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06 姉ちゃんを励まして 2

「おねーちゃん、今朝のアレ。なんだったの?」


 一家団欒の楽しい夕食、のはずが、次女のこの一言で姉妹の争いが始まってしまった。

「クラスのやつだって言ったでしょ」

「クラスの誰よ」

「藤田。近所に住んでるんだってさ」

 華恋の妹、正子(まさこ)の視線は厳しさを増していく。

 ジロジロと姉の地味な顔を見つめてから、ボソっと、ギリギリ聞こえる声でこう呟いた。

「おねーちゃんに男の友達とかって、おかしくない?」

「しっつれいなこと言うんじゃねえよ!」


 母の美奈子はオロオロしつつも、二人の顔をかわるがわる見ながら喧嘩を諌めた。


「だめよ、華恋ちゃん、そんな汚い言葉使ったら。お姉ちゃんでしょ? 妹の見本にならないと」

「正子がわけわかんないいちゃもんつけてくるからじゃない。そっちもちゃんと説教してよ」

「うーん。そうね、正子ちゃん。華恋ちゃんに男の子のお友達ができたって全然おかしくないわよ。だって、花の中学生なのよ? 素敵な彼氏ができて、パパにご挨拶に来たっていい年頃よ」

 どう決着をつける気なのかわからない母の言葉に、華恋はげえっと舌を出している。

「華恋、そんな顔するんじゃないよ」

 父親の(おさむ)がひどい顔に一言注文を出すと、娘はすっかりご機嫌斜めになって、小声でこう答えた。

「どうせそんな顔ですよ」

 

 おめえにソックリになったからこんな顔なんだろーーが! と思っていても、さすがに口に出すわけにはいかない。


「おねーちゃんに男の子の友達ができて、私にできないとか世の中おかしくない? どういう技を使ったの? どんな裏技なのかちゃんと白状しなよ」

「うるせーな正子はっ! そろそろ黙りな!!」


 また母から口調について注意され、父からは顔について注意され、華恋はムカムカしながら食事を終えた。

 争いなんてまっぴらなのに、去ろうとする姉に妹は懲りずにケチをつけてくる。

「あんな可愛い系男子ひっかけるなんてなんなの? おねーちゃん、なんなの?」


 待望の女の子が生まれて、そのあまりの可愛らしさに「華恋」というロマン溢れる名を贈った美女井修は、それがどうやら間違いだったと一年後に気付かされていた。

 小さないとおしい命は可愛らしく見えるのが当たり前で、成長後の美醜やキャラクターについてまったく考えていなかったことを思い知らされたのだ。


 妻に似た美しい少女になってほしかったのに、華恋は一歳になった頃には完全に父親そっくりの地味な顔立ちに仕上がっていた。

 当たり前だ、と修は思った。遺伝子は二人分あるのだから。自分のDNAだって平等に受け継がれていくに決まっているのだ。


 とにかく夫婦の愛の結晶、幸せの象徴である第一子への最初の贈り物は、華美すぎた。

 その反省を活かして、その一年後に生まれた第二子には「正子」と名をつけたのだが、こちらは美しい妻とほとんど同じ顔で、ベビー時代から今まで、ブレることなく美少女街道を驀進中だ。


 名前だけならおばあちゃんかと思われてしまう小学五年生の美少女は、姉の名前がうらやましくて仕方がない。華麗な恋にときめく権利は、姉よりも私の方にあるはずなのに、と日々思っている。


「ホントに名前交換して欲しい。名前を言うといっつも笑われるんだもん」

 こっちは嘲笑だぞ? 

 なんて考えながら、華恋は妹からつけられた因縁にしばらく耐えていた。

「で、おねーちゃん、どうやって男を引っ掛けるわけ?」

「ホントうるさい。さっさと自分の部屋に帰りな」

「どうやったのか教えてよ!!」

 華恋はこれでもかというほど長く、大きなため息をついて、妹をジロリと睨む。

「わかった。教える」


 正子は自分がとてつもなく可愛らしいことを承知していて、小学生なのに既に傲慢なキャラクターになってしまっている。

 どこで学習してきたのかはしらないが、デートに行けば勘定は全部男が出さなきゃいけないと思っていたり、とにかく自分はちやほやされて当たり前だと勘違いしていて、当然ながら、周囲の普通の小学生がついていけるわけがない。


