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59 緊張の糸で紡ぐ日々 1

 試験が始まって、華恋は驚いていた。


 ――藤田の奴、ゴーさんをたぶらかして試験問題を手に入れているのかも。


 そんな妄想をしてしまいそうな程、良彦の大胆予想が的中している。


「なんであんなにヤマが当たるわけ?」

 数学の試験が終わった後の休み時間に、思わずこう呟いた。

「ん?」

「いくらなんでも、的中しすぎじゃないの?」

「そりゃお前、先生が出したい問題なんか簡単に想像つくだろ? 授業聞いてりゃ、先生たちの思い入れの強い箇所とか、出したそうな部分とか、丸分かりじゃないか」


 ご機嫌な笑顔から飛び出す答えに、へえ、としか答えられなかった。

 なるほど、良彦がやっているのは試験ではなく、先生たちの攻略のようだ。


「そういうことね」

「そういうことだぜ」

 まだ声がガラガラしたままだが、いつも通りの笑顔が輝いている。

 変態講師に擦り寄ったりする必要はないようで、そりゃそうだな、と華恋は自分のアホらしい妄想を反省した。



 試験が全科目終了して、すぐに解答用紙が返却される日がやってくる。

 一教科目の答案が戻ってきて、華恋はほっと息をついた。


「やった」

「どーしたミメイ?」

「……いい感じ」


 そっと囁き返して、ニヤリと笑う。

 今までにない良い点数に、藤田式ヤマ勘試験対策が成功していたことを確信するしかない。

 これまでにこんないい点ばっかり取ってきたのだろうかと考えると、良彦は恐るべき男だと思えた。


 そんな試験対策の恩恵に預かったもう一人の少年も、ホームルームが終わるなり走ってきて勢いよくD組のドアを開けた。

 ちょうど出ようとしていた風巻教諭に激突しても構わず、笑顔のまんまで叫んでいる。


「よっしーーー!」

 よく通る声だということをみんなに知らせながら、演劇部のエースは良彦に思いっきり飛びついた。

「ありがとう……、ありがとうよっしー! 大好きだよ!」

 顔と顔をくっつけてぎゅうぎゅうする二人に、周囲はざわめいている。

「ちょっとユーゴ、やめろって」

「やめない!」


 よっぽど嬉しかったのか、ボーイズラブとあだ名をつけられても仕方ないレベルの祐午の熱い抱擁はしばらく続いた。


「ちょっと喜びすぎだと思う」

 しばらく押し付けられたせいか、良彦の頬は真っ赤になっている。

「ごめん。ちょっと大袈裟だったかなあ」

「ちょっとじゃないよ。恥ずかしいわー。みんなちょっと引いたんじゃないのかな? どっか行っちゃったし」

 見てはならぬ物を見てしまった、とばかりにD組の生徒はみんな教室から去っていってしまった。

 残っているのは、演劇部所属の三人だけになっている。

「こんな点数取ったの初めてだったから。嬉しくって」

 祐午はニコニコと、握り締めてやってきた答案を師匠に披露し始めた。

「うーむ。そうかそうか」


 並んでいるのはごく普通の平均点で、良彦の表情は渋い。

 余計な一言が飛び出さないか華恋は少し不安な心持で見守っている。

 しかし心をえぐるようなソリッドな言葉は結局出てこなくて、師匠は笑顔を浮かべると弟子の背中をポンと叩いた。


「ユーゴ、まだ明日の分が残ってる。全部オッケーだったらどこかで祝杯あげようぜ!」

「未成年なのに?」

「コーラでもウーロン茶でも乾杯はできるだろ? 部長にも、どうだったか聞かないとな」

「そうだね。でも部長は僕と違ってできないのは数学と理科だけだから大丈夫だよ」


 そうだといい、と華恋は思う。

 他のメンバーも集合していたとはいえ、かっこよくて気のいい大好きな後輩男子と一緒で桐絵は集中できただろうか。


「とにかく、明日だ。手ごたえはどうだった?」

「うん。わからない」

 祐午の真剣な顔から出てきたしょうもない返事に、ズッこけそうになってしまう。

 当の本人はいつも通りマイペースを保って、試験の結果よりも大好きな友人の体調を気にしている。

「よっしー、まだ喉は治らないの?」

「だいぶ良くなったけど、まだかな。のど飴なめすぎて、ベロが痛いよ」


 すべての結果は明日ということで、イケメンもキリリとした表情になって帰っていった。


