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45 華恋の恩返し 2

「そうだ。そうだ、ミメイ。今度の日曜日一緒に出かけるぜ!」


 帰り際、良彦は突然笑顔でこう言い放った。

 優季とよう子のニヤニヤとした顔にクワっと剥いた歯を見せ付けて、華恋は腕組みをした姿勢で問いかける。

「一緒に?」

「なんだ今の威嚇は。ダメだぞ、どうどう」

「どこに行くわけ?」

 肩を叩く手をはたき落されても、良彦は笑顔のまま嬉しそうに答えている。

「ベリーペリー・モールだよ。この間一緒に買い物しにいったショッピングセンター」

「ああ。あそこでなにかあるの?」

「ダイアン・ジョーのメイクアップ公開講座!」


 良彦の笑みは通常よりも十割増しで輝いているが、残念なことに華恋にはちっとも心当たりがない。


「誰それ」

「くわーっ! お前、知らないの? 今をときめく超売れっ子メイクアップアーティスト。日本じゃトップクラスの化粧品メーカー、ドーリィガールハウスのメイク担当チームの元エースで、今じゃ独立して数多の女優から指名されてるっていうダイアン・ジョーを! 知らないってか!」


 エキサイテッド良彦の目は輝きを増し、手はぎゅっと握られていて、声もいつもよりも大きくよく通る。


「そのジョーがベリー・ペリー・モールに来るんだ! 申し込んで抽選で当たった幸運な二名が公開メイクアップしてもらえるっていうイベントをやるんだ!」

「それを見に行きたいの?」

「そうだ。もう、お前の名前で申し込んで当選したんだぞ! 感動だろ!」


 一方的にこう告げられた華恋の口は開いたが、声は出なかった。

 はー、とか、ほえー、とか、そんなセリフが出そうで出ずに終わる。

 一方通行のやりとりを繰り広げる二人の隣では、よう子が感心したように頷いている。


「すごいじゃない、よっしー。当選したなんて」

「やっぱり、ジョーも美女井なんて苗字の少女に興味津々なんだと思う」

 勝手に納得して喜びに浸る良彦に、言いたいことは色々とあった。

 その色々が心の中で生まれては消え、生まれては消え、最後に結局、華恋はこう答えた。


「わかった」


「やった! 俺は一番前からジョーのハイパーテクニックを見学させてもらうぜ! やったーやったー!」

 わーいわーいとバンザイして飛び跳ねる無邪気な少年に対し、その姉は困った顔だ。

「華恋ちゃん、ホントにいいの?」

「どうせ断っても無駄だろうから、いいよ」

「ごめんね、よしくんが勝手な真似して……」


 たまには年長者らしく振舞う優季に、いつものことだからいいよ、と華恋は答えている。

 最早この藤田イズムに逆らうすべはない。諦めもまた新たな運命への近道、なんて考えて、華恋はカレンダーに予定を書き込んでいった。


 へとへとの女子中学生の夜はすっかり早い。

 布団の中でぬくぬくとしているうちにあっという間に眠りが訪れて、目が覚めれば秋も深まった十一月下旬の朝。

 もう、だいぶ寒くなってきている。

 制服の上にセーターを着込んでリビングへ移動すると、プリティブラザーズが今日ももう既に朝食を取っていた。


「おはよー、ミメイ!」

 ご機嫌な良彦に、華恋はふっと笑って挨拶を返した。

「いやー、昨日は興奮してなかなか寝られなかった。ダイアン・ジョーに会えるかと思うと、もう文化祭なんかどうでもいいくらいウキウキする」

 誰も何も言ってないのに一人でここまでペラペラ話す辺り、良彦は本当に嬉しいようだ。

「良かったじゃん」

「いひひ」

 テンションマックスの弟に、優季もさすがに呆れているらしい。

「よしくん、嬉しいだろうけど勝手に応募するのはもうやめなよ。せめて事前に一言いわないとね」

「オッケーオッケー次は言う!」

 反省の色は皆無だが、そもそも最初から期待はしていない。

 華恋は文句はつけず、しばらく浮かれまくる良彦を観察し、浮かんできた疑問を投げかける。

「ダイアン・ジョーってどこの人?」

「日本人! 本名は安城(あんじょう)(だい)!」

「そのまんまじゃん」

「おっと、ジョーの悪口はNGだぜ」


 メイクアップアーティスト見習いは、ビシっと人差し指で華恋の鼻先をさす。

 

「オシャレしていかないとな。ジョーのメイクを受けたら、普段着じゃ顔と釣り合わなくなる!」


 ウキウキ以外のエッセンスが感じられないご機嫌な良彦と、華恋は揃って学校へ歩いて向かった。


 この日から演劇部は、三日後に迫った文化祭の準備に集中する予定になっている。

 当日にアワアワしなくていいように必要なものは揃え、すぐ出せるように配置していく。

 いつもはオフィスかとつっこみたくなるほど専用のテーブルで自分の作業に集中している部長と副部長もそれぞれ片づけをして、広いスペースで変身して記念写真を撮れるように室内を整えた。


