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43 夢の集う場所 3

「さしみをくいたきゃしょうゆさしー!」


 演劇部といえば発声練習。

 これをやらなきゃ始まらないとかで、なぜか号田まで一緒になって、七人は部室で大声をあげていた。


「たいまいはたいてツボかったー!」

 

 散々声を張り上げて、全員がぜえぜえ息切れし始めた頃、ようやく休憩が入った。

「脚本家に発声なんて関係あるのかしら……」

 水飲み場で桐絵が弱音を漏らしている。

 その向こうではもっと無関係な号田が、ぐったりした様子だ。

「本当ね……。衣装も関係ないと思うんだけど」

「でも声の通りが良くなるし、適度な運動は体にいいですよ!」

 祐午だけは元気はつらつな様子で、笑顔をこれでもかとピッカピッカ輝かせている。


「適度かな、だいぶ過剰に思えるけど」

 華恋も珍しく愚痴を吐いている。


 運動神経が良いわけでもないし、過去にスポーツに打ち込んだ経験もない。

 自分がいかに体力がないか思い知らされているところだ。


「よっしーは? よっしーも大変なのかな?」

「大変だよー。俺はメイクの練習だけしてたいのに」

 言葉とは裏腹に良彦はいつも通りの笑顔で、本当にキツイのかどうかはよくわからない。


「じゃあ、僕とビューティだけにするように先生に言おうか。文化祭の準備だってあるんだし。みんなやることがあるなら仕方ないからね」

 キラキラの笑顔から飛び出した発言に、華恋と礼音以外の顔がパアっと輝く。

 主演女優はもちろん、グッタリが加速してしまう。

「うへえ」

「ひでえ顔だ!」

 横でゲラゲラしだした良彦の頭を、華恋はすかさずスパーンと叩く。

「こらっ! 藤田君になにをする!」

 どさくさに紛れて良彦をひしと抱きしめた号田は、礼音によってアッサリと引き離された。


 その後悠々自適の普段の部活に戻った面々とは別れて、祐午と華恋による台本の読み合わせが行われた。

 初めての経験に戸惑う華恋に、容赦ない鬼教官から指導が入る。


 一方、祐午はさすが経験者であり、芝居を望む演劇人だった。

 時に悲しげに、時に微笑み、そして怒った顔で、自分に与えられたセリフを熱っぽく演じている。

 華恋の弱々しく情緒にかける声が間に入ってもペースを崩さないし、自分の役柄を掴もうと真剣な様子で指導に耳を傾けている。

 


 ようやく終了の時間が来て、初めてのことに心まで疲れきった状態で華恋は帰宅した。

「大丈夫かあ、ミメイ?」

「まあ……、多分」

 靴を脱いでリビングまで移動して、昨日同様ソファに倒れこんでいる。

「あらあら、どうしたの?」

「二日連続で鬼が出てね……」

 母が持ってきた水をぐいっと飲み干すと、ようやく生き返った気分になって、華恋は大きく息を吐き出し、天を仰いだ。


「ずっとこの生活が続くのかな」

 夕食前のダラダラタイムに、華恋は弱音を漏らしている。

 あんまり弱みを見せたい相手ではないはずの良彦に、深い深いため息をつきながら、呻くように話している。

「ああ。そうかもなあ」


 容赦のない肯定に力が抜けてしまう。

 一緒に演じるなんてうっかり承諾してしまったが、ここまで熱い指導が入るなんて想定外だった。

 あんな鬼が潜んでいると知ってたら受けなかったのに。

 しかしその場合祐午を悲しませたかもしれなくて、申し訳ない気持ちにもなっていた。

 でもこれから先、何回も公演があったら?

 耐えられるだろうか? 


 頭の中で思考がグルグルと回って、義務感と諦め、自分への叱咤や挑戦するすばらしさ、若者らしさと情けなさを混ぜ合わせた結果、なにがなんだかわからなくなって、華恋はソファにぐったり、ずるずると滑り落ちて、最終的にひどいがに股スタイルでため息を吐いた。


「祐午君、すっごく楽しそうだった。やっぱり、演技するの好きなんだね」


 自分の中の葛藤をなんとか誤魔化そうとして、最優秀キラキライケメン賞受賞の男子の話題を取り上げてみる。

 あんなに芝居に情熱を持っているなら、オーディションにこっそり推薦するのもアリかもしれないと、考えが変わってきていた。


「ホントだな。しかしさ、ミメイはマジで演劇部の救世主だったわけだ」

「え?」

「だってお前が来たおかげでユーゴとまりこ先生は芝居が出来るし、部長も台本を完成させられたし、よう子さんも衣装作りが楽しそうだし、俺もメイクの練習相手ができたんだぜ」


