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55 憧れの人 3

 偶然会った二人の仲間と別れると、華恋と良彦は一緒に美女井家へと帰った。

 

「どうだった、華恋。ばっちりメイクしてもらったのか?」


 修が興味津々の様子でした質問に、再びマシンガントークが炸裂してしまう。


「ちょっと、よしくん。嬉しかったのはわかるけどちょっと抑えなよ」


 姉の注意程度では効果は薄いようで、ちょっとだけ黙ったものの、良彦は再びマシンガンをぶっ放し始めている。


「華恋ちゃん、帰りもずっとこんな調子だったんじゃない?」

「モールで号田先生とたまたま会って、話を聞いてくれたんだ」

「そうなんだ。仲良しなんだね、あの先生と」


 優季は号田が愛しのスピリットちゃんを狙っているド変態だと知らないのだろうか。

 そりゃ言えないか、と思い直して、華恋は隣で幸せそうにしゃべり続ける良彦へ顔を向けた。


「ほんと、サンキューな、ミメイ! 俺、今日のことは絶対一生死んでも間違いなく忘れねえ!」

「よっぽどファンなんだね」


 美女井家の両親も揃って苦笑している。

 一方、美少女小学生の正子はリビングの隅で不満顔だ。


「いいなあ、おねーちゃんたちばっかり。カリスマの人、マーサにメイクしたらいいのに」

「参加は中学生以上だったんだよ。ごめんねマーサちゃん!」


 ちっとも「悪かったね」のエッセンスの入ってない台詞に、さすがの正子も呆れたようだ。


「見たかったなあ」

「写真撮ってます!」


 修のひとりごとに、止める間もなく良彦が応える。

 どこになんというアイテムが使われているのか、今年のトレンドや化粧品に関するうんちくを延々聞かされ、即席化粧品詳しいおじさんが出来上がろうとしていた。


 ご機嫌の塊と化した良彦が姉を連れてルンルン帰っていって、ようやく美女井家に静寂が訪れた。


「いつもご機嫌だけど、今日はすごかったなあ」

「ホントだよね。行く前もすごかったけど」


 疲れ果てた父とそんな会話を交わして、華恋は自分の部屋に戻る。


 久しぶりにアンソニーの電源ボタンを押して、ダイアン・ジョーのサイトをのぞく。

 さすがに今日のイベントについての記事はまだないらしい。

 会って話した有名人第一号になった人物のプロフィールをじっくりと見直し、最後に一番下にあるジョーからのメッセージに気がついて華恋はそのページへと続くボタンをクリックした。


 ジョーは高校を中退して美容の専門学校に入学し、化粧品メーカーに就職して一気に頭角を現した、なんていう経歴の持ち主だったらしい。

 冴えない自分がメイクなんてと思っていたが、やはり興味があり、好きだと思う気持ちを変えることは出来ずに飛び込んだ。


 好きこそ物の上手なれ。

 打ち込める夢があるなら、思い切って飛び込んで挑戦して欲しい。

 何歳になっても、情熱を持ってすれば夢は叶う。


 そんなメッセージの下に、直筆のサイン。Dai Anjo。

 ここだけダイアンじゃないじゃん、とふふっと笑って華恋はページを閉じた。

 

