49 光瀬中学文化祭、スタート! 3
「おねーちゃん、なんなのこれ。毎日こんなにイケメンに囲まれてたの?」
ピンクのヒラヒラのドレスに着替えながら、正子は頬をぷうっと膨らませている。
唐突にウザ絡まれて、お姉ちゃんは思わず険しい顔を妹に向けてしまう。
「はあ?」
「だってあのユーゴくんって人、めちゃめちゃカッコイイ。奥の大きい人もキリってしてるし、先生も大人の男って感じじゃん。よっしーも可愛い系だし、ちゃんと全タイプのイケメンが揃ってる部活に参加してるなんて聞いてないよ」
「全タイプってなにさ」
世のいい男は四種類でわけられるモンじゃないだろーがと、華恋は顔を逸らした。
妹はまだまだジェラシー丸出しで、怒りの抗議を続けていく。
「よう子さんがいい男に囲まれてるならわかるけど、おねーちゃんはズルしてる感じがする!」
「部活に参加してるだけでそんな意味不明なイチャモンつけられるなんて世も末だね」
呆れた声でこう答えながら、華恋は着替えスペースから離れた。
部屋の入り口付近には美女井家の両親がいて、そばには優季が椅子を借りて座っている。
「ゆうちゃんも変身する?」
「私はいいよ。どうせなら、このほっぺが元通りになってからがいいし」
ニッコリ笑った可愛い丸顔を、奥からこっそり号田が見つめているのに華恋は気付いた。
大好きなスピリットに姉がいるのは知っていたが、顔がそっくりなのは知らなかったらしい。
もしかしたら今現在、スピリットに近いのは良彦よりも優季の方なのだろうか?
華恋は冷ややかな視線を副顧問に向けてみたが、気がつかないようで、号田はかなり真剣な眼差しを可愛い姉に向けている。
「オッケー姉ちゃん。治ったら、変身して記念写真撮ろうぜ」
「うん。その時はよしくん、お願いね」
こんな会話に、近所の保護者代理も優しげに微笑んでいる。
そして、着替えを終えた正子が姿を現した。
「見て見て~! マーサ、お姫様になっちゃった!」
ふりっふりのピンクのドレス姿で駆けて来る姿は、なんとも愛らしい。
「よく似合うね」
すかさず祐午が笑顔で褒め、正子もえへえへ、嬉しそうに笑っている。
「さすがマーサちゃん。ホント似合うね。ってことは、おばさんも似合うんだね。二人で王妃様とお姫様になってみたら?」
「それはいいなあ」
愛妻家の夫は嬉しそうに笑顔を浮かべている。
「やあねえ、よっしー君、ダメよそんなの。中学校の部活でお母さんが浮かれて変身するなんて」
「そう? おばさんなら許されるちゃうと思うけどなあ」
良彦の後押しにもほんのり笑っただけで、よっしゃ私も! という展開にはならなかった。
華恋は母の良識ある態度に安心し、父のデレデレした顔には冷たい視線をくれてやる。
「じゃあ、マーサちゃん、メイクしよっか」
「わあ! 楽しみ!」
ルンルンふりふり、ドレッシーな後姿が駆けていく。
ピンクを中心にした色合いで目元と唇を装飾された正子が、号田の前にちょこんと座る。
そこでようやく優季に注目するのを切り上げて、副顧問はうむむ、と唸った。
「ビューティの妹だと?」
「ビューティって?」
正子の口から当然の疑問が飛び出していく。
「いや、なんでもないよ。ようこそヘアサロンGOD・A光瀬中学支部へ」
イケメン先生の微笑みに、再びマーサはきゃあきゃあ大喜びだ。
「可愛い髪形だね。このままがいいかな? それとも、おろしてみる?」
「あの、先生のオススメで……」
てへっと照れた顔を、号田はマジマジと見つめている。そして華恋を振り返ると、眉の間に深い皺を寄せた。
もちろんそんなことをされた姉は、ムカつくに決まっている。
「よし、じゃあ、おろして正統派プリンセスにしてみようか」
ツインテールを作っているピンクのキラキラストーンつきのゴムを外すと、ブラシで髪をとかし、号田は最初のお客様の願いを叶え始めた。
「華恋、みんな本当に綺麗な子ばっかりなんだな」
写真撮影用のスペースで仏頂面をしている娘に、修は小さい声でそう呟いた。
