56 嵐の前の一致団結 1
昼休み、華恋は祐午とともに階段を登って、二年生のクラスへと足を運んだ。
「よう子さんって何組なの?」
「A組だよ。レオ先輩も」
ついでに桐絵はB組だということを教えてもらって、緊張しながら上級生の教室をのぞく。
そんな華恋を置き去りにして、祐午は堂々と中に足を踏み入れていった。
「よう子さん」
華恋が慌てて後に続くと、教室のドアのすぐそばに見慣れた二人の姿があった。
「あら、ユーゴ。ビューティもどうしたの?」
礼音が座り、隣によう子が立っている。
この巨体がまさかの一番前の席。
後ろの生徒は黒板がちゃんと見えるのか、心配になってしまう配置だ。
「こんにちは。ちょっとお願いがあってきました」
補習を受けずに済むように試験勉強を見て欲しいとお願いされて、よう子は小さく唸りながら斜めに傾いていく。
「桐絵は?」
「部長も一緒に呼ばれて、注意されたんです。よう子さんに教えてもらうって言ってました」
「あら、そうなの。放課後言うつもりなのかしら」
礼音はなにを思っているのか、黙ったまま祐午とよう子を交互に見つめている。
「僕も一緒にいいですか?」
「それは構わないけど……。どこでやろうかしらね? 部室は試験前には使えないし」
よう子の家は落ち着かないし、桐絵の家では部長にとってギッシリ詰まった本棚が誘惑になってしまうらしい。
「ユーゴの家は?」
「ああ、いいですよ。僕の家で」
イケメンがにっこり笑って快諾し、これで問題解決。
美少年と美少女の優雅な勉強会だなと、華恋は感心して頷いている。
「ビューティも来る?」
「え? いや、そんな、いいですよ」
「ああ。よっしーが来るから、一緒にやるのね」
よう子の言葉に、前回はどうだったっけ? と思い出していく。
あの頃は、まだ優季が家に来ていなかった。
ご飯だけはちゃっかり食べに来ていたが、食事が終われば良彦はすぐに帰って、試験勉強はそれぞれ家でやっていたはずだ。
「そうなるのかな?」
「今のペースならそうなるんじゃないの? 優季がいる間はよっしーも来るんでしょう?」
「確かに」
憮然とした表情の華恋に、よう子はうふふと笑った。
「いいじゃない。よっしーは結構成績がいいのよ。試験のヤマを当てるのがすごいらしいわ。勘がいいのね、きっと」
「なら、よっしーに教わったらいいんじゃないか?」
そこで初めて礼音が口を開いた。
「今、風邪を引いて休んでるんです。だからよう子さんにお願いしに来たんですよ」
「そうなのか」
それはすまなかった、みたいな表情の礼音に、華恋は驚いていた。
まさかこの副部長まで「よっしー」と呼んでいるとは。
確かに自分も「ビューティ」と呼ばれてはいるが、なんだかやけに意外に思える響きだった。
「今日からやるのかしら?」
「できたら早い方ががいいんですけど、予定はどうですか?」
「私はいいわよ。桐絵にも言ってくるわね」
くるりとスカートを翻して、よう子が教室を出て行く。
ふんわりいい香りが振りまかれて、周囲の男子生徒も揃って廊下の方を振り返っている。
「よかったね、祐午君」
「うん。よかった」
これにて一件落着。
華恋はニコニコのイケメンと共に、礼音に挨拶をして一年生の教室へと戻った。
午後の授業が終わって、すっかり冬の気配がする十一月終わりの通学路を華恋は一人、歩いていく。
「ビューーティーーー!」
そう思っていたところに、ズダダと誰かが駆けてきた。いや、声でわかる。異様によく通る声の主は祐午で間違いない。
「どうしたの?」
走ってきたせいか、イケメンの頬は赤く染まっている。
華恋の方も、大声で「ビューティ」なんて呼ばれたおかげで周囲がクスクス笑っている効果で、赤面していた。
「よう子さんに、……断られちゃって」
「なんで?」
「部長が僕と一緒じゃイヤだって」
哀しそうな顔の向こうに、よう子と桐絵の姿もあった。
仕方ないので、華恋は少しだけ道を戻って、どうしてなのか先輩たちに問いかける。