「お前はもっと謙虚になれ!」

「ケンキョ?」

「特別扱いされて当たり前なんて思わなけりゃ、モテんじゃないの?」

「えー? マーサはこんなに可愛いんだから、みんな特別扱いするのが当たり前じゃない?」


 華恋同様自分の名前を気に入らない正子が考え出した自分の真の名は、「マーサ」だ。


「どうせクラスで、『マーサ可愛いからみんな困っちゃうよね。でも大丈夫! マーサはみんなのものだょっ!』とかなんとか言ってんだろ! そんなキャラ、クラス全員ドン引きなんだよ」

「そんなこと言ってないもん!」

「じゃあ自己紹介でなんて言った?」


 正子はしぶしぶ、でもちょっとだけ小学生らしい素直さで、転校初日の自己紹介を姉の前で再現した。


「美女井正子です! ちょっと地味な名前で、私、あんまり気に入ってないんです。だから、あだなで。マーサって呼んでください。みんな、こんなに可愛い女の子が転校してきたらドキドキして大変だと思うけど大丈夫。私は誰のものでもない、みんなのアイドルだから! デートの申し込みは、一日につき一人まで! 女の子のみんなは、彼氏を取られたくない場合ちゃんと教えておいてくださいね。だって、恋の天使がイタズラしたらいけないから。修羅場はナシで、仲良くしてね! よろしくお願いしまーす!」


 毎朝クルクル巻いてツインテールにしている髪を揺らして、最後に「ルン♪」と言う妹にあっけに取られてしまう。

 想像がある程度正解していたのも、華恋にとって大きな驚きだった。


「そりゃないわ」

「えっ? パーフェクトだよ」

「頭、わいてんじゃないの?」

「わくって、なにが?」


 虫だよ! と言ったら泣いて両親に告げ口するかもしれないので、華恋はこの言葉を胸にしまった。


「……おねーちゃんはなんて挨拶したの?」

「ミメイです。よろしくお願いします」

 正子はじっと、姉を見つめる。

「それから?」

「もうないよ」

「えー?」


 その後も、つまんないとか個性がないとか。文句を垂れ流す妹を部屋からようやく追い出して、華恋はまた大きくため息をついている。


 確かに正子はかわいらしい。けれど小学生の今から、男がどうとかモテたいとか、おかしなロリコン中年の魔の手にかかってしまったら取り返しのつかないことになる。

 調子のいいことばかり言う度に釘を刺すようにしてきたが、いつも「私が可愛いからって僻んでる」と言ってまったく取り合わないし、真剣に考えてもらえない。


 あれだけ正面切ってナイフのような言葉を投げつけられているのに、まだ妹の身を案じている自分はすごくいい姉なんじゃないかなと思いながら、華恋はアンソニーの電源を入れた。


 いつもの愚痴という名のポエムを書き込もうかと思ったが、ふっと思い出して良彦のブログを探した。

 確か、よっしー♪のメイクテクニック、とか言う腹立たしいタイトルだったはずで。


 無事に目的のページに辿りつき、良彦の艶姿を眺める。

 掲載されている写真は、やはりどれもこれも最上級に可愛らしい。


 開設は二年ちょっと前で、つまり小学五年生の頃からだ。

 よく見ると初期の写真はもう少し子供っぽく、メイクも半端なように見える。

 でも、腕をあげていったのか、三ヶ月後辺りからは最新のものと変わりないくらいの完成度になっていた。

 時には切なげに、時には小悪魔のように微笑む写真に、こいつこの時どんな気分で撮られてたんだろうと、華恋は妙に恥ずかしい気分になってしまう。

 

 ぼんやりと、隣の席の無礼な男子中学生の顔を思い浮かべた。

 確かに可愛らしい顔をしていて、なにもしていなくても自分よりは絶対キレイだ。

 でもやっぱり、写真の中の森の妖精と彼は、別人に見える。


 顔に色を塗ったり叩いたり書いたりしてるだけのものだと思っていた化粧だが、もしかしたらすごく奥が深くて、悩める自分の救世主になるんじゃないかなと少女は考え、この日はブログにポエムは書かないまま、眠った。

 

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