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61 緊張の糸で紡ぐ日々 3

 眠たい目を擦りながら、華恋はアンソニーの電源を入れた。


 やろう。頑張ろう。真剣に取り組もう。

 そう思っている。迫り来る初舞台に向けて、心を奮い立たせている。


 しかし、なんだかんだ不安もあるというのが本音だった。

 弱音を吐けば、周囲からポジティブな励ましの言葉がたくさんかけられてしまう。

 そうではなくて、純粋にちょっとビビっていると素直に吐き出す場所が欲しくて、華恋はブログにログインしていた。


 すると、前に書いたポエミーな中学生の呟きにコメントがついていた。

 案の定「十六四」からで、今回ははこんな詩で返されている。


  踏み出す勇気のある者に

  運命は必ず微笑む

  自分だけが持つ宝石が

  必ず見つかる

  その日はきっと、すぐやってくる


 なんでこの人は、いつもポエムで返してくるんだろう。


 十六四の日記はごく普通の文章だし、コメントへの返信もそう。

 なのに華恋の日記へはポエム。どんなこだわりがあっての振る舞いなのか。

 しかし優しい励ましの言葉をくれたことに不満などなくて、感謝だけが残っている。

 いつも通りありがとうとお礼を書き込んで、華恋は続けて「ホントのところ」を画面上に思い切りぶちまけた。



  成り行きで入った部活。

  半分くらい騙されるような感じで入って

  とうとう人前に立って色々しないといけなくなってしまった。

  こんなの、自分が望んだことじゃない。

  だけど、みんなの期待は裏切れない。

  頑張りたい気持ちはあるし

  やれるとは思う。

  だけどやっぱり、怖い。

  うまくやれるかどうか心配で、ちょっと疲れた。



 どうせ大した人数が見るわけではないけれど、誰かが必ず見るであろうことに安心しながら、最後に「全体に公開」ボタンをクリックする。

 華恋はふう、と息を吐いて、次にポエム仲間のブログへと移動した。


 十六四のブログの最新の記事には流行っているらしい店の新作ケーキの写真がデカデカと掲載されている。

 冬らしい、甘そうなチョコレートのケーキはてっぺんに金色の何かがのせられていてとても華やかだ。


 こういう写真をいちいちアップしているのならば、十六四のなりたいものはパティシエとか、そういうものなんだろうか。

 そう考えながら、一つ前の記事も読んでみる。

 そちらにはいつものように将来についての悩みが綴られていた。



 二兎を追ってみると決めたけど、どう考えても父に反対される。

 認めてくれる日がくるのか考えると、心がしぼんでしまう。

 こんな調子でやっていけるのか、こんな半端な気持ちでやっていって両立できるのか、不安でいっぱいになるばかりで、自分の勇気のなさがひどく情けない。



 少し進んだものの、十六四にはまた別な悩みが生まれたようだ。

 これには単純に頑張れとか、夢があっていいね、なんて軽薄なコメントはつけられなくて、華恋は少し悩んだ。



 そういえば、良彦が言っていた。

 メイク道具を家に置いていけない。親父がうるさくて、と話していたはずだ。

 確かに十二歳の息子がメイク道具をわんさか持っていたら、父親は心配してしまうだろう。

 メイクアップアーティストになりたいと話して反対されているのか、それとも言ってないから純粋に不安がられているのかはわからないけれど、誰もがすぐに理解してくれるものではなさそうに思える。