 能天気な他人事発言に、華恋は肩をすくめて答えた。


「ついでにゴーさんはスピリットと再会できたよね」

「そうだな」


 イヤミで言ったのに、良彦は楽しげに笑っている。

 変態につけ狙われるのは災難だが、割と常識をわきまえた変態なのでそこまで危険があるというわけではない、と解釈すればいいのだろうか。


「じゃあ、不破先輩にもなにかいいことしてあげないといけないかな」

 最後の力を振り絞って、華恋はこんな冗談を口にする。

「レオさんな。なんで演劇部にいるんだろう?」

「部長のことが好きなんだって、よう子さんが言ってたよ」

「えー! マジでえー?」


 これは予想外だったらしく、良彦は嬉しそうにぴょいーんと飛び上がって、ソファの上で一度バウンドした。


「部長のどこがいいんだろうな! っていうか二人の接点はどこなんだろう?」

「失礼だなあ。部長だって、ちょっと地味だけど、結構美人じゃない?」

「うーん。……まあ確かにそうか。あんまりそういう発想をさせる人じゃないから、深く考えたことがなかったなあ」

 良彦は可愛い顔を斜めにかしげて、桐絵の顔を思い出しているようだ。

「言われてみれば、確かに。整った顔してるか。でも、俺にメイクはさせてくれないよな」

「あんたの基準ってメイクさせるかどうかなの?」

 なんて言いつつ、なんの基準なのか、華恋にはわからない。

 意味不明な質問にも、良彦は余裕の笑顔を浮かべている。

「そうかも! ミメイはメイクのしがいがありそうだから、即座にロックオンしたぜ」


 なんじゃそりゃと小さく呟いたところで、夕食の用意が出来たと告げられる。

 成長期の二人は、散々体を動かしておなかがペコペコだ。

 黙ってひたすらご飯をかきこむ二人向かい側では、優季と正子がキャッキャと会話を交わしている。


「そういえばよう子ちゃん、サンダーさん()ではどうだったのかな?」

「どうだったんだろう。結局聞いてないね」

「そうだな。でも、あんまりしょんぼりしてないし、失敗はしなかったんじゃない?」

 父、修は登場人物の名前に疑問があるらしく、長女に向けてこんな質問を投げかける。

「サンダーさんって? よう子ちゃんは外国人と付き合ってるのかい?」

「あだなだよ」

 娘の簡潔な答えに続きはなくて、父はしょんぼりしたまま食事を続けた。


 この日も体が疲れきっていて、華恋は風呂につかるなり、「ああーっ!」とおっさんくさい声をあげた。

 熱いお湯が芯までしみて、ずっとこのままでいたい。けれどそうもいかないので、気力を振り絞り、サロン専売の高級シャンプーの試供品を使って髪を洗った。

 サラサラツルツルの髪が頬の横で輝きを放っている。進化した自分が鏡に映っていて、気力ゲージが少し回復していくように思えた。


 風呂から上がると、母が温かいココアを用意して待っている。

「ありがと」

「うん」

 座ってマグカップを両手で包んだ娘に、美奈子は優しい視線を向けた。

「華恋ちゃん、最近ほんとうに楽しそうね。こんなにキラキラしたお顔、初めて見た気がするわ」

「やめてよ」


 母の優しすぎる眼差しは中学一年生にとって、たまらなく恥ずかしい。

 「キラキラしたお顔」もあんまりなセンスで、素直にうんと言えずに華恋は顔をプイと横に向けた。


「ねえ華恋ちゃん。よっしー君とどうやって仲良くなったの?」

「ん?」

「転校した次の日に、クラスの子の家に行くって出かけたでしょ? あれってよっしー君のところだったんじゃなあい?」


 確かにそうだし、今ならそうだよと素直に白状できる。

 しかしどうやって二人が出会ったか話すのは無理だった。

 散々コケにされて、最後はクラスメイトにグルグルと囲まれて「ユーキャンチェンジ!」と合唱されたなんて。事実だけを並べてみたら、いじめとしか思えない。


「どうだったの?」

「秘密!」

 ちょっと乱暴にそう答えると、華恋は熱いココアをすすった。


 そして、思い出して笑ってしまった。


 あの男のポジティブ菌が笑い声に乗ってみんなに伝染したんだ。

 あんまりにも朗らかな笑い声だったおかげで、なんとなく拗ねた状態ながらも乗せられて藤田家に足を踏み入れることになった。

 そこからはなんだかジェットコースターに乗ったような勢いで、人生がごうごう音を立てて進んでいる。高いところへ、低いところへ順番に進んでいっている。


 景色がぐるぐると変わっていく、刺激的で愉快な学校生活。


「あははは」

 なんだかやけにおかしくて、ココアを持ったまま華恋は一人笑った。


 最初は驚いた顔で少し心配していた母も、楽しげにケラケラ声をあげている娘と一緒になって笑った。

 

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