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63 本番直前の演劇部リポート 2

 髪はみんな、サラサラのツルツル。

 それぞれ軽くカットをされて、三人はスッキリした気分でコートを着込んだ。


「親父、俺はこれから大切な生徒たちを送ってやらなきゃならない」

「はいよ」


 髪の毛を箒で掃きながら可愛い中学生たちに手を振る店主にペコリと頭を下げて、華恋たちはGOD・Aから出た。


「ゴーさんちのお店って、大丈夫なの?」

「なんでそんなことを聞く?」

「先生やってる間はお父さんだけで切り盛りしてるんだよね?」


 華恋の質問に、号田はハハハと大きな声で笑った。

 冬の夕暮れの空気に白いかたまりがボワンと浮かんで、上空へ消えていく。


「そうだな。ま、その分講師の給料が出てるし、隣のお袋の美容室はそれなりに繁盛してるから」


 それではGOD・Aに関する問題はまるで解決されていないんだなと納得して、華恋は一人頷いている。


「号田先生はお母さん似なんですか?」

「うーん。どうかな」

「お父さんとはちょっと、似てないですよね」


 祐午はどうやら、号田父の頭の様子が気になるようだ。

 顔はそれなりに親子を感じさせられる造りなのに、気がついていないらしい。


「さあ、もう帰らないとな。すっかり暗くなってしまった」


 行きにも乗った真っ赤な軽自動車まで移動すると、自然な流れで祐午が助手席のドアを開けた。


「こら武川! 助手席は藤田君に決まってるだろう!」

「すみません。家の車だと助手席なんでつい……」

「俺は別に後ろでもいいのに」

 良彦は腕組みをして、首を傾げるとこんなことを言い出した。

「ミメイが乗ったら?」

「藤田君!」


 この世の終わりのような哀しい顔で大声をあげられたからか、良彦は肩をすくめて「わかったよ」と返事をした。

 おかげでドライバーは最後までご機嫌で運転を続け、途中で祐午を降ろし、美女井家前で留まり手をブンブン振って、しばらくの間お気に入りの少年との別れを惜しんだ。


 ようやく副顧問が去って行って、家に入る前に良彦が呟く。


「ゴーさん、ヤバいよな」

「そんなの知ってたでしょ」

「まあな。でも、お父さんの前であんなこと言うなんてさ」


 確かに。思い出すと笑いがこみ上げてくる。

 当然ながら楽しいタイプのものではなく、苦いやつだ。


「ゆうちゃんはゴーさんのこと、知ってるの?」

「知ってるよ。お世話になってるお兄さん、程度に」

「そりゃそうか」


 男子小学生に女装させた挙句写真を撮りまくってはあはあしてたなんて恐ろしい話を、できるはずがない。

 他人なら「困った話」で済んだとしても、家族からしたらたまったもんじゃないだろう。


「ミメイ、姉ちゃんには言うなよ?」

「言うわけないし」

「そうだな。お前はその頑固そうな顔に似合った誠実な性格の持ち主だもんな」

「なにそれ」

「褒め言葉だけど?」


 良彦はニカっと笑うと、質実剛健! と大声で言いながら、我が家のような自然さで美女井家の玄関扉を開けて、ただいまーと声をあげた。

 華恋もそれに続いて、サラサラの髪を揺らしながら家に入った。




 初舞台を明日に控えて、華恋はやっぱりこの日も自室で小さくため息をついていた。

 最後の弱音を吐こうと、アンソニーの電源を入れる。


 昨日書いた日記には、ちゃんとコメントがつけられていた。

 やっぱり「十六四」からで、新着ポエムを確認していく。



  Beautyさん

  

