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64 本番直前の演劇部リポート 3

「華恋ちゃん、起きて」

 母にゆらゆらと揺さぶられて、重たいまぶたをなんとか持ち上げる。

「そろそろ用意しないと、四時間目に間に合わないわよ」


 こうなったらもう開き直って放課後から行ってもいいんじゃね? なんていう思いを抑えつつ、まだぼんやりした頭で立ちあがって華恋は着替えた。

 目をこすりながら階段を降り、ブランチを済ませ、一人で学校へ向かう。

 ちょうど三時間目が終わるチャイムが鳴る頃、学校へたどり着く。

 まずは担任の風巻教諭に声をかけて教室へ向かうと、良彦が笑顔で迎えてくれた。


「おーおー、来たな!」


 ガラガラだった声は治りかけて、少しハスキーくらいのレベルに戻っている。

 変声期じゃなかったのかとガッカリしつつも、この少年の基本はやっぱり笑顔だ。


「どうだ、ちょっとは回復したか?」

「うーん。まあ、そうだね。朝よりはだいぶいいよ」

「授業中もうとうとしておけよ。具合悪い子だって思ってくれてるから、先生だって当てないだろ」


 そんな配慮があるもんかね、と考えつつ、華恋は本当に四時間目をぼんやりうとうと過ごした。

 甘えたわけではなく、ダルいから。

 良彦の予言通り、教師から当てられることもなく終業のチャイムを迎え、母の特製弁当を持って部室へ走る。いや、走らされる。


「どうした、食わないのか?」

「いや、さっき食べてきたばっかりで」


 家を出る前にしっかり食べたというのに、弁当のサイズはいつもより大きい、運動会仕様の豪華さだった。

 さすがに箸が進まない華恋の横で、良彦はいつも通り八割ほど平らげたところで大きなげっぷをしている。


「レオさんどう? ちょっと食べてみる?」

「いいのか?」

「レオさんは食べたことないでしょ、ミメイのかーちゃんのご飯」


 よう子も笑顔で寄って来て、おかずをつまんで食べている。

 口の端に卵焼きのかけらをつけて機嫌のようだ。

 副部長もひとつフライを口に放り込んで、笑顔を浮かべた。


「藤田君、先生にもひとつくれないか?」

「ゴーさんにはちょっとあげたくないかな」

 非情な一言に、副顧問はズーンと落ち込んでいる。

「こっちでよかったらどうぞ」

 華恋が差し出すカラフルなおかずに目だけやって、手は出してこない。

「そりゃ藤田のエキスは入ってないけど、そこまであからさまに区別しちゃうのはどうかと思うよ」

「エキスって! やめてくれよ、ミメイ」


 この単語がよっぽどイヤだったのか、良彦は華恋の弁当箱からコロッケを一つ取ると、えいやっと号田の口に放り込んだ。

 大好きな少年に食べさせてもらって嬉しそうな顔を、生徒たちは冷たい目で黙って見つめた。



 楽しい食事が終わると部室の中は戦場と化した。

 衣装に着替え、顔を別人に作り変えなければならない。


 演劇部の出番は一番最後なので多少時間に余裕はあるが、やることも多い。

 良彦もいつになく忙しそうに手を動かしている。


「もっと、もーっとだ!」


 演劇の鬼は、久々の舞台を前にかなりはりきっているらしい。

 トレードマークの情熱の赤ジャージの腕をめくって、ツキカゲ棒をブンブン、用もないのに振り回している。


「藤田、思い切ってやれ。舞台で二人を輝かせるのはお前だからな!」

「はいっ」


 女子を可愛く見せるメイクとは程遠い舞台用の化粧に、果敢に挑む顔は真剣そのものだ。


「よっしー、くすぐったいよ」

「我慢だユーゴ。じっとしてて」


 祐午の顔にも、これでもかと線が入れられていく。

 普段の男前よりも、古さを感じる顔に仕上がっていく。


「ユーゴ、誰か見に来る?」

「クラスの女の子が来るって言ってたよ」


 その言葉にピクーンと部長が反応している。……ように、華恋は思った。

 この二人の恋が成就する確率は何パーセントくらいだろうか。

 そして、切なげに祐午を見つめる部長を、副部長がチラ見している。

 こちらの二人の恋が成就する確率も、まったく予想がつかなかった。


「いいなあ、ユーゴはモテるから」

「そんなことないよ。僕は気が利かないから、彼氏としては微妙なんだって」

 