「さっきいた着物の子は?」
「部長」
ご機嫌斜めな華恋の返事は簡素極まりない。
「ミメイもちゃんとキレイになってるんだよ。おじさん、ほら」
良彦がホイと、なにかを手渡す。その正体にすぐ気がついて華恋は阻止しようとしたが、時は既に遅かった。
写真を手渡された父は無言だ。そこに、どうしたのと母もやってくる。
「これ、華恋なのか?」
「見事でしょ?」
「これ、華恋ちゃんなの?」
母が再確認してきて、良彦は笑顔で大きく頷いて答える。
しばらく両親は無言で立ち尽くしていた。
そして気がつけば、母の目からは涙がボロボロとこぼれおちていて、またかいな、なんて華恋は呆れている。
と、思ったらその横の父までなぜか涙ぐんでいるのが見えて、こちらには驚かされてしまった。
「なんてステキなの……。華恋ちゃんがこんな可愛い女の子になるなんて……」
うぐうぐっと嗚咽が部屋中に響き、部員たちは何事かとザワついている。
「ありがとう、よっしー君。もう、これで十分だ! 恩返しなんか考えないでくれ! 華恋が……華恋がこんなに可愛くなるなんて……!」
修が妻以上にわんわんと泣き始めて、あまりにも激しく感動する様子に、当の娘は口をあんぐり開けるしかない。
「よっしーくーん!」
夫婦揃って近所の可愛い男子中学生を抱きしめ、華恋は恥ずかしくてもう顔から火が出る寸前だ。
メイクコーナーからは号田が嫉妬に燃えた瞳で、美女井家の両親を悔しげに睨んでいる。
「ちょっと、やめてよ、もう。恥ずかしい!」
慌てて良彦から両親を引き剥がし、泣くのはやめろと苦情をぶつけた。
二人はうんうんと頷きながら、カバンから取り出したハンカチで涙を拭いている。
「大袈裟すぎでしょ? 揃って泣くとかありえないよ」
「ありえるだろう。これが華恋なんだぞ? 信じられるか?」
本人に向かってよく言うわい、が妥当な返事だろうか。
プリプリ怒る華恋の隣にはいつの間にかよう子が来ていて、ニッコリ微笑んでいた。
「良かったわね、ビューティ。素晴らしい親孝行だわ」
「良かったね、ビューティ。喜んでもらえて」
祐午も心底祝ってくれているようだ。
華恋としては、ハッキリ言ってあんまり嬉しくない。
両親が涙を拭ったところに、プリンセスヘアーが完成した正子がルンルンとやってきた。
いつもよりも美しく巻かれた髪が縦ロールになっていて、頭のてっぺんにはめでたいことに王冠が乗っている。
「見て! マーサ、ホントのホントにお姫様になっちゃった!」
どうやら姉の写真のインパクトの方がよっぽど強かったらしく、両親の反応はうんうん良かったね、くらいのレベルだ。
町内一の美少女小学生はリアクションの薄さに不満しかなくて、腕組みをして唸っている。
「こんなに可愛いのになんで? なにかあったの?」
「ほら、写真撮るよ」
妹にまであの写真が渡ったら波乱は必至だ。それを阻止しようと、華恋はレンガのお城風背景の前に正子を移動させていく。
「ここで記念写真撮って、プリントしてプレゼントするから」
「わあ! やったあ!」
単純な妹で良かった。心底安心した気分で姉はシャッターを切る。
いちいちポーズを変えては撮れと命令してくるので、仕方なく十枚くらい撮影をしてやった。
デジカメの小さな画面を覗き込みながら、印刷して台紙に飾るのにふさわしい至高の一枚はどれか真剣に検討し始める妹を華恋は見つめた。
本当に、可愛いお姫様だ。化粧はかなり薄くて、視覚効果の魔法がなくてもちゃんと最初からプリンセスなんだな、なんてひねくれた思考に陥っていく。
正子は頬杖をついて遠くを見つめている写真をこれだと選んだので、礼音に頼んで印刷をしてもらった。
いかついが男前のお兄さんにステキな台紙を渡されてマーサはすっかり上機嫌だ。
「私、絶対演劇部に入るね!」
写真の中の妹同様頬杖をついて遠くを見ている華恋は少し落ち込んだ気持ちで、しかしそれではちゃんと部を存続させないといけないな、なんてぼんやりと考えを巡らせた。