわ」

 

 おつかい大作戦は不発に終わってしまった。

 

 仕方なく、華恋は部活が始まる前によう子を捕まえ、部室の外へこそこそと引っ張っていった。


「どうしたの、ビューティ」

「あの、藤田の好きそうなものって、わかりますか?」

 辺りの様子を伺いながらヒソヒソと話す後輩に、よう子は大きな目を更に開いて、そして笑った。

「まあ……」

 冬の廊下は寒い。ふふっと笑った赤い唇からは、白い息がふんわりと漏れ出ている。

「よっしーにプレゼントを贈りたいのね?」

「いやいや、違うんです。そうじゃなくて」


 仕方なく理由をぶちまけると、先輩女子は余裕たっぷりの笑みを浮かべて華恋の頬をツンツンつついた。


「可愛いわね、ビューティ、照れちゃって」

「そんなんじゃないですよ」

「ふふ、冗談よ。よっしーはね、ボウリングが大好きなの」

「ボウリング?」


 良彦にはスポーティなイメージがまったくなかったので、この情報はかなり意外に思えた。


「みんなで行きましょうよ。誕生日ボウリングパーティを、演劇部が開催するっていうのはどう?」

「それは……」

「それは?」

「助かります」


 華恋が四角い顔を緩ませると、よう子はころころと笑った。


「ゴーちゃんを誘えばみんなタダで遊べるわ。巻き込みましょう」

 キラリと輝く鋭い瞳はやたらと頼もしい。

「でも、二十五日ってみんなもう予定が入ってたりしないですかね?」

「どうかしら。でも、ゴーちゃんはよっしーが来るって言えばどんな予定も撤回するだろうし、ユーゴがOKなら桐絵もレオちゃんもまとめて釣れるわよ」

「よう子さんは?」

「私はサンダーとパーティがあるけど、夜からだから」


 少なくとも号田とよう子が参加してくれるならふたりっきりではなくなるし、三時間はもつだろう。


「ユーゴと桐絵はシナリオを漁っているだろうから、私が行って聞いてくるわ。ビューティはゴーちゃんを抑えてきてちょうだい」

「わかりました」


 二人で部室に戻ると、案の定桐絵と祐午は奥の段ボールの山の前に座り込んでいる。

 良彦は礼音の作業を見学していて、号田はそれを遠くからじっと眺めていた。


「ゴーさん」

「……なんだビューティ、ジャマしないでもらおうか」


 わざわざポケットからオペラグラスを取り出すド変態に、華恋は最高のクリスマスプレゼントになるであろう計画をしらせた。


「二十五日ってヒマ?」

「カットの予約か? 親父なら空いてるぞ」

「藤田とボウリングに行こうと思うんだけど、良かったら一緒にどうかな」


 スローモーションのようにゆっくりと、副顧問の顔が華恋の方を向く。

 たっぷり三〇秒ほど経ってから、とうとう口を開いた。


「ドッキリか?」

「違うよ」

 華恋の呆れた返事に、号田はなにを思っているのやら、眉間に思いっきり力を入れている。

「条件はなんだ?」

「ないよそんなの」


 いや、本当はある。よう子からのオーダーは、全額おごりだ。


「だってクリスマスだし、藤田君の誕生日だぞ? そんな日に一緒にボウリングだなんて……!」


 たかだかお昼のレクリエーションという健全極まるお誘いでも、号田には至福だったようだ。

 変態の感激は華恋の想像を遥かに超えて、手をわなわなと震わせている。


「あの小さな体でボウリングなんかしたら、ボールに体が持っていかれて、ああ、って! 転んじゃったりして! そんな可愛い藤田君を優しく助けてあげたりとか、そういうこともオッケーか? オッケーなのか!」

「知らないよ」


 そんなシチュエーションになる確率自体、猛烈に低いというのはおいといて。

 できなくはないかもしれない。副部長がいなければ、ギリギリで。


「わかった。ぜひ行かせてもらおう。もちろん代金は俺が持つ。そして終わった後は、カラオケに行って飲み会だな。了解した」


 アホじゃないの? と返事をして部室の奥を見ると、よう子が笑顔で小さなVサインを出していた。


 これで母からのお願いはクリア。

 華恋はスッキリした気分で部活動へ戻った。

 

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