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44 華恋の恩返し 1

「もっとだ! もっと描け!」


 鬼の辻出教諭に檄を飛ばされているのは、華恋ではなくて良彦の方だった。

 祐午が衣装に着替えているついたての手前で、舞台用のメイクに初挑戦している。いや、させられている。


「そんなんで目の位置がわかるか! もっとだ! 外に、グワっとやれっ!」

 ツキカゲ棒が振られ、さすがの良彦も少し縮こまったような体勢で華恋の顔にお絵かきを続けていた。

 少し離れたところで、大好きな少年が虐められている光景を号田が悲しげに見つめている。

「そうだそうだ。よし、その調子!」

 しょんぼりと手を動かし続ける良彦の顔を見ながら、今どんな顔にされているんだろうと華恋は考えた。


「うわっ」

 ついたてから出てきた祐午がもらした声に、続きはない。

 スマートな青いスーツを着た姿はとにかくかっこいいが、顔が強張っていた。


「そんなにすごい?」

「しかたがないよ」

 このセリフはかなり正直で、祐午の長所である素直さが如何なく発揮されている。


「よし、それでいい」

 ようやく鬼顧問が満足して、良彦の手が止まる。

 ツキカゲ棒が号田をつついて、次の指示を出した。

「写真に納めておくように」

「えっ?」

「もう明日からは文化祭の準備。その後は試験前で部活動はなし。間が空くから、忘れないように記録に残す! 基本だっ!」


 号田は速やかにカメラを構えてやってきて、真顔の華恋の写真を撮った。

 隣には良彦が眉毛を八の字にして、しょぼくれた様子で立っている。

「次は武川の分だな、藤田っ!」

 不満を声に出すと注意が飛ぶので、良彦は黙ったまま「うへえ」の表情を作って、ほんの少しだけ抵抗をしてみせた。


 椅子を祐午に譲って、鏡の前へ。

 メリハリが効きまくったド派手なメイクを施された自分の顔に華恋は噴き出して、大きな姿見を水玉だらけにしてしまった。


 鏡を拭き、コッテリしたメイクを落として部室へ戻ると、祐午も激しく凛々しい顔に変身させられていた。

 先ほど鏡の中で確認した自分はほとんどオバケといって差し支えないような毒々しさで、あんな顔を写真に収められたかと思うとなんだか妙に物悲しい気分になってしまいそうになる。

