42 夢の集う場所 2
食事を終えると、よう子も藤田姉弟も帰っていった。
良彦に口止めされてしまったのであれ以上の話をよう子から聞くことはできなかった。祐午が演劇部に入った理由や、礼音が鬼の秘密を知っていた理由まではハッキリわからない。ついでによう子が演劇部に入った理由もハッキリとはわからなかった。ただ単に、親友にくっついて入っただけなのか。
そんなことをベッドに寝転んで考えていたら、いつの間にか寝てしまっていたらしい。ドアを叩く音がして、華恋は目を覚ました。目覚ましをしかけるのも忘れていた。母の呼びかける声で慌てて起きて、学校へ行く準備をした。
「よ! おはよーミメイ。今日はなんかちょっと遅くないか?」
リビングへ降りると、近所のプリティブラザーズはもう食卓で朝ごはんを食べている。
「昨日は疲れたからかな。寝坊しちゃった」
「そうだよなー。いきなりあんなに走らされるとか、とんだ青春だよなあ」
俺も足がお疲れだよー、なんて声が聞こえる。
「走ったって? どうしたんだい?」
「ちょっと青春モードに突入したんだよね」
父の疑問に娘はこんな風に答えた。
今までの演劇部はきっとのんびりゆったり気ままなペースでやってきたに違いない。
桐絵もよう子もふうふう言いながら走っていた。
祐午は爽やかな笑顔で、礼音は寡黙でラクラクとした様子だったが。
二人で揃って家を出て、通学路を歩く。
「不破先輩もなんか、先生のこと知ってたみたいだけど」
「ああ、そうだな。レオさんはお兄さんがいるって話だから、聞いてたのかもしれないぞ」
確かに先生がまず最初に言った。お前の兄だな! と。
「しっかし先生すごかったな。てっきりほんわかキュートな女体育教師だって思ってたのに」
「男子はみんな好きそうだよね」
「ホントだよ。男子と先生変えて欲しいもんなあ」
「アンタが女子になって参加すれば?」
華恋がフフンと鼻で息を吐きながらそんなイヤミを言うと、さすがの良彦も参ったのか眉毛を八の字にして隣のブサ可愛クラスメイトを睨んだ。
「そういうこと言う?」
「お互いに浴びせてる暴言の比率、考えてみたら? 私の一言なんて可愛いもんでしょ」
「まあ俺の方が可愛いけどな!」
ムカムカしながら校門を通り抜ける。
比率は大体、二〇対一くらいではないか。
そう考えながら、華恋は教室へたどり着いた。
午前の授業が終わりキャラ弁を食べ終わる頃、教室の入り口に仲間の顔が現れた。
「よっしー、ビューティ!」
相変わらずキラキラとした何かを振りまきながら、爽やかカッコいい笑顔で祐午が入ってくる。
「うわあ、よっしー、随分大きいお弁当なんだね」
「これはミメイの父ちゃんのなんだ」
「え!? じゃあビューティのお父さん、おなかが空いちゃうんじゃないの?」
こんなイケてる顔でそんな可愛らしい心配をするのはやめておいたほうがいいな、と華恋は思った。
女子がうっかり母性本能をくすぐられてしまうだろうから。
「で、祐午君はどうしたの?」
「ああ。あのね、今日もまりこ先生がイケイケだと困るから、みんなジャージで行った方がいいかなって思うんだ」
隣で良彦が、うへえ、と舌を出している。
華恋も似たようなうんざりした顔になっている。
「中学校の部活動らしくなってきたよね! みんなで公演に向けて頑張ろう!!」
祐午の白い歯からはキラリとした粒子が出ていて、爽やかカッコいいオーラの発生源はどうやらここらしい。
「楽しそうだな、ユーゴ」
「勿論だよ。だってとうとう舞台が出来るんだよ。まりこ先生の指導を一度受けてみたかったんだ。僕は本当に嬉しい! ビューティのおかげだし、ビューティをつれてきてくれたよっしーのおかげだよ。本当にありがとう!」
キラキラオーラを放出し続けるイケメンの前で、二人で顔を見合わせていた。
喜ばしいが、めんどくさい。複雑な心境なのは同じなのだろう。
「祐午君は知ってたの? まりこ先生が演劇部に潜んだ鬼だったって」
「僕はね、ここの学園祭に来たことがあったんだ。近所のお姉さんが誘ってくれて、それで演劇部の舞台を見たんだよ」
とっても素晴らしい劇だった、と今度は目からもキラキラ粒子を放出させながら祐午は話し始めた。
