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46 華恋の恩返し 3

 休み時間、クラスでは生徒たちが明後日に迫った文化祭について話している。

 各クラスで作ったマジメなだけの展示はみなあまり興味はないらしく、どの部活がなにをやるのかを主なテーマにして情報交換をしていた。


 よし、と心の中で呟き、華恋は立ち上がると、少し前にある女子の軍団に近づいていく。

「あ、美女井さん。美女井さんもさあ、バトン部の舞台見に来てよー」

 確かハザマなんとかが、笑顔で話しかけてくる。

 他にも、手芸部の作品が力が入っているとか、次から次へと話題が移り変わっていく。

「あのさ」

 なんとか見つけた隙に、一言滑り込ませた。

 女子の注目が一気に自分に集まって怯みそうになったが、華恋は思い切って続けた。

「演劇部も面白いことやるから、ぜひ来て欲しいな」


 反応は揃いも揃って無言だ。


 少し長めの沈黙を破ったのは、みぽこだった。

「辻出先生、なんかすごいみたいなんだけど」

 その言葉に、体育会系の部活に入っている者が次々と証言を始めていく。


 竹刀を持っていた。

 棍棒をブンブン振り回していた。

 謎の呪文を部員に大声で叫ばせていた。

 いつもと違って、軍人みたいな口調だった。

 部員を外で走らせ、その後を追い回していた。

 校舎裏で悪魔に変身していた。

 部室の中で悪魔召喚の儀式をしていた。

 部員が一人ずついけにえに捧げられていく……。


「確かに厳しい指導はするけど、そんなおかしなオカルト要素はないよ」

 冷静な否定には、気のない「そうなんだー」という無責任な返事がかえってくる。

「大体、今回の文化祭の演劇部のコーナーに辻出先生はいないから」

「そうなの?」

「かわりに号田先生がいて、髪型を可愛くアレンジしてくれるんだ」


 この言葉にはみんな食いつきが良かった。

 気になる新人イケメン講師。二十五歳独身。授業は三年生のみの受け持ちで、職員室か朝礼でしか見ることの出来ないアイツ……。

 普通の女子中学生からするとそんなキャッチーなステータスの持ち主に早変わりできる貴重な人材を、有効活用していくしかない。


「髪型って、なんで? そういうの得意なの?」

「お父さんが床屋で、お母さんが美容室やってるとかでさ」

 スッキリと納得のいく理由に、女子たちはすっかり興味津々になってきているようだ。

「メイクして、ちょっと派手な衣装着て、コスプレっていうのかな。そんな感覚で記念写真撮って、最後にプレゼントするんだよ」

 おもしろそーう! なんて声が聞こえてきて、いい流れになった。

 と思いきや、水を差す者が現れる。

「メイクって? 誰がするの? もしかして藤田君?」


 鋭い指摘をしてきたのは、名前がなんだったか。

 残念ながら彼女のフルネームを、華恋は思い出せない。

 水を差す女子生徒は、ちょっと細すぎる眉の間に大きな皺を作っている。


「そうだけど」

「やだー。藤田君、顔がイマイチとか、眉毛の形が悪いとか文句ばっかり言ってくるんだもん」

 それに同意する者が何人かいて、そーだそーだと合唱をし始める。

「きっとおでこに変なマークかいたりしてくるんでしょ? ふざけたことされるにきまってるんだから、みんな行かない方がいいよ」


 華恋がくるりと振り返ると、良彦は男子の集まりの中でキャッキャと騒いでいた。

 今一番旬のアイドルは誰か、真剣に検討しているようだ。

 そんな隣の席のニクいあいつに聞こえないよう、少し抑えた声で華恋はクラスの女子たちに話した。


「確かに藤田はいつも失礼なことばっかり言ってくるし、ダメなものに容赦ないけど、メイクに関しては真剣にやってる」

「えー?」

「本当にー?」


 信じられないのも無理はない。はっきり言って自業自得というやつなのだろう。

 正直なのは美徳ではあるが、やはりそれなりの配慮もセットにすべきで、言い過ぎはどうしたって反感を買うと、華恋も思う。

 しかしこんな反応があるのではないかとちゃんと事前に考えていて、同じ部活の仲間の名誉を挽回するために、意を決して持っていたクリアファイルから秘密兵器を取り出した。


「これ」


 華恋が取り出したものに、女子生徒たちの注目が集まる。

「これ、なに?」

「私……、の写真」


 クリスマスガール・パーフェクトバージョン。

 良彦、よう子、礼音、号田の力を結集して作り上げた、幻の少女の写真だ。

