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50 はみ出せ青春! 1

 美女井家一同と優季が去っていくと、演劇部部室はまた静かになってしまった。


 カメラを置いて、椅子に座り、華恋がふうとついたため息に気が付いたらしく、良彦がぴょーんと弾む足取りでやってくる。


「どーしたミメイ。まさかマーサちゃんと自分の差に落ち込んでるのか?」


 どうしてこうハッキリお見通しなんだろう。

 そう考えながら思いっきり顔の真ん中に力を入れる華恋に、良彦はいつも通りの明るい笑顔を向けてくる。


「図星か! 今更すぎるだろ、そんなこと気にするなんて」

「いや、だって、あんなふわふわなドレス、自分には絶対似合うわけないって思っちゃうじゃん」

「確かにな」


 目の前でうんうんと頷く可愛い顔を、華恋はじっとりとした目で見つめた。

 多分こいつには似合う。そう考えると落ち込みだけではなく、軽いムカつきまで覚えてしまう。


「同じ土俵で戦おうとするからだよ。お前にはお前に向いた戦場があるはずだろ?」

「戦場?」

「前から思ってたんだけど、きっとミメイには今日部長にしたみたいなクールな感じの方が似合うと思うぜ。クリスマスのは衣装に合わせて可愛い感じにしたけどさ、次はハードに決めたらカッコよく決まるんじゃないかなあ」


 明るい笑顔からの意外な提案に、驚いてしまう。

 そこによう子もやってきて、嬉しそうにくるりと回った。


「いいじゃない! ビューティは背が高いから、その路線、いいと思うわよ」


 二人はいつものように勝手に盛り上がって、ボンテージ風の衣装でどうだなどと言い出している。


「ボンテージって……、冗談でしょ。なに言ってんの」

「マーサちゃんにはクールは無理。勝負したらミメイ(おねーちゃん)の圧勝だろ?」


 そこにスっとなにかが差し出された。

 いつの間にやって来たのか、礼音が用意したのは黒いツヤツヤのピストルのおもちゃだ。


「お、いいねー! サングラスしてピッチピチの革の衣装とか着たら最高にキマるな!」

「なんのエージェントかしら? 桐絵は、……いないのね。もう、次はそれでいきましょ?」


 部長は祐午と共に再び営業活動中。急ごしらえの小さな看板を持って、体育館入り口付近で張り切っている真っ最中だった。

 こんな大事なことを勝手に決めたらまた拗ねてしまうかもしれない。

 そしてハードボイルドな世界観を、魔将ツジーデはどう演出していくだろう。


「革とか無茶でしょ?」

「やれといわれたらやってみせるわよ! ビューティ、さあ、オーダーしてちょうだい!」

「っていうか今からやろうぜ? そういう衣装ってないの、よう子さん」


 さすがに革のスーツみたいなものは中学校の演劇部には存在しなくて、謎のピチピチエージェントの誕生はまたいつかに持ち越しになった。

 しかし良彦の心についた火はまだ消えないようだ。


「じゃあメイクだけでもやろうぜ。どうせヒマだし!」


 華恋はその顔にむけてオモチャのピストルをバーンと撃ってやる。

 ノリの良いメイクアップアーティストはちゃんと胸を押さえて倒れてくれた。

 そこにすかさず号田が走り寄って来て、愛しのよっしーを抱きしめている。


「藤田君、死んだらダメだ! 俺はまだスピリットに会えていないぞー!」

「ゴーさん……ごめんね」


 ガクッ。

 うおおーんと泣き出すアホすぎる副顧問の前でドアが開いた。

 入ってきた女子生徒は、クラスメイトを抱きしめているイケメン講師の姿に目を丸くしている。

 華恋は慌てて自分の担当エリアから飛び出して、アホな二人を隠すように間に立った。


「いらっしゃい!」

 一年D組の仲間、ゆっちとみぽこの二人組だ。

 おとといやったクラスでの営業活動はあんなに盛り上がったのに、効果ゼロだったのか?

