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66 お疲れ、華恋 2

「ミメイ、おつかれー!」


 学校から帰ると、母が用意したプチパーティが待っていた。

 浮かれたムードのリビングに良彦がヤッホーと喜び、早速ジュース片手に笑顔でカサカサ声をあげている。


「ホント疲れたわ」

「でも、良かったぜ。みんな黙って見てたもんな」

「藤田も?」

「俺はミメイが女優ぶってるの見て笑いこらえるのに必死だった!」


 華恋が眉間に深い皺を寄せて冷たい視線を送ると、照明係だった少年はケラケラと楽しそうに笑っている。


「嘘だよ! すっげー頑張ったな。やっぱりお前はやれば出来る子だった!」


 その言葉になぜか優季と母が拍手をしてきて、本日の主演女優はまたものすごく照れた。



「藤田はどうだった、照明係は」

「うん。なかなか面白かったぜ。照明って大事だよな。陰影のつき方で印象ってかわるし、皺なんかも飛ばせる重要なごまかしアイテムだし。まあ、舞台用と撮影用じゃちょっと違うけど」


 うんうんと頷いたかと思いきや、良彦はぶんぶん手を振って華恋を見つめた。


「いやいや、照明の話なんかいいんだよ。それより主演女優の気分はどうだ?」

「どうもこうも……、正直、あんまり覚えてないわ」


 なんとかセリフをひねり出して、祐午についていったのはわかる。

 けれど、発声や動きがちゃんとしていたか、思い返すとなんだか真っ白でよくわからない、というのがこの日の感想のすべてだった。


「最初のセリフ忘れて焦っちゃって」

「そうなの?」

 テーブルの向こうで、優季が驚いた顔をしている。

「全然そんな感じしなかったよ」

「そうよ。自然に見えたけど」


 母と優季が笑顔を交わし、正子は置いてけぼりでつまんないんですけどオーラを放出している。


「祐午君がアドリブで解決してくれたんだ」

「へえ」


 やっぱり俳優志望の男は一味違っていた。

 ごく自然に、華恋が緊張でごわごわだと察知して見事に対応してくれた。


「祐午君、かっこよかったね。ステキな話だったし、ホントの恋人同士みたいだったよ」


 優季の感想に、立ち上がる女がいた。この日の主演女優の妹だ。


「マーサも祐午君と恋人同士を演じたいよ!」

 みんなでそれを、はいはい、と軽く流す。

「普段はほわーっとしてるのに、舞台では頼もしかった。さすがだね。やっぱり、真剣にやってる人は違うわ」


 華恋が正直な気持ちを吐き出すと、良彦が意地の悪そうな笑顔を浮かべて、四角い頬をポッキーでツンツンとつついた。


「なんだ? 惚れたのかー?」

「違うよ。ホントそういう話題好きだよね。あと、チョコがつくからやめろ」

「ユーゴはいい奴だし、嘘つけないタイプだから彼氏にするには良さそうだよな」


 なに言ってんの、と呆れた表情を浮かべる姉に、更に妹がぶっこみをかける。


「お姉ちゃんと祐午君じゃつりあわないよ! マーサの方が合うと思う!」

「うるせーなあ、もう」


 そんな図々しい出る杭には、藤田姉弟がハンマーを振り下ろす決まりになっているようだ。


「でもさ、案外美男美女のカップルっていないよね。カッコイイ人なのに彼女は意外と地味だったりとか、すっごい美人なのに彼氏が熊みたいとか、そういう組み合わせの方が多くない?」