  どんなことでも

  思い切ってやって突き抜けたら

  きっとすごく楽しくて素晴らしい思い出になる

  頑張って



 ポエムじゃねえー! なんて思いながら、華恋は赤面していた。

 素直で優しい励ましに、心が温まっている。

 弱音を書くのはやめて、感謝の言葉を打ち込んでいく。



  ありがとう。

  そういえば、前、先輩に言われたことがあった

  恐れないで飛び込め

  全然違うシチュエーションでいわれた言葉だけど

  きっと半端に恥ずかしがっていたら余計に見苦しいはず

  思い切って、突き抜けようと思います



 「普段の自分を恥じろ」というセリフについても、セットで思い出していた。

 よう子の言葉は気取っていて大袈裟だが、真剣だし、美学に基づいて発せられているんだろう。

 時には適当な感じもするけれど、いつもポジティブで良彦同様、背中を押す力であふれている。

 先輩の頼もしく、美しい笑顔を思い出してふっと微笑むと、華恋は返信するボタンをクリックした。


 そして十六四のブログに移動して、昨日の夜書けなかったコメントを書こうと手をキーボードの上に乗せた。

 華恋はしばらく考えてから、結局こんなメッセージを送った。



  本当に追いかけたい夢が相手なら

  きっとすごいパワーが出るはず

  私の友達はみんな夢を持っていて

  時々ビックリするくらいのスピードで走っていく


  たまには周りを見ないで、前ばっかり見て

  思いっきり走ってみたらいいのかも、しれない


  疲れたら、時々休んだらいいよね




 自分はそんなことをしたことがないのに、偉そうだろうか。

 そう思いつつも、送信ボタンを押す。

 少しでも励ましになったらいいし、このポジティブさには自分の心を奮い立たせる効果もあった。

 華恋はアンソニーの電源を切って、布団に入った。目を閉じて、リラックス。明日はとうとう、初舞台だ。



 ふう、と息をついてからずっと、眠れなかった。

 気がつけばチュンチュンとどこからともなく小鳥のさえずりが聞こえて、焦りが募る。


 とうとう一睡もできずに、華恋はフラフラした足取りでリビングに移動した。

 台所で朝食の準備をしている母は足音に気がついて振り返って、驚いた表情を浮かべた。


「華恋ちゃん、どうしたの? 随分早いのね」

「眠れなくって……」


 一応横になってはいたから、それなりに体は回復しているはずだ。

 そう考えてみても、やっぱりごまかしに過ぎず、頭はぼんやりして、体はなんともいえない気だるさで重くなっている。


「全然眠れなかったの?」

「うん」

 目の下を黒くして呆然とする娘に、さすがの母も焦ったようだ。

「今日、午前に授業があって、放課後に舞台よね?」

「そうだね」

「授業、休みなさい。舞台だけやりにいきましょ」

 母のとんでもない提案に、華恋は顔を思いっきりしかめている。

「そんなのアリ? アレだよ、本末転倒って感じがするよ」

「でも、そんなフラフラしてたら授業どころじゃないんじゃないかしら? それに、大事な初舞台だもの」

「部活だけ出るなんて……。顰蹙買うよ」

「いいじゃない、顰蹙くらい買っちゃえば。なんてことないわよ。ちょっと具合が悪かったけど、休んだらよくなりましたって言っちゃえばいいわよ」


 普段よりもだいぶ熱い母の言葉に、華恋はあっけに取られていた。

 愉快な演劇部の仲間と交流を重ねているから、肩入れしたくなっているのかもしれない。


 母の勧めはありがたかったが、マジメな女子中学生としてはわーいそうする! なんて簡単には乗れない提案だった。

 授業さぼって部活だけ。

 とてもいいとは思えない。

 けれど今のコンディションで授業に出たら、午後には体力が尽きそうな予感もある。

 もし舞台に立ってもヨレヨレふらふら、台詞も出ないなんてことになったら、仲間に対して申し訳ない。


 悩める華恋がソファでだらんとしていると、玄関から明るい声が響いた。


「おはよーございまーす!」


 良彦は今日もご機嫌な笑顔でやってきて、ひどい有様のクラスメイトを発見して驚いている。


「どーしたミメイ!」

「眠れなかったんですって」


 母のシンプルな説明に、ほえー、なんて高い声をあげている。


「お前……、案外繊細だったんだなあ……」

「うるせーよ」

 小さい声で文句を言うと、良彦は心配そうに華恋の顔を覗き込んで、首を傾げた。

「そんな返事できるなら大丈夫か?」


 午前の授業は休んだらどうかと、再び母に提案される。

 良彦はそれを聞いてまた首を傾げ、華恋はなんとか立ちあがって頑張るよ、なんて答えていく。

 そこに頼れる男、良彦がぱっと顔を輝かせて、絶妙なアイディアが提示してくれた。


「じゃあ、四時間目から来いよ。それなら角が立たなくていいだろ?」

「名案じゃない。それ、いいかもしれないわね」

 姑息な折衷案に、二人は決まり! と盛り上がっている。

「そうとなったら、早く寝た寝た!」

 良彦が華恋の手を取って立たせ、二階への階段へ背中を押していく。

「とにかくちょっとでもいいから寝ろ、ミメイ! 待ってるからな!」


 押された勢いで自分の部屋に帰ってきて、華恋はふっと笑った。


 そのままベッドに倒れるとあっという間に睡魔がやってきて、三時間目が始まる頃までぐっすり眠った。

 

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