47 光瀬中学文化祭、スタート! 1
文化祭の最終準備を終えて、浮かれっぱなしの良彦と帰る。
明日の文化祭には一家で遊びに行くとか、その次の日のベリー・ペリー・モールへ行く手段はどうするかなどを話しあって、華恋はこの日の夕食を終えた。
近所の毒舌姉弟が帰り、自室に戻ってから華恋はアンソニーの電源を入れた。
検索エンジンの小さな窓に、ダイアン・ジョーと打ち込んでいく。
検索結果の一番上には公式サイトへのリンクが表示されていて、迷わずにクリックしてみる。
プロフィールの写真は帽子を目深にかぶりサングラスまでしているもので、どんな顔の人物なのかわからなかった。
経歴は面白いくらいに見事で、どんな女優のメイクを担当してきたか、今しているのかの一覧に、さすがに「へえ」なんて声が出てしまう。
ひたすら感心したら、今度はそんな人物に自分が人前で公開メイクされてしまうのかと、すっかり重苦しい気分になっていた。
華恋はパソコンのモニターに向かって渋い顔をしていたが、気を取り直してひさびさに自分のブログをチェックしようと決めた。
新しいコメントがある。前回書いた、前向きな一言への反応だった。
新しい日々への扉は
思いも寄らないところに
あまりにも近いところにあって
誰もが見失ってしまう
その場所を示すのは
かけがえのない宝物
それは、友達
こっぱずかしいポエム調の文章の送り主はの名前は、やっぱり「十六四」だった。
それにありがとう、と返事を書き込んで、華恋は新しく日記を書き込んでいった。
明日はとうとう文化祭
初めはなんでこんな部に入ったんだろうと思っていたけど
いつの間にかすっかり馴染んでいる
変わった人ばかり集まっているけど
みんなすごい才能の持ち主で
キラキラ光っている
なにか、自分にもできることを探したい
成り行きで入った演劇部にはおかしくて失礼極まりない連中が揃っていたが、それぞれにハッキリとやりたいことがあって、その道に進む努力を続けている。
すっかりこねくりまわされるオモチャ係になっている華恋には、みんなの姿が眩しくてたまらない。
最近、特にそう感じていた。
将来について、夢についてそういえばこの「十六四」も悩んでいるんだったなと考えて、ブログをのぞく。
新しい記事は、二兎を追って二兎を得ることができるのかという内容だった。
前回の記事に書いたコメントにも、律儀に返信がある。
Beautyさん
両方努力して
両方掴むことができたら
本当に最高だと思う
最初から諦めていたら
きっと後悔していたはず
勇気をありがとう
ビューティさんだって、なんて考えに笑ってしまう。
二兎を追って二兎を得る。そんな贅沢なことができるのか、できる人間がいるのかということに思いを巡らせ、ふと思いついた。
ゴーさんは意外と、二兎を追って二兎を得ている?
理容師の免許がないのだから、あの床屋のやり方はハッキリ言うと違法行為だ。
客から求められているし、本人の腕は確かなんだろうけど、やっぱりやってはいけないよな、なんてマジメな女子中学生は考える。
ボーイスカウトなんかにも参加しているあたり、子供と接するのが好きなんだろうと思う。
良彦に対する態度は大変アレではあるが、無茶苦茶な暴走をして一線を越えることはなさそうではある。
教職はきっと本人もやりたいし向いているのではないか、という結論が出た。
本人はどちらの道を求めているのだろう。
理容師なのか、教師なのか。
どちらにしても、人と接するのが好きなのはきっと間違いない。
写真の腕もいいようだし、顔もいい。
まず先行してくる変態のイメージをのぞくと、急に将来有望な男に思えてきて、華恋は鼻でフンと笑った。
二兎を追って、一兎半くらいを得ている人を知っています。
いつか、どちらかを選ぶ日がくるかもしれないけど
ギリギリまで、自分が納得いくまで二兎を追い掛け回すのも
悪くはないんじゃないかな。
相変わらず深刻な日記にはコメントがついていないところに、こんな書き込みを残した。
名前の欄には「Beauty」という名前がちゃんと記憶されている。
そのまま送信ボタンを押してアンソニーの電源を切ると、華恋は眠った。