 そんな辛辣なセリフを面と向かって言う失礼な女子がいたのだろうか。

 祐午は気落ちしたような表情をして、良彦はなるほど顔で頷いている。


「そうか。かっこいいイコールもてるってわけでもないんだな」


 二人のストレートすぎる会話に、なぜか辻出教諭がウケた。

 メイクの出来具合を監視しながら、苦しそうに震え、噴き出している。


「先生、どうしたんですか?」

「いいから続けるんだっ!」


 慌てて祐午が真顔に戻り、良彦も手を再び動かす。

 コントみたいな会話だったな、と思いながら華恋は台本に目を落としている。

 メイクの順番を待っている間は貴重な確認の時間だった。


 台本の表紙には「白の時間」と書かれている。

 わけあって別れてしまった二人が、クリスマスに再会してお互いの気持ちを確かめあうというロマンあふれるストーリーだ。


 二人が恋して、すれ違って、離れて、でも忘れられなくて、再会してと、全部やると二時間越えの長いシナリオの、再会部分だけを抽出した内容になっている。

 演劇初挑戦の華恋がやりやすいように、ヒロインのセリフや動きは少ない。

 「儚く、可憐で幻想的なキャラクター」という説明を受けて、華恋は心の中でよく父にやめなさいと注意される「げえっ」の表情を作っていた。

 自分とは正反対だと考えたし、自分で実写化するのは無理だとも思った。


 しかし練習が始まってみると、なぜだかやれそうな気になっていた。

 祐午が真剣に、笑いもせず、ひたむきに演技をしてくるから。


 彼はそもそも、誰かがブサイクだなんだなんて思っていないんだろうな、と華恋は考えていた。

 天然でぼんやりしたところもあるけれど、人を傷つける要素のないキャラクターっていいものだな、と思える。

 たまに考えなしにNGワードをぶちまけたりもするけれど、悪意は感じられない。

 こんな人間ばかりだったら、世界は平和に満たされるのだろうか。


 そんなことを考えている間に、華恋のメイクが始まった。

 同時に号田が後ろについて、髪のセットをスタートしている。


「昨日トリートメントしてもらって良かったな」

 目の前の良彦がにっこりと微笑む。

「具合はどうだ? 大丈夫か?」

「多分ね」


 小さなメイクアップアーティストは大きく頷くと、女優の顔の改造を始めた。

 色々と押し付けられたり描かれたり、頭の上を引っ張られたり巻かれたりしながら、考える。


 こいつも悪意はないんだよな。

 人によってはズバズバ言わない。ただ、自分には容赦ないというだけで。


「なあミメイ」

「ん?」

「今日、頑張れよ」


 突然出てきたごくノーマルな応援に、華恋はどう反応したものか悩んでしまう。


「こんな風にみんなでひとつのことやるのって、絶対楽しいと思うからさ」

 華恋はいつものようにニカっと笑う顔をしばし見つめて、こう答えた。

「そうだね。……やってみるよ」


 周囲をそっと見回していく。

 竹刀を構えた辻出教諭、台本を抱きしめている部長、隣で微笑むよう子、小道具の手入れをしている礼音、鏡の前で全身をチェックしている祐午、後ろで髪をセットしている号田。

 そして、目の前で力強く頷いている良彦。


 文化祭は楽しいだけだった。

 同じ部活動でも、今日はずいぶん違う。ひとつのものを、全員で作り上げる。


 胸を締め付けるような緊張も、心地よく感じられてくる。

 華恋が微笑むと、良彦は可愛い顔を思いっきり輝かせて笑った。


「ホント舞台用のメイクしたお前の顔、やべえよな!」


 ケラケラ笑い出すメイク担当の頭に、バシっとツキカゲ棒が打ち込まれる。


 せっかくのいい緊張感をブチ壊しやがって。


 そう考えながらも、華恋も思いっきり大きな声をあげて笑った。

 

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