「そうだよな。付き合う相手には自分にないものを求めるとか、そういうことかもね。マーサちゃんは、地味で堅実で大人しい男を見つけたほうがいいんじゃない?」


 美少女小学生はもちろん、えーっと抗議の声をあげている。

 しかし、火の玉ストレートが売りの藤田ブラザーズは気にしない。


「わかってないねー。男は見た目じゃなくて、中身だよ」

「そうだよ。すぐそこにいい見本がいるじゃない」


 優季の指す先には、母である美奈子が立っている。

 確かに美女井夫妻は、よく「不釣合い」とか、「美女と四角」など、アンバランスを指摘されることが多い。


「なあに?」

「夫婦の馴れ初めを聞かせてください!」


 良彦の突撃インタビューに、母はぽっと頬を染めている。


「ちょっとちょっと、いいよ、そんなの話さなくて」


 中学一年生という微妙なお年頃の女子は、両親の生々しい愛のメモリーなど聞きたくない。

 突き出されたマイク代わりのポッキーは真ん中でへし折られたというのに、うっとりとした様子で目を閉じ、語り始めてしまう。

「あれは私が短大に通ってた頃なんだけど」


 いいってば! と華恋が母の背中を押して台所に押し込み、修と美奈子、一〇歳差のふたりの愛の思い出が公開されることはなかった。



 楽しい夕食の時間が終わり、風呂に入って思いっきり息を吐いてリラックスすると、華恋はニヤリと笑った。


 やったなー、と。


 初めての舞台を、なんとか大失敗せずにこなすことができた。

 瞼の裏に、仲間の笑顔が浮かんでくる。

 部長も、祐午君も、よう子さんも、レオ先輩も、まりこ先生も。

 ゴーさんはちょっとつまらなさそうだったけど。


 まさか自分が、演劇部に入ってイケメンと恋愛物の二人芝居をするなんて。


「あははは」

 風呂場で笑うと、結構遠くまで響いてしまう。

「どうした華恋、なにかあったか?」

「なんでもない!」


 父の声に慌てて素に戻り、久々に号田指導の正しいシャンプーをじっくり実践し、髪を乾かすと部屋に戻った。

 笑顔でベッドに飛び込むと、あっという間に睡魔がやってきて、華恋はそのまま眠った。



「ぶえっくしょい!」


 うっかり布団もかけずに眠ったせいですっかり風邪の諸症状に見舞われて、華恋は一日ぐったりとベッドで過ごす羽目になってしまった。

 放課後エンターテイメントは週末に開催されるので、この日、学校はない。


「大丈夫? 華恋ちゃん」

「だるい」


 娘の地味な顔から出てきた簡素な返事に、母は心配そうな表情を浮かべている。


「頑張ったものね。疲れが出たんだわ」


 おでこに貼るひんやりくんとか、おかゆとか、イオンサプライ的なドリンクが次々と運ばれてくる。

 そしてお昼になる頃、優季がひょっこりと顔を出した。


「ゆうちゃん」

「華恋ちゃん大丈夫?」


 姉の方の藤田は、飲んでいる薬のせいで抵抗力が低下しているからと、予防のためのマスクをかけている。

 マスクのせいで大きな瞳がより強調されて、キラキラして可愛いなあと、華恋はぼんやり考える。


「大丈夫だよ」


 にっこり笑った顔は、本当に弟とそっくりだった。

 中身もそっくりで、揃って毒舌を繰り出す達人だが、それと同じストレートさでいい物はいいと真正面からほめてくれる。


「頑張ったかいがあったよね。昨日、本当にステキだったよ」

「……ありがとう」


 顔がカッカと熱いのは、体温が高いからなのか、照れたからなのか。

 恥ずかしさで仏頂面になった病人の姿に、優季は声をあげて笑った。


「昨日の舞台と別人過ぎる!」


 相変わらず失礼だなと思いつつ、やっぱり楽しい成分を含んだ笑い声の効果が出て、最後は華恋も一緒になって笑った。


「キレイだったよ、昨日。衣装も、あのステッキも、ふわふわの髪も、メイクも全部よく出来てたと思う。お話もロマンチックだったし、祐午君もかっこよかったし、華恋ちゃんも可愛かった」


 優しい微笑みに、照れる。照れたが、その嬉しい言葉を華恋は素直な気持ちで受け入れた。


「ありがとう」

「よしくん、心配してたよ。ミメイは大丈夫かなって」

「そっか」

「様子見に行くって言ったから、さすがに止めてかわりに私が来たの」


 中学一年生女子の部屋に突撃しようなんて、いい度胸だ。

 なんて考える前にやっぱり恥ずかしくて、良識派の姉がいてくれて本当に良かった。


 苦手なはずの階段をわざわざ登って声をかけにきてくれたんだなと考えて、華恋はもう一度、ありがとうと礼を伝えた。


「早く元気になってね。華恋ちゃんがいた方が楽しいもん」


 ゆっくり休んで、と微笑んで、優季は部屋を出て行った。


 自分がいると楽しい?


 初めて言われたその言葉に、しばらく少女はぽーっと、ただ壁にかかった時計を見つめた。

 そして急に気恥ずかしくなって、ふとんを顔のかなり上の方までかけて、夕方までしばらく眠った。

 

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