「お客が来るかしらね」

 全員が一生懸命用意をしている中、よう子がポツリと呟く。

「ポスターも結構な枚数貼りましたよ。確かに、場所が奥まってて人が通りにくいでしょうけど」

「違うわ。場所の問題じゃない。演劇部がみんなにどう思われているかっていうプロブレムよ」


 この心配は今更すぎるのではないかと、華恋は思った。

 確かに、クラスメイトたちの反応を思い返すと、集客はあまり期待出来ないような気もしてくる。


「あれだ。ミメイが普段の自分の写真をプラカードにして持って、バッチリ変身した姿で宣伝してまわれば、ええ? これが本当に同一人物なの? しんじられなーい! って女子が山ほど来ると思う」

「やめてよ」

 まだ興奮冷めやらぬ様子の良彦の額に、華恋は容赦なく手刀をかます。

「ねえねえよう子さん、日曜日にミメイが着ていくオシャレな洋服用意できないかな。どう考えてもこいつのタンスの中は地味ーな服でぎゅうぎゅうな気がするんだ」

「例の、メイクのイベント用?」

「そうだよー。この冬のトレンドのキラキラメイクされてるのにグレーのパーカとかじゃ決まらないでしょ?」

「じゃああの衣装で行く?」

「それは困る!」


 あんな真っ赤なふんわりワンピででかけるなんてとんでもない。

 クリスマスもまだなのに浮かれ倒して、「あいつヤバくね?」の視線が集まりそうで恐ろしい。


「リメイクしてよ。リメイク。お得意のリメイク!」

「ちょっとよっしー、浮かれすぎよ。私だって好きでリメイクしてるんじゃないんだからね」

 珍しく眉をひそめてよう子が釘を刺す。

「ごめんごめん」


 叱られても良彦は笑顔のまま。

 このまま空でも飛びそうなほどの浮かれぶりはほほえましいくらいで、実際部屋の奥では可愛い男子中学生の様子にニヤつく男が一人いる。


「じゃあビューティ、私がコーディネートしてあげるわよ。別に黒い服しか持ってないわけじゃないんでしょ?」

「じゃあそれで!」

 間髪入れずに良彦が笑顔で答えて、勝手な連中だと、華恋は鼻をふんと鳴らした。


「へえ、ダイアン・ジョーにメイクしてもらえるの?」

「そうなんだよー」

 皆がせわしなく動く中、良彦は準備そっちのけで、今度は祐午に自慢をし始している。

「ちゃんと準備しないと、後で慌てるんじゃない?」

「準備なんてもうないって!」

 ヘラヘラとした笑顔にやれやれと振り返ると、礼音が小道具の手入れをしていた。

 テーブルの上にはステッキやら帽子やら、アクセサリ類が並べられている。

「可愛い」


 華恋が呟くと、副部長は照れくさそうに微笑んだ。

 その奥では、桐絵がぼんやりとどこか遠くを見ている。


「部長はなにしてるんですか?」

「次の台本の準備だ」


 十二月の公演用にはもう出来たので、その次の年度最後の放課後エンタテイメント用の脚本を考えているらしい。


「それが終わったらもうあと一回で俺たちは引退だな」

「そっか……」


 来年度の六月にまた放課後の舞台があって、それが終われば夏休み前に三年生は部活動を引退する。

「文化祭と来月の舞台で演劇部の印象を良くしないと。三人じゃ廃部になる」

 真ん中に真っ赤な石のはまっているハートのステッキを磨きながら、礼音が呟く。

「部員って、存続するには何人必要なんですか?」

「五人だ」


 魔将ツジーデの伝説が幅を利かせたままだと、部員は集まらないかもしれない。

 確かに文化祭と十二月の公演、ここは頑張りどころなのではないかと華恋は考えた。

 普通の部活動なら、当然努力するところだろうと思う。


「部長が書いたシナリオは、本当はたくさんあるんだ」

 ハートの真ん中の石を見つめながら、副部長は小さな声で話し続けている。

「普通の演劇部でやるような規模の、いい作品があるんだ。……無駄にならないように、部を存続させて欲しい」

 そのささやかな願いは、どうやら自分に向けられているようだった。

 華恋が思わず自分を指差して確認すると、礼音は大きく頷いた。

「頼んだ、ビューティ」

 

 どうやら華恋は本当に演劇部の良心になっていたようだ。

 礼音の呟きを聞いているのかいないのか、桐絵とよう子もなんとなく、微笑んだような表情をしていた。

 

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