 と、華恋は心配していたが、そうではなかったらしい。


「あれ、号田先生たち、なにやってるの?」

「お芝居だよ、演劇部だから!」


 良彦たちがそそくさと立ちあがって自分たちのスペースに戻っていく。

 祐午と桐絵はまだいないので、代わりに華恋が二人をまず衣装のコーナーに案内していった。


「お芝居って、今度やるやつ?」

「え、いや、そのまた次かな」

「アクションなの?」


 どうして話題が変わらないのかと思ったら、華恋の手にはまだピストルが残っていた。

 慌てて礼音に返し、衣装選びへと誘導していく。


「ドレスって豪華だよね、いいよねえ。こんなの着たことないよー」

「あなたは暖色系が似合いそうだから、明るい色のものを選ぶとステキな写真が撮れるわよ」


 よう子のアドバイスを聞きながら、二人は恥ずかしげに、笑みを浮かべながら衣装を選んだ。

 ゆっちはオレンジのふんわりドレスで、みぽこは青いチャイナドレスにしたらしい。


「来てくれたんだね」

 着替えを手伝いながらそう華恋が声をかけると、ゆっちこと山田ゆうこはあははと笑って答えてくれた。

「私はスーパー平民な名前だから、たまには派手な格好しておこうかと思って」


 その言葉に、華恋は「もーしわけない」と慌てて頭を下げた。

 最初に思いっきりブチ切れた時にうっかり口走ってしまった失言について重ねてお詫びをすると、もういいよ、と笑顔が返ってきた。


「全然特徴のない名前だからずっと珍しい苗字とかに憧れてたんだけど、それはそれで大変だよね。私も鳳凰院とかカッコいいなって思ってたけど、この顔じゃきっと似合わないもん」


 こちらも極ノーマルな苗字の持ち主であるみぽここと、山下未歩と三人で苦笑いしながら衣装のコーナーを出る。

 よう子は隣で微笑んだくらいの表情で頷いているが、いやいや、あなたなら鬼龍院とかでも全然平気でしょ、なんて考えが華恋の脳裏に浮かんだ。


「どっちからやろうか?」

 メイクコーナーに入ると笑顔の良彦が待ち受けていて、二人のお客は少々緊張した様子を見せている。

「じゃあ、みぽこから」

「えー、ゆっちからやりなよー」

「じゃ、出席番号順で山下からやるか!」


 有無を言わさぬ素早さで、用意されていたパフがみぽこの顔面を襲った。

 ゆっちはほっとした様子で友人の変身を見守っている。


「山下、寝不足なんじゃない? 目の下のクマ、結構手ごわそうだ」

「そうかな」

「せっかくチャイナ着てるし、セクシー系メイクでいくか!」

「うわあ、ホントに?」


 良彦の顔が真剣なものになり、みぽこの顔面を素早く装飾していく。

 ファンデーションで目の下のクマを隠して馴染ませると、目元が青のグラデーションで大人っぽく彩られていく。

 唇もしっとりした色ながらキラキラ輝いて、見た目の年齢が一気にあがる仕上がりだ。


「よしっ、じゃあ次はヘアメイク。あっちに移動して」


 本来の顔の面影はすっかりなくして、妙にセクシーなチャイナガールが歩いていく。

 ゆっちは友人の変貌振りに、はあっとため息を漏らした。


「すごい、藤田君」

「そうだろ。見直した?」

「見直した」

「よし。じゃ、山田は景気よくゴールドでやっちゃうか!」


 オレンジ色のプリンセスのために、メイクアップアーティストは張り切った。

 真剣な瞳の下の唇は、嬉しそうに端がきゅっと上がっている。

 メイクの練習台女子を求めてなにも知らない転校生にスーパー無礼アタックを決めたくらいの人材不足だったはずなのに、今日のモデルは午前中だけで既にもう四人。

 楽しくて仕方がない、そんな雰囲気だった。


 いつもは地味でおとなしそうなゆっちの顔が、一気にキラキラになった。

 どうしてそうなるのかはわからないが、この少年の手にかかるとみんな目がクリクリの溌剌少女へと変わってしまう。


「すごいなあ」

 思わず華恋がそう呟くと、メイクの手を止めずに良彦はこう答えた。

「知らなかったのか?」


 仕上げに、唇を本人のものよりも少し大きめに塗り上げていく。

 それが終わるとゆうこの肩をポンと押してヘアメイクコーナーへと送り出した。

 小さなメイクアップアーティストは満足気に両手を腰に当ててうんうんと頷き、振り返ると華恋に向かって極上の笑顔を浮かべて見せた。


「ミメイが一番よく知っててくれてると思ってたんだけどな?」


 あんまりピカピカの笑顔過ぎて、声が出なかった。

 しばらくご機嫌な表情を振りまかれてとうとう、華恋は小さく、こう答えた。


「知ってた」

「だろ? じゃ、次はミメイを改造するかー!」


 その声に応えるかのように、部室の扉が開いた。

 さっきとまったく同じ展開に振り返ると、祐午を先頭に女子生徒がわんさか入室してきて、演劇部の面々はすっかり大忙しになってしまった。

 

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