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57 嵐の前の一致団結 2

 ひんやりと冷たくなってきた空気に、そろそろコートが必要だなと思いながら道を歩く。

 学校から美女井家までは、徒歩で五分もかからないので、華恋はあっという間に家へとたどり着いていた。


「ただいまー」

「おかえりなさい、華恋ちゃん。今日はどうだった? 学校は楽しかったかしら?」

「別に。普通だよ」


 カバンをポイとソファに置いて、まずは手洗いとうがい。

 洗面所へ行って戻ってきた娘に、美奈子はニコニコ顔で余計な一言を繰り出してくる。


「よっしー君がいなくて、つまらなかったんじゃない?」

「なに言ってんの……。おかげさまで平和そのものだよ」


 この反応に不満げな表情を浮かべた母を置き去りにして、華恋は着替えに部屋へと戻った。

 再びリビングに戻ると、なにやら大きな風呂敷包みが置かれている。


「これは?」

「おやつと、夜ご飯よ。よっしー君の家に、持って行ってあげてくれない?」

「私が?」

「うん」


 当然だろう、という母の視線に、華恋は仕方なくわかったと答えた。

 すぐそこなんだから、時間だってそうかからない。優季の状態だって気になっている。


「ゆうちゃん、大丈夫なの?」

「一回電話したら、平気ですって言ってたの。頑張ってるみたいだから行ってないんだけど、やっぱり気になるでしょ。でもママよりも華恋ちゃんが行った方が、気も楽かなって」

