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51 はみ出せ青春! 2

 まるで大人気の美容室のように、ぞろぞろと生徒が並んでいる。

 人手の少ない演劇部の面々はお弁当を食べそこないながら、変身希望の生徒たちをジャンジャン仕上げていった。


「ゴーダ先生、嘘でしょ、この髪型すっごく可愛いんだけど!」

「だろう? だが、少し枝毛があるぞ。もっと髪の手入れはしっかりやらないと」

「いやー、このメイクすごくない? 別人みたいー!」

「ほんとのマジで別人に仕上がったね!」

「ドレスとか、ちょっと恥ずかしいな」

「あなたに合うサイズ、探してくるわね」


 すっかり列が出来てしまったので、祐午と桐絵の営業部隊は引っ込んで案内係に終始している。

 いや、恥ずかしがり屋の部長は奥に引っ込んで、次から次へ飛び出す女子たちの会話に耳を傾けているようだ。

 暗いところでじっと動かない桐絵の姿は演劇部に住みついた悪霊みたい。なんてこっそり思いながら、華恋はシャッターを切っていった。


「いやあ、盛り上がったなー」

「本当ね。何人来たの?」

「四十八人だ」

 礼音の言葉に、全員でわっと盛り上がる。

「用意した台紙は五〇枚。残りは二枚しかない」


 もうあとほんの少しで文化祭の時間は終わってしまう。

 新しい客が来ても時間内に仕上げるのは無理なので、今年度の演劇部が設けたミラクルチェンジルームの営業はこれにて終了、と決まった。


「藤田のメイク、早いよね」


 たくさんの女子生徒で廊下が詰まっていたけれど、流れは想像よりずっと速かった。

 メイクとヘアのコーナー、二人の仕事が速かったからなんだろう。


「若いからだな。ファンデーションで隠すとか、そういうのに時間がかからないから」


 年増の化粧を担当したことなどないだろうに、良彦はなぜかしたり顔で頷いている。


「それに、一人にかける時間は五分以内って決めてやってたから」

「そうなんだ」

「そうだよ。じゃないと混んだ時まわらないかなって思ってたから。ミメイみたいに大改造が必要な人もこなかったしな!」


 華恋がスパーンと後頭部を叩くと、号田が怒って良彦を抱きしめようとし、さっと避けられた。


「やめてよゴーさん、最近ベタベタしすぎ!」

「もうお約束になってて許されているのかと」

「そんなわけないじゃん」


 変態講師はかわいそうなくらいガックリして、床にうずくまってしまった。


「それにしても、男子のお客はいなかったわね」

 よう子の言葉に、祐午が答える。

「声をかけたんですけど、みんな来てくれませんでした」

「仕方ないんじゃない? ユーゴはカッコイイから王子様みたいな格好が似合うけど、じゃがいもみたいな顔のやつが着るとちょっと痛々しいもんなあ」


 良彦の言葉は正直すぎて、全員がこれにコメントを出来ない状態だ。


「女子はメイクして、髪型派手にして、アクセサリーもつけてってできるけど、男子はなかなか……。化粧しろっていうのもみんな、抵抗あるだろうし」

「藤田だったら、やる?」

 華恋が質問すると、正直者はうーんと首をかしげた。

「どうかなあ。俺はチビだし童顔、王子様ファッションしたら子供の仮装になっちゃいそうだから……。あんまりやりたくないかも」

「ドレスを着たらいいじゃないか」

「ゴーさんは黙ってて」


 こんな会話の様子を見ていて、華恋はこう思った。


「ゴーさんと不破先輩、やってみたら?」

「うん?」


 返事は号田からしかなかった。

 さすがにこの二人はやらないか。いや、よく見たら号田の方はやりたそうな気配がしている。

 大人だからそんなのには乗らないぜ、的な雰囲気をかもし出そうとしつつ、もっとプッシュしてくれたら考えなくもないんだけどという思いがチラチラ見え隠れしている。そんな風に見えた。