次の日の朝、いつも通り朝の食卓を囲み、華恋と良彦は家を出た。
後から家族もやってくる予定の、初めての土曜日の学校へと歩いていく。
もうすぐ十二月。葉の落ちた少し寒々しい木々の間を歩いていくと、楽しげなアーチでデコられた校門が見えてきた。
紙で出来た花が山ほどついたアーチを抜けて、いつもよりもずっと浮かれた様子の廊下を進み、教室へと入る。
朝のホームルームは浮ついた雰囲気で、終わるなり文化祭の準備のためにみんな教室から飛び出していく。
華恋と良彦、二人揃って演劇部の部室へと急ぐ。
同じようにたくさんの生徒たちが廊下を走るように進んで、体育会系の部室へ次々と吸い込まれていく。
一番奥の演劇部の部室はもう鍵が開いていて、揃って入るとど真ん中で号田が待ち構えていた。
「おはよう! 藤田君!」
嬉しそうな笑顔めがけて、華恋は咳払いをする。
「よう、ビューティ。今日もサラサラで結構だな」
「おはようございます」
号田の前のテーブルには、髪の毛のようなものがぞろぞろと並べられている。
「これは?」
「ウィッグだよ。つけ毛。カツラはこの部活用のものがあったが、こういう部分的なパーツの方が、今の子にはあってると思ってな」
そんな便利アイテムを、母親の美容室「ビューティサロンGOD・S」から借りてきたらしい。
「藤田君もちゃんと準備をするといい」
笑顔でそんなまともなアドバイスをしてきて、初めて会った時のド変態ぶりが嘘のようだと華恋は思った。
教師らしくなってきた。そう思っていた矢先、メイク道具を並べ始めた良彦をニヤニヤ見つめた上に写真に撮り始めたので、ガッカリしてしまう。
なんだか腹が立ったので、間に入って撮影のジャマをしてやった。
「どうしてそんなハンパな位置に立つんだ、ビューティ!」
「カメラの使い方を教えてもらおうと思って」
号田自慢の一眼レフの使い方を指導してもらっているうちに、残りの部員が続々と集まって、ちゃんと顧問の務めを果たすために辻出教諭も現れて、全員が輪になって並んだ。
「今日はみんな、楽しくやりましょうね」
男子に人気のまりこスマイルが輝く。その笑顔に、全員がほっと息をもらしている。
挨拶を終えると顧問はあっさりと去っていき、それぞれ自分の担当場所に移動をした。
よう子は衣装の確認をし、祐午は着替え、礼音はプリント用の台紙を使いやすいよう並べ、華恋はカメラを三脚の上にセットする。
メイクとヘアアレンジのコーナーも準備万端の様子だ。
そこに、プツッという音が響いた。校内放送のスイッチが入った音だ。
「ただいまより、文化祭を開催します!」
生徒会長のアナウンスが入り、校内がざわざわと楽しいムードに包まれていく。
そして、客は来なかった。
すっかりヒマヒマな空気に耐えられなくなって、よう子が呟く。
「誰も来ないわね……」
「時間の決まった演し物があるから、最初は仕方ないですよ」
体育館ではバトン部やコント部がそれぞれ決まった時間に公演をしている。
ごくノーマルな演劇部ならこちらに参加するはずだったであろう面々は、すっかり気が抜けた状態になってしまった。
「ヒマだし、ミメイの改造でもするか」
「いやいや」
「そっか。途中で誰か来たら困るもんな」
つまらなさそうな顔で良彦が呟く。そしてしばらく黙った後、意外な提案をした。
「よし、じゃあ部長を改造しよう!」
いきなり名をあげられた桐絵は、眉をひそめると、メガネをちょいとあげた。
「どういうことかしら、藤田君」
「部長はここですることなにもないでしょ? だったらこんな風になれますよっていう具体例に変身してもらって、その辺歩いてきてもらったらいいかと思って」
桐絵からの返答はなかったが、明らかにイヤそうな顔だ。
「いいんじゃないでしょうか。部長、宣伝効果はあると思いますよ」
グレーのリメイクスーツでパリっと決めた祐午も後押しする。
こちらには特に悪意はなくて、良彦の提案を純粋に良いと判断したのだろう。
「……わかった。やるわ」
意外な提案には、意外な返事。
というわけで、急遽、桐絵の改造プロジェクトが始まることになった。