 出来たら出したくはなかった。恥ずかしいから。

 しかし、良彦の腕前は本物で、つまらないことで信じてもらえないのはあまりにも勿体無い。

 自分の背中を押してくれた少年へのせめてもの礼をしようと、華恋は昨日、礼音に写真を焼き増ししてもらっていた。


「これ、……美女井さんなの?」

「うん。演劇部で来月やる舞台用の衣装とメイク。髪は、号田先生がやってくれたんだ」


 メイクは本番ではちょっと、いやだいぶ違って毒々しいが、そこは伏せておく。

 写真が次々と女子たちの手に順番に渡っていく。

 全員がそのあまりの変身ぶりを確認し終わってから、揃いも揃って一斉にこう叫んだ。


「嘘でしょーーーーー!」


 感想は見事に全員一致で長さまで同じ。

 別人だ、信じられない、CGで修正したんだろうなんて全員が散々わめき終わった頃、休み時間終了のチャイムが響く。


「修正なんかしてないよ。これが本当なんだって、ぜひ文化祭で確認しに来て」


 ふんと最後に鼻から息を出して、締める。

 口をポカーンとあけているゆっちから写真を取り返すと、華恋は自分の席に戻った。


 昼休みになると、たくさんの女子生徒が弁当を持って華恋の席に集まってきた。

「ねえねえ、さっきの写真もう一回見せてよ」

 華恋はさりげなく、恥ずかしい気持ちは見せないように澄ました顔で、先頭の女子にホイと渡す。


「なんだミメイ、なにしてんの?」

「演劇部の宣伝」


 弁当のおかずにクリスマスガールの写真を見ながら、ハザマなんとかが箸をフリフリ質問してきた。

「ねえ、このメイクってホントに藤田君がやったの?」

「ああ、そうだぜ」


 しんじられな~い、と合唱が響く。

 女子がキャアキャア騒いでいるのが気になったのか、早々と弁当を食べ終わった男子も寄って来て何事か確認している。


「これ、美女井なの? 嘘だろ?」

「嘘じゃないし。このブレザーの下のナイスバディにみんな気がついてないだけだって!」

 良彦のセリフに、男子はどよどよし始める。

「言っただろ? ミメイの母ちゃんは美人だって。やっぱりなんだかんだ、その遺伝子は組み込まれてるんだよ。大体、中身もすげえいい奴なんだからな。素直な心で他人の親切を受け入れて……、サナギは美しい蝶になるんだ!」


 最後には椅子の上に立ち上がって、良彦はこう叫んだ。

 とんだお調子者のセリフの最後の部分に、さすがの華恋も照れている。


「山下のその冴えない顔も、ちょっと意地悪そうな(はざま)の顔も、来てくれたらステキ美少女に変身させちゃうぜ!」

 例に出された二人はムっとして、ひどいことを言うんじゃないと、周囲の女子が何人か抗議を始めている。


「そうは言うけど、この中に非の打ち所がない完璧な美男子とか美少女がいるのか?」


 この良彦の言葉に、返答はない。

 しかしまあ、なんでもかんでもハッキリ言うもんだと思いながら、華恋は黙って成り行きを見守っている。


「だからこそ、メイクアップとか、オシャレな衣装とか、イケてる髪型が必要なんだ! いや、ただ生きていくだけなら必要はないけど、そういうもので自分を変えて、変わった自分で自信をつけて、人生をもっともっと楽しめるようになるんだぜっ!」

 笑顔の演説に、全員が黙っている。黙って、それぞれになにか思っているようだ。

「そんな変身をエンジョイできる演劇部へぜひ足をお運びください!」

 いつの間にか、宣伝部長は良彦に交代してしまった。


「見ただろ? ミメイは変わったんだ。シーキャンチェンジ! そこのもっさい串田(くしだ)もユーキャンチェンジ! みんなみんな、アイキャンチェーンジ!」

 最終的にはほとんど全員が感心したらしく、惜しみない拍手が教室を包んでいる。

「さあみんな一緒に! アイキャンチェーンジ! アイキャンチェーンジ!」


 転校してきた次の日の屈辱の行進が再現される。

 なぜかはわからないが、全員嬉しそうに右手をブンブン上下に振って、華恋の周りをグルグル回った。もちろん「I Can Change」の大合唱つきで。


 昼休み終了のチャイムで楽しいマーチは終わり、朗らか過ぎる一年D組の面々は解散していった。

「なんで私の周りをまわるかな……」

「お前が自らチェンジの象徴になったからだろ?」


 良彦の楽しげな言葉に、華恋は呆れたものの笑顔を浮かべて、小さく、そうだね、なんて答えた。

  

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