 祐午は俳優を夢みているようだけれど、過去に色々あったようだ。

 芸能界を生き抜いていくのはきっと大変だろうと、華恋は思う。

 テレビの中に現れる人々は凄まじいサイクルで入れ替わっていて、いつまでもそれなりに役をもらって残っていけるのは多分一握りだけ。

 大して興味のない華恋ですらそう感じさせられる世界で、小さい息子と一緒に激しい波にもまれて、祐午の母はくたびれ果ててしまったのかもしれない。

 そんな母相手に、彼は俳優になりたいと言えるだろうか。


 二人は将来の夢をしっかり持っているけれど、家族とはどう向き合っているのか。

 さっきよりも少し重たくなったまぶたと戦いながら、華恋は思いを巡らせていく。

 しかし結局最後まで十六四に向けた言葉は思いつかなくて、アンソニーの電源を切るとこの日はさっさと睡魔に白旗をあげた。



「俺、日直だから先に部室行ってて」


 放課後、こんなセリフを受けて華恋は一人で廊下を進んでいた。

 放課後エンターテイメントまで、あと二日。

 台本はちゃんと覚えている。大体、祐午の計らいでセリフはかなり少ない。だから、大丈夫。


 そんな緊張を抱えて扉を開けると、この日も号田が一番乗りだったらしく既に部室にいた。

 華恋が扉を開けるとぱあっと顔を輝かせて「よう!」と手を挙げたが、その後に可愛い藤田君が続いてこないと気がついて、顔をしかめている。


「藤田は日直だから、後から来るよ」

「そうか」


 あからさまに残念な顔しやがって、と考えながら華恋はカバンを部屋の隅に置いた。

 そして十六四の悩みについて思い出し、変態副顧問にこう問いかける。


「ゴーさんは理容師の免許とらないの?」

「あ?」

「先生と理容師、どっちの方がやりたいのかなって」


 生徒からの質問に、号田先生はニヤリと笑った。

 かけている意味のない伊達めがねをチョイとあげ、うんうんと頷きながら言葉を探している。


「そうだな。こうやって講師の仕事をしていて思うんだが……」

「うん」

「授業をやっていると、髪を切りたくなる。イケてない髪型の生徒たちを全員まとめてなんとかしてやりたい」

「へえ」


 英語の授業をやりながら、そんなこと考えてんのかい、と突っ込むべきかどうか。


「その逆はない。髪を切っている時に、学校で授業をしたいとは思わない。だから俺はきっと、理容師になるべきなんだろう」

「そうなの?」

「この歳になってようやくわかった。いや、この歳にならないと多分わからないことだったんだろうな」


 くるりと回って華恋に背を向け、号田はうつむいている。

 その背中に珍しく哀愁のようなものを感じて、黙ったまま続きを待つ。


「俺は産休代理の雇われ講師だ。産休の先生が復帰したらここでの仕事は終わり。理容師の免許を取ろうかなと今、思ってるところだよ」

 ここまで言うと再びくるりと回って、号田はまたニヤリと笑った。

「俺が無免許で切っていたら、いつか親父に迷惑かけるかもしれないからな」

「やっぱそうなんだ」

「ああ。そうなるとここの生徒にも悪いだろう? 教えてくれた先生が無免許で捕まったなんて、恥ずかしすぎるからな」

 華恋がなにそれと笑うと、号田も笑った。

「今更じゃない?」

「おい、通報はしないでくれよ。本当に困るからな」


 白い歯がキラーンと光る男前の笑顔に、照れそうになりながら、華恋はふふんと鼻を鳴らした。


「そしたら、みんなあんなはずかしい合言葉言わなくて済むから助かるよね」

「はずかしい?」

「フェアリーテイルに憧れちゃうんでしょ」

「仕方ないだろう。経営に関わる秘密だったんだから。少し言いにくいキーワードでも設定しないことには」

「しかも前金五万円だもんね。そこまでして切ってもらおうって思ってもらえるなんて、すごいじゃん」

「ふふん。ビューティ、お前は永久に毎回五〇〇円のチビッコ料金で優待してやろう」


 ほめられて嬉しかったのか、号田はご機嫌な笑顔でこんなことを言い出した。

 いい話だな、と華恋は笑う。

 爆速カットの理髪店なんかよりも腕がいい上に、ぶっちぎりで安いなんて。


「合言葉はそうだな、ビューティ・ステーション・スクウェアでいいか?」

「合言葉制度は廃止すべきだと思うよ」


 こんなくだらない会話をしているところに、続々と部員がやってきた。

 よう子と桐絵、礼音、祐午、そして良彦。


「藤田くーん!」

「うわっ、ゴーさんなんだよいきなり!」

 いきなり抱きつこうとした副顧問は、本日もすぐさま大きな副部長に取り押さえられている。

「君との学園生活は期間限定なんだ! ちょっとでいいからぎゅっとさせてくれ!」

「こら! ゴーさん、待て!」

「ワン!」


 大型犬が床にすごい勢いで正座した瞬間、扉をババーンと開けて演劇の修羅が登場して、部員たちはマッハで定位置へと走りだした。


 今日は全員で体育館に移動して、本格的なリハーサルをする。

 疲れた体に鞭打って、華恋は仲間たちと一緒に廊下を歩いた。

 

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