 華恋がちょっとだけ息をもらして顔を上げると、すぐ後ろに鬼が立っていた。


「美女井さん、舞台用のメイク、ビックリしたかしら?」


 メイクよりも、今久しぶりに会ったほんわか先生へのチェンジぶりに驚いて声が出ない。


「遠くからも表情が見えるように、思い切ってやらないといけないの。目の前で見たらビックリするわね」

「はあ」

 優しげな微笑に、華恋の脳裏にはてなマークが溢れていく。

「あの、辻出先生」

「明日からしばらく演技指導がないのよね。残念だわ。せっかくエンジンがかかってきたところなのに」


 寂しそうな横顔に、あれでまだ全開じゃないんかい! とツッコミたい。

 しかしいつ鬼に変身するのかわからないので、華恋はひっそりとその場を離れた。



「全然違ってた。ある程度予測はしてたけど、あんなにとはなあ」

 お茶碗からご飯をつまんだまま、良彦はため息をついている。

「本当ね。ビューティも正体をなくしていたもの。可愛く変身した時も跡形がなかったけど、舞台用だと違う方向で別人だった」

 よう子もうんうんと頷いている。

 ご飯をちゃんと全部飲み込んでから話したつもりだったようだが、米が一粒テーブルへダイブしてしまう。

「まあ、今日は走ったり発声練習が少なかった分ラクだったけど」


 メイクのために時間を割いたので、訓練タイムはその分減っていた。

 しかし気が滅入る話ばかりしていてはせっかくの夕食が台無しだ。

 少しは明るい話題を提供しようと、華恋はこの日の部活動について思いを馳せた。


「そうだ。祐午君の衣装、かっこよかったですね」

「ホント? 嬉しいわ、自信作だもの」

 中学生たちに笑顔が浮かんで、美女井家一同と優季もほっとしたような表情だ。

「ねえねえ、ユウゴ君って?」

「イケメンだよ」

 姉のフフンという効果音つきの返答に、正子は悔しげな様子を見せる。

「イケメン見たいよ。マーサも見たい!」

「マーサちゃんも文化祭に来たらいいんじゃないかしら? ぜひ変身しに来てちょうだい」

 よう子の誘いに、小学五年生の美少女は瞳はキラリンと輝く。

「いいの? 嬉しい! マーサ絶対行くよっ」

「マーサちゃんは学校生活はどうなの? 男子のお友達はできた?」

 良彦の質問に返事はなく、正子は絶妙な表情のまま固まってしまった。

「まだか」

「仕方ないね」

 まだまだ、周囲の出る杭を打つハンマー系女子の懐柔に忙しいのかもしれない。

「よっしーはいいけど、おねーちゃんに仕方ないなんて言われたくないよ」

「そーかいそーかい、そいつは済まなかった」

 妹のジェラシーを軽くはねつけると、華恋は残りのご飯を綺麗に食べてお茶をすすった。


「よう子さん、サンダーさんとはどうですか? お食事はうまくいった?」

 食後のプリンをすくいながら、気になっていた質問を投げかける。

 特訓しようとはいったものの、しっかりやったのは一回だけで、毎日来るのかと思いきや、よう子がやってくるのはせいぜい週に二回程度だった。

「ああ……、まあ、まあまあかしらね」

「まあまあって?」

「結局緊張しちゃって、あんまり食べれなくて。何回かお食事は一緒にしたんだけど、箸が進まなかったから。大失敗にはならなかったけどね」

「なるほど」

 失敗がないのはいいが、問題の解決には至っていない状態らしい。

「でも、失敗しないっていうのはいいんじゃない? 何回もやっていくうちに慣れてきて、自信もつくんじゃないかなあ」

 優季の笑顔に、よう子も微笑んでいる。

「ありがとう、優季」


 プリンの甘い口どけが、青春真っ盛りの中学生たちをほっとさせていく。

 明日からはしばらく地獄の特訓もない。

 安心感からか、ほんわかとした空気がリビングを包んでいった。


「明日は発声練習しなくていい」

 華恋が呟くと、良彦もニッコリ笑う。

「良かったな。俺もすっかり覚えちゃったよ、なくしたおもいでなみきみち、だっけ」

「桐絵も安心してたわよ。うるさくて集中できないって言ってたし」

 よう子の言葉に、ふっと思い出して、この際全部聞いとくかと華恋は口を開いた。

「そういえばよう子さん、前に部長は恋愛のシナリオしかかけないって言ってませんでした?」

「ええ。言ったわよ」

「例の賞を取った台本はタイトルからして、恋愛物じゃなさそうでしたけど」

 華恋の疑問に、よう子はふんふんと頷いている。

「そうよ。桐絵が恋愛物しかかけなくなったのは、今年に入ってからなの」

「そうなんですか?」

「恋でもしてるのかもね」


 意外な返答に、華恋と良彦は揃ってぽかーんとしてしまう。


「部長が恋って、全然想像つかないな。レオさんに?」

「違うんじゃないかしら。誰かはわからないけど、レオちゃんじゃないと思うわ」

 よう子の推測が正しいなら、あの振り向いてもらうための小さな努力は今のところ無駄なようだ。


 勝手な想像だが、部長はきっと恋愛関係に鈍い上に奥手。

 そんなことを考える華恋の向かいで、部長の親友は小さく唸るとこう漏らした。

「四月だったかしら。新学期に入ってから、猛烈に恋愛のシナリオを書き出したのよ」

 だけど趣味に走っておかしなものばっかりで、とよう子は話を続けている。


 今のヒントに、華恋の中にひとつの可能性が浮かび上がっていた。

 けれど、小粒な部活仲間の二人組に話したら無駄な展開が待っていそうな気がして、華恋は今の自分の考えを胸の奥にそっとしまった。

 

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