「ゴーちゃんもレオちゃんも、せっかくだしやってみたらどうかしら」

 そこにワンプッシュ。

「よう子さんも一緒にやったらどうですか?」

 オマケに華恋も押してみる。

「じゃあもう全員でやろうぜ!」

 最後に良彦が大プッシュすると部室は朗らかな笑い声に包まれ、可愛いスピリットちゃんがどの衣装を着るかで大きく揉め始めた。

「ドレスで! 藤田君、ドレスでいこう!」

「バカ言わないでよゴーさん。よう子さん、なんかちょっと小さくても似合うやつ出して」

 はいはい、という返事とともに、海賊風の衣装が差し出されてくる。

「これえ?」

「他はみんな王子様風のが多いわよ。七五三になりたくないなら、これにしておきなさい」


 号田はルンルン、礼音は渋々恥ずかしそうに、よう子はノリノリで衣装を選んでいる。

 あっという間に着替え終わったチビっこ海賊が現れて、華恋の腕を掴んだ。


「ミメイ、お前も変身、変身!」

 よう子はどうやらロリータ風の衣装に決めたようだ。

 ヒラヒラの白いレースが何枚も重なった薄いピンクのワンピースを持っている。

「部長が和服で、よう子さんがロリータなら、ミメイはやっぱりハードSFじゃないのか?」

「そんな衣装ないんでしょ?」

「じゃあキャリアウーマン風にしましょうか。女性用のカッコイイスーツが一着あったわよ」


 いいじゃんいいじゃんと意見が勝手にまとめられ、ついたての奥に引きずりこまれる。

 よう子と華恋でいっぱいになったので、号田と礼音はついたてなしのオープン着替えを強いられてしまった。

 奥では桐絵が後ろをむいてじっと座っている。


「ミメイ、いそげー」

「なんでそんな急かすの?」

「お前の特殊効果は時間がかかるんだよ!」

 失礼な! と歯をギリギリさせながら、なんだかんだ華恋も素早く着替えた。

 目の前ではヒラッヒラふりっふりのドリームロリータが微笑んでいる。

「よう子さん、……似合いますね」

「ロリータはミニマムスタイルにちょうどいいのよね」


 確かに小柄を最大限に活かした可愛らしさだ。

 二人で揃ってついたての奥から出ると、号田が胸毛ボーボーの姿を晒していて、華恋は初めて目にしたモジャから慌てて目を逸らした。


 変態副顧問は中世の貴族風の衣装を着て、礼音はなぜか柔道着に身を包んでいる。

「レオちゃん、仮装になってなくない?」

 突っ込まれた副部長は黙ってヘッドドレスを差し出し、よう子はふふっと笑ってそれを受け取る。

「ありがと」


 華恋は椅子に座らされ、顔面に特殊効果を施されていた。

「ねえレオさん、だてメガネってある?」

「待っててくれ」

「ミメイ、クールな女教師のイメージで行こうぜ」

「なにそれ」

「男子の大好物だから。いいと思うぜ。クリスマスの写真はみんなどよどよしただけだったけど、今日のが上手くいったらお前すっげーモテ女になるかもしんない」


 男子の大好物、という単語はこの可愛い笑顔にはあまり似合っていないように思えた。


「そんなの好きなんだ」

「みんな大好きだよ。スラっとナイスバディでツンってしたメガネの先生なんて良いに決まってる。容赦なくビシビシ指導されたらもう最高」

「藤田君、そこまでだ! それ以上言ってはいけない!」

 悲しげな号田の声が、良彦の言葉を遮っていく。

「なに、ゴーさんいきなり」

「そんなセリフを君の口から聞きたくないんだー!」

 この日二度目のうおおーんという泣き声が響いた。

 しょうもないやりとりを、華恋はふんっと鼻で笑った。


 自分でメイクをし終えたよう子が立ち上がる。

 髪を号田にキレイにといてもらって、ミス・ロリータは完成したようだ。


「あとはビューティだけね」

「ちょっと待ってて!」


 演劇部の面々が良彦の後ろ側、華恋にとっては正面にずらりと並ぶ。


 それぞれ路線の違う衣装に身を包んでいて、見ごたえのある光景だった。

 メイクをしているのもチビッコ海賊で、この非日常感は楽しいものだな、と華恋は思う。

 演劇部なんだから、当然の姿なはずなのに。

 妙な部員ばかりだから、これが最初で最後だろう。

 全員の華麗な大変身なんて。


 そんなことを考えながらクールな女教師に変身した華恋がハイヒールをカツカツならして列に加わり、全員笑顔で記念写真と撮った。


 これで、文化祭の一日が終わった。

 

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