いつもおしゃべりな良彦も、気圧されてしまったのか黙って聞いている。
「僕はまた演技をしたいんだ。だから今回、まりこ先生に指導してもらえるチャンスが来たのはすごい奇跡だと思ってる」
華恋の脳裏に、先日の寂しげな顔が思い出されてきた。
オーディションに応募しないのかと聞いた時、ただ黙って微笑んでいた祐午。
なにか、理由があるのだろうか。
「例のオーディションは? 受けないの?」
とたんに祐午から、キラキラ粒子の放出が止まる。
笑顔は在庫切れになってしまったのか、もうウェーブのかかった髪の毛以外のパーツが見えない。
「なにか悪いこと聞いたかな。ごめん」
あまりの様子の変わりように焦って謝ると、祐午はようやく顔を上げた。
「いや、いいんだよビューティ。……僕はね」
「うん」
「小さい頃、子役をやってたんだ。CMに出たり、ドラマに出たり、すごく楽しかった」
華恋は良彦と揃って、うんうんと頷いていく。
「だけどさ……、子役の仕事って大変なんだ。一度流行ると一気に忙しくなっちゃって、それで……僕の前にお母さんが参っちゃってね」
そこまで話すと、祐午は言葉を止めた。
しばらくじっと黙っていたかと思ったら、ぱっと笑顔を浮かべて二人にむけて大きく頷いた。
「ごめんごめん。そんな話はいいんだ。ビューティ、舞台頑張ろうね! まりこ先生に指導してもらったら、きっと素晴らしい仕上がりになるよ」
そう言い終わると、再びキラキラ粒子を出しながら手を振って教室を出て行ってしまった。
「そういうことだったんだ」
華恋が呟いて、良彦も小さく頷いている。
「お芝居やりたいんなら、芸能界に行きたいのかもしれないね」
「そうだなあ……」
良彦はカバンをとって、中からオシャレガール御用達の雑誌を取り出し、パラパラとめくる。
「あ、あったあった」
開いたページには、「Z-BOYグランプリ」の告知が掲載されていた。
「祐午君に受けてみたらって勧めるわけ?」
「あの様子だと、自分からは受けなさそうじゃないか? ほらここ、見てみ」
隣の机の上に広がった雑誌を覗き込む。
指が置かれたトゲトゲ状のふきだしの中にある文句に、華恋はなるほどと納得していた。
「自薦・他薦は問いませんってことだし、応募しちゃおうぜ!」
「いいのかなあ」
「俺たちもう中学生だぜ? いつまでもお母さんに遠慮してる年じゃないだろ」
応募に必要なものは、履歴書と写真。
写真は先日撮ったものがあるので、使えばいい。しかし、履歴書はどうだろう。
「過去の出演作品の一覧とか必要なんじゃないの?」
「そんなのインターネットで調べりゃどこかで見つかるだろ」
「ホントにいいのかなあ」
「いいんだよ。こういうのは、思い切ってやってみるに限るって」
いつものニコニコ顔に、いつもの勢い。
ほんとにいいのかいなと華恋は考える。
放課後、やむをえずジャージに着替えて部室へと向かうと、部室へと続く長い廊下の入り口に礼音の姿が見えた。
「あ、レオさん!」
良彦が笑顔で手を振ると、礼音もひょいと大きな右手をあげた。
身長差が三〇センチ以上の二人は、とても一歳しか違わないとは思えない。
まるでお父さんと小学生の息子だ。
「ねえねえ、レオさんのジャージのサイズっていくつなの?」
良彦がじゃれついているところに、こちらもちゃんとジャージ姿の号田が現れた。
よう子と桐絵、祐午もやってくる。
そして最後は鬼教官の登場だ。
昨日と同じく情熱的な赤いジャージ姿で、竹刀をぶらぶらと揺らしている。
他の体育会系の部活に参加している生徒がかつてない辻出教諭の姿にチラチラと視線を送りながら部室へ吸い込まれていく。
放課後のざわめきの中、ツキカゲ棒が床に振り下ろされ、大きな音を立てた。
「ようーし! 全員揃っているな!」
スパーンの響きで、全員直立、ビシっと背が伸びる。
ついでに、なんとなくそうしないとマズいという判断が働いて、一列に並んだ。
「番号!」
端にいた号田が慌てて、「いち!」と叫ぶ。
そこから順に七までのシャウトがテンポよく続いた。
「よし! まずは校庭一〇周行くぞ!」
桐絵の口から小さくため息が漏れる。
その小さな「はぁっ」に鬼教官から強烈な視線が送られ、全員追い立てられるように、勢いよく校庭へと飛び出していった。