「良かったね、祐午君」

「わかんないぜー? まだ全部じゃないんだから。残り全滅とか、ユーゴならあり得るね」


 隠していた本性がポロンとむき出しになって、華恋は内心で唸った。

 自分には容赦ないが、相手によっては隠したり出したりしているらしい。

 考えてみれば、華恋以外への対応にはそれなりに配慮がセットになっている気がする。

 おかしいなと思いつつ、少女は呟いた。


「ひどくない?」

「常に最悪を想定して動かないと。あんまり楽観的にいって失敗するとダメージがデカいから」


 これも藤田式世渡り術なのだろうか。

 確かに、備えあれば憂いなし。華恋はふんふんと頷いて、隣の席の少年とともに帰宅の準備を進めた。



 次の日、残りの解答用紙がすべて返ってきて、華恋は自分がデキる子になったような錯覚に陥りかけていた。

 藤田良彦おそるべし。

 隣でフンフンと澄まし顔で教師の声を聞いているチビっこのおかげで、もしかしたら二学期の成績表がいい感じになるのではないかと考えてしまう。


 もう一人も、超ウッカリの発動はなかったようで、放課後になって再び全開の笑顔でやってきた。


「よっしーーー!」

 本日も風巻教諭にぶち当たって、ニコニコでごめんなさいと言うと窓際の席めがけて突撃してくる。

「やった、やったよ、よっしー!」

 今日は熱烈なアタックをひらりと避けて、良彦は祐午の両手を掴んで封印した。

「良かったな、ユーゴ」

「初めて赤点なかったよ、よっしーのおかげで……」

 イケメンの笑顔が崩れ、今度はおいおいと泣き出している。

「初めてかよ」

 呆れた声のつっこみに、祐午はうんうんと頷いている。


 色々言いたいことがあったようだが、それらのほとんどを飲み込んで、良彦はニカっと笑うと祐午の肩を優しく叩いた。


「よし、祝杯あげようぜ! 部長の様子聞きに行って、オッケーなら一緒に行こう」

「うん、うん」

「いいことがあったんだから笑おうぜ!」

「うん。そうだね、よっしー、ありがとう」


 二人の身長差は二〇センチほどだろうか。

 可愛い小型犬に励まされ、祐午も笑顔を浮かべて一緒に歩き出した。

 愛犬が起こした奇跡の物語とか、そんな雰囲気の光景だ。


「ビューティも一緒に行こう! ああ、本当によかった。ビューティのお母さんにもお礼言わないとね」

「ああ、うん」


 今回お礼を言うべきは完全に良彦だと思いながら、華恋も続いた。

 母は今回の結果に喜ぶに違いない。よっしー君のおかげねなんて騒いで、特別なデザートを作ろうと張り切るかもしれない。

 祐午の母と、どっちがより喜ぶだろう?


 三人でニ年A組の教室をのぞくと、礼音がドーンと一番前の席に座っていた。

 良彦は、祐午同様なんの躊躇もなく上級生のクラスに入り込んで、先輩に質問をぶつけていく。


「レオさん、よう子さんは?」

「多分部長のところだ」

「部長って何組だったっけ?」

「隣だ。B組だよ」

「ありがとー」


 ガラガラ声でお礼を言って、隣の教室へ走り出す。

 祐午と華恋も一緒にその後を追うと、開いたドアの奥にぐったりうなだれた部長と呆れ顔のよう子が目に入った。


「回れ、右!」

 良彦の号令で振り返り、三人は慌てて階段を降りて、一年D組へと戻った。


「あれはダメだったんだな」

「仕方ないよ。だって」


 勉強に身が入らなかった理由が口から零れ落ちそうになって黙る華恋に、小型犬がすぐに事件のにおいをかぎつける。


「なんだ。だって?」

「いや、やっぱ、苦手なものは苦手なのかなって」

「隠し事すんなよ、ミメイ」


 良彦に隠し通すのは難しそうな気がして、華恋は祐午に帰り支度をしたらどうか提案していく。

 素直なイケメンはあっさり自分のクラスへ去っていったので、華恋はやれやれ気分で、隣で目を輝かせている良彦にこう話した。


「部長は祐午君が気になってるんだよ」

「なにっ」

「だから多分、集中できなかったんだと思う」


 師匠はキャッチーな恋の話題に弱かったらしく、ぴょんぴょん跳ね回って浮かれている。

 そんな良彦を捕まえて、祐午には言うなよ、と華恋は何本か大きめの釘を刺しておいた。

 

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