「よう子さん、どうなってるんですか?」
「どうもこうも、桐絵がイヤだって言うのよ。だけど理由は言わないの。どうしてなのかしら? ハッキリ言わなきゃわからないわよ」
「……だって、勉強に、ならないでしょ?」
「なるわよ。勉強しに行くんだから」
モジモジソワソワ、部長は落ち着かない様子でそれ以上なにも言わない。
自分の予想が当たっていたのがハッキリわかって、華恋はよう子を引っ張って校門の横の大きな木の陰へと連れて行く。
困った様子の祐午と俯く桐絵は、とりあえず置き去りにするしかない。
「なあに、ビューティ?」
「多分なんですけど」
声をひそめて話しかけると、よう子は美しい顔をズイっと近づけてきた。
長いまつげがクルンと上を向いていて、うらやましいなと思いながら華恋は続けた。
「部長、祐午君のことが好きなんじゃないですか?」
「……ええ?」
よう子の眉間に皺が寄る。
ちょっとキツイ表情もきっと需要があるな、なんて思いながら再び華恋は続けた。
「祐午君絡みだと、部長、やたら反応いいじゃないですか。前からちょっと怪しいなって思ってたんですよ」
「そう?」
「いや、ホントのところはわからないですよ。私はそう思うってだけで」
二人で振り返ると、困った顔の祐午に見つめられて桐絵はだいぶ、縮こまっている。
ついでに顔を真っ赤にして、手をモジモジと落ち着かない様子ですり合わせ、足を完全に内股にして細かく震わせていた。
「あら、本当だわ。どうして今まで気がつかなかったのかしら。あんなにあからさまなのに……」
「二人になる状況が今までなかったからじゃないですか? あと、文化祭で一緒に行動してる時になにかあったのかも」
あの天然のイケメンは考えなしに「キレイだ」なんて口走っていたし、あの日から加速がつくようなことがあったのかもしれない。
「だからユーゴの家には行けないっていうのね。なるほど。確かに、あれじゃあ勉強に集中するどころじゃないか」
よう子はやれやれと肩をすくめている。
「レオ先輩は? どうですか、成績とかは」
「レオちゃんも結構デキる子よ。だけど今日はもう帰っちゃったから。大体、キャラクターからいってよっしーの方がユーゴも安心して教われるんじゃないかしら」
「確かに……」
祐午と礼音の組み合わせは、どんなものだろう。
二人になったらどんな会話を交わすのか、華恋にはまったく想像できない。
とにかく今日なんとかしようというのは無理。二人は仕方ないと結論を出して、祐午と桐絵の元に戻った。
「祐午君、今日、藤田の具合がどんな感じか聞いておくよ。あいつのことだから、もう元気なんじゃないかな」
「そうだね、ビューティ、ありがとう……」
美少年はちょっぴり、元気がない様子だ。
「大丈夫?」
「うん、あの……。なんで部長はイヤなのかな? 僕、もしかして嫌われてる?」
当の部長は少し離れたところで親友に軽く説教されているところだ。
大人気ないとか、意識しすぎだと文句を言われている。
華恋は、祐午の質問に答えを示せないでいた。
自分の想像はきっと正解だろうが、それを真っ正直に話すのはおかしくて、華恋は適当な答えを探していく。
「えーとね、部長は初めて行くところだと緊張しちゃうんだって」
「そうなの? そっか。確かに、いきなり僕の家に来てくださいって言われたら困るかなあ。部長はちょっと、恥ずかしがりやさんっぽいもんね」
これでもう納得がいったらしく、イケメンは落ち込みを撤回してニッコリ笑った。
「良かった。嫌われてるなんて悲しいもんね」
「そうだね」
単純に元気を取り戻した祐午は、よっしーによろしくね、と笑顔で手を振って去っていった。
先輩たちの話し合いも終了したらしく、二人も並んで帰っていく。
「ビューティ、世話をかけたわね」
「いえいえ」
こうして仲間たちと別れると、華恋は少し冷たい風に吹かれながら、久々にロンリーな帰路についた。