「そうだね」

 大きな風呂敷包みを持ってみると、結構な重さだった。

「ずいぶん重いけど」

「たくさん食べなきゃ元気でないでしょ?」


 すっかり可愛いわが子と化しつつある近所のけなげな姉弟に、できる限りのことをしてあげたい。

 そんな母の愛情を感じる重さだった。


 ズッシリ重たい包みを携えて、華恋は藤田家へと向かった。

 道路を挟んで向かい。徒歩二分もかからない、ご近所さん宅へ。


 古めかしいプレートの横のインターホンを押して、たっぷり二分ほど待つとようやくドアが開いた。

「はーい」

 優季は来客が誰かに気がついて、可愛らしい顔をニッコリ微笑ませている。

「華恋ちゃん」

「お母さんからこれ、食料だよ」

「わあ、嬉しいなあ。入って」


 優季の後を、ゆっくりと続く。

 三回目の藤田家のリビングへ移動して、華恋は重たい荷物を食卓の上に置いた。


「藤田は?」

「私も藤田だけど」


 姉の方の藤田はニッコリ笑って、弟の方の藤田は元気だよと答えた。

 それに応じるかのように、横にあるドアがバーンと開く。


「お、ミメイ! どーしたどーした。ご飯か?」


 おでこに「ひんやりクン」をペタリと貼った赤い顔が現れた。

 いつも通りのニコニコラブリーフェイスだが、声が枯れている。


「良かったー。ちょうどおなかペコペコだったんだよ」

「元気そうじゃん」

「元気だぜ? ちょっと熱があって、声がガラガラなだけ」

「昨日しゃべりすぎたからだよね、それ」


 しゃがれた声で話しながら、良彦は早速風呂敷をあけている。

 中からはおかずの詰まった重箱と、デザートのお手製アップルパイなどがドドーンと出てきた。


「ああ、うまそー。だけど、量がやっぱり多いなあ」

「ホントだね」


 これを二人で消費しろというのは少し、いやかなり無理がある、というか無理な量だ。

 可愛い姉弟は顔を見合わせると、同時に華恋の方を振り返った。


「一緒に食べていってよ、華恋ちゃん」

「三人で食おうぜ、ミメイ!」


 家に電話をしてご飯を食べて帰ると告げると、母はご機嫌でわかった、と答えた。

 もしかしたら一緒に食べて来い、というメッセージを含んでの量だったのかもしれない。

 お熱の良彦と優季のかわりにお茶や取り皿を用意して、三人の子供たちで食卓を囲んだ。


「やっぱりうまいなー、ミメイのかーちゃんのご飯はさ!」

「よしくんずっと寝てたから、おなか空いてたんでしょ」

 優季はニコニコと弟を見つめている。

「ゆうちゃんは? 何か、困ったりとかしなかった?」

「うん。誰も来なかったし、よしくんも寝たら元気になったみたいだから」

「そっか。明日はいけるかな?」

「あったり前だろ。若者の回復力甘く見るなよ?」


 次から次へとおかずを口に運び入れている姿には確かに説得力がある。

 これなら明日、祐午も安心できるかもしれない。


「祐午君が試験勉強、教えて欲しいって言ってたよ」

「ユーゴが?」

「もう舞台まで時間がないから、赤点とって補習になったら許さんってまりこ先生が脅してきたって」

「うわー、怖えー!」


 枯れた声でキャアキャア喜んで、良彦は最後に激しくムセはじめた。

 姉は頑張って手を伸ばし、背中をさすってやっている。


「よしくん、はしゃぎすぎだよ」

「あはは」

 楽しい夕食の時間を過ごして、華恋は片付けも手伝うと安心した気分で藤田家を後にした。


 そして家に帰る途中、ほんの二分ほどの夜道で一人の男性とすれ違った。

 思わず、振り返る。あまりにも見覚えのある顔。


 良彦がそのまんまちょっと大きくなりました、みたいな姿。


 多分、藤田家の父だ。

 しかし、対面したことのない人物である。

 いきなり良彦君のクラスメイトです、なんていう突撃自己紹介をすることはできなくて、その後姿を見送ると華恋はそのまま黙って帰宅した。



 次の日の朝は、ちゃんとリビングに見慣れた顔があった。


「おはよー、ミメイ!」


 ガサガサの声だったが、元気そうな笑顔にほっとさせられる。そして、姉の姿はない。


「おはよう。ゆうちゃんは?」

「今来てるところ。一人で歩いて来たいんだって」


 朝食のトーストをサクサクかじりながら良彦は答えた。

 そんな会話が終わった頃、玄関から音が聞こえてくる。


「おはよーございまーす」

「お、来た来た」


 ニコニコの姉弟がそろって、美女井家の食卓もにぎやかになった。

 そういえば昨日はやたらと静かだったように思う。

 以前はそれが普通だったのにと、華恋は考えた。

 しかし、考えてみれば、単ににぎやかになっただけではなく、姉妹の争いはすっかりなくなっていた。

 正子とくだらない争いを最後にしたのはいつだったか。

 華恋は明るい声のこだまする食卓で、思いを馳せていく。



「昨日あの後すぐ、お父さんが帰ってきた?」


 二人で並んで学校へ向かって歩きながら、気になっていたことを質問してみると、良彦は大きく頷いて答えた。


「なんで知ってんの」

「あんたそっくりな男の人とすれ違ったから。お父さんかなって思って」

「えー?」


 ガラガラ声は不満そうな響きで、良彦は首を傾げながら歩いている。


「似てる? 俺と親父」

「昨日見た人がそうなら、そっくりだと思うけど」


 どう見ても良彦とほぼ同じ成分で構成されていたように思う。

 暗い道で一瞬すれ違っただけだったが、確信できる。

 ついでに言うなら、もちろん姉にもそっくりだった。


「そうなの? 人から見るとそうなのかな」

「似てないって思ってるんだ」

「似てるっていうのはお前とおじさんみたいなことを言うんだろ」


 ちょっぴりムカっとしつつ、それは抑えて華恋は以前から気になっていることを問いかけてみる。


「藤田のお父さんって、なにやってるの?」

「ああ。タクシーの運転手だよ」

「そうなんだ」


 質問に答えてから、良彦は照れた表情を浮かべて頭をぽりぽりとかいた。


「そういえばこういう話、してなかったっけ。あれだけ世話になってるのに……なんか、ごめんな」


 しおらしい態度はなかなかレアなもので、華恋はなんと答えたらいいのかわからない。


「なんだ。なんでここで黙る?」

「いや、藤田も謝ることがあるんだなって思ってさ」


 華恋がニヤリと笑って放ったツッコミに、良彦はそんなことないだろー? と答えている。


 ないだろー、の「ろー」の部分の声が裏返っていたのがなんだかやけにおかしくて、二人は揃って笑いながら学校へと歩いた。

 

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