 そして、良彦が彼にあこがれている気持ちが少し、理解できた気がしていた。

 男子中学生がメイクアップアーティストを目指す。

 なかなか、いないだろうなと思う。

 実際、同級生たちはどうせフザけているんだろうと警戒していた。

 自分もそう。最初、きっと額に「にく」とか書いてくるに違いないと思っていた。


 その道を志したのはちょっとした不幸な出来事のせいだったが、今では真剣に夢に向かって突き進んでいる。

 少しばかり失礼な言動が目立つが、まっすぐ正直に勢い良く進んでいる。

 きっと転んでも笑顔で立ち上がるんだろう。


 うらやましいな。


 そう思いながら、華恋はマウスを動かして、パソコンの電源を切った。



 次の日の朝、起きてリビングへ降りていくといつもの毒舌姉弟の姿がない。


「あ、華恋ちゃん。今日はよっしー、お休みなんですって」

「お休み?」

「風邪ひいちゃったみたい」

「へえ」


 昨日はしゃぎ過ぎて、今日の分までエネルギーを使い果たしてしまったのかもしれない。

 そして良彦はいいとして、その姉の方が気にかかる。


「ゆうちゃんは?」

「あのね、今日は自分でなんとかしてみるからって言うの。後でご飯は届けようと思ってるんだけど」

「大丈夫かな?」

「自分でって思ってるんなら、やってみるのもいいかなって思うのよね。パパとも相談したんだけど、よっしー君もまさか瀕死の重症ってわけじゃないだろうから」

「そっか」


 というわけで、華恋は初めて一人での登校をした。

 転校初日は母と一緒だったし、それ以降はいつの間にか毎日良彦と一緒だったので、驚いたことにロンリー通学はこの日が記念すべき一回目だ。


「美女井さん、藤田君は?」

 教室に入って席につくと、ゆっちが笑顔で声をかけてきた。

「風邪ひいたんだって」

「そうなんだー」


 仲良しのみぽこもやってきて、文化祭は面白かったね、なんて話をし始めている。


「それで、やっぱり二人は付き合ってるの?」


 どうやら文化祭の話など、本当はどうでもよかったらしい。

 一番聞きたいことへの会話をどうしようか悩んだ挙句、みぽこは急に、かつストレートに恋の話題を華恋に振った。


「そんなわけないじゃん」

「だっていっつも一緒に来てるし、一緒に帰ってるから」

「たまたまだよ。家も近いし、あいつの通学路の途中にうちがあるだけだから」


 お弁当がどうとか、お父さんがどうとか、二人はしつこくこの話題に食い下がってきたので、華恋は最後に最大級のため息をはあああーっとついて答えた。


「男子と女子がいるだけで、即カップルっていう発想はなんていうか、……短絡的だと思うよ」


 手厳しい言葉に、ゆっちとみぽこが黙る。

 言い過ぎたかと内心慌てる華恋のもとに、お客がやってくる。


「ビューティ!」

 いつもよりキラキラ粒子の放出を抑え気味の祐午がやってきて、まず最初に首をかしげた。

「よっしーは?」

「風邪だって」

「そうなの」


 席の主がいないと知って、祐午は華恋の隣の席の椅子を引いて座った。

 その光景に、クラスメイトたちはなんとも言えない視線を送っている。

 周囲の反応はまったく気がつかないようで、超ド級のイケメン男子中学生は華恋に顔を近づけ、小さな声で相談を始めた。


「今朝、まりこ先生に呼ばれたんだ」

「なんで?」

「来週から、試験があるでしょう? それで赤点取ったら許さないぞって。試験のあと舞台まであんまり時間がないから、補習なんかに出てる時間はないって」

「わあ」


 朝イチで桐絵とともに呼び出されて、演劇の鬼から鋭い警告というか、脅迫を受けたらしい。


「それで、よっしーに勉強教えてもらおうと思ったんだけど」

「そっか」 

「どうしよう。よっしーがずっと具合が悪かったら困っちゃうな」

「……よう子さんに教えてもらったら?」


 頭脳明晰だと自分で威張っていたし、実際によう子の成績は良いはずだ。

 えっへんと威張ってチラ見せしていた試験の結果には、随分いい点数が並んでいた。


「部長がもう、よう子さんに頼むって言ってたから」

「なるほどね」

「号田先生に教えてもらうっていうのは無理かなあ」

「それは……無理じゃないかな? あれでも一応先生なんだから。カンニング疑惑とかがかかったらイヤじゃない?」

「そうだね。確かに、あれでもうちの学校の先生なんだもんね」


 哀しげにしょぼんとする祐午に、いい家庭教師はいないだろうか。

 少し考えると、もう一人の仲間の顔が浮かんできた。


「レオ先輩は? どうなの?」

「どうなんだろう。できるのかな、勉強」


 礼音に関するエトセトラは、普段からあまり話さない分ヒントが少ない。

 今のところわかっているのは、体が大きくて手先が器用で、ついでにちょっとしたジェントルマンだということくらいだ。

 彼に関しては、祐午も同じ程度しか情報を持っていないらしく、これ以上話は進展しなかった。


「部長とセットで教えてもらったら? よう子さんに」

「迷惑じゃないかなあ」

「あとで一緒に頼みに行ってみようよ」

 華恋の提案に、祐午はふっと力を抜いて、思いっきりきれいな顔で笑った。

「ありがとう、ビューティ!」

 

 それに思わず赤面すると、ちょっと離れたところにいる女子軍団から妙な視線が突き刺さってきて、華恋はごまかそうと大きな咳ばらいをした。

 

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