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41 夢の集う場所 1

「まずはなにから話したらいいのかしらね」


 よう子は首をちょっと斜めにして目を閉じた。と思ったら、すぐにパチっと開いて逆方向へ首を傾げた。

「その前にあなたたち、桐絵の話、聞きたい?」

 てっきり勝手に語りだすかと思っていたのに、意外な配慮だ。

「まあせっかくですから、聞きますよ」

 隣でグダーっと座っている良彦へ目をやると、グダーっとしたままうんうん頷いている。

「藤田は部長との仲ってどうなの?」

「俺はいっつもうるさいって注意されるくらいの仲だよ。部活の中では一番接点がないなあ」


 この返答に、華恋はなるほど、と思う。

 メイクしますよー! オッケー頼むわ! みたいな仲には発展しそうにない組み合わせだ。


「桐絵の家は、ご両親がライターでね。年の離れたお姉さんもいるけど、やっぱり文筆業を目指して勉強中なの」

「へえ」

「小学校二年生の時に桐絵が風邪をひいて休んで、プリントを届けに行ったのが始まりだったわ。家に行ったはいいけど、ご両親は忙しいとかでずっと仕事部屋にこもっていて、桐絵は一人でポツンと寝てた。私が家に帰りたくないっていうのもあったけど、ごはんを用意してあげたりお世話してあげてから仲良くなったのよね」


 それ以来、よう子は桐絵の家によく遊びにいくようになった。

 両親の買った無駄なもの(がらくた)だけがあふれ返って散らかっている自分の家とは違って、本がズラリと並んで整然とした紺野家はとても美しくて知的な香りのする場所だった。

 桐絵は静かに本を読み、よう子もその隣で一緒になって気になる本を開く。

 紺野家には資料にするためかあらゆるジャンルの本が揃っていて、服飾やファッションの歴史なんてものもたくさん揃っていたらしい。その中でよう子にとって一番の発見は、古着のリメイク本だったという。


「私は誰かのお古ばっかり着ていて、それが本当にいやだったの。色あせていたり、擦り切れていたり、時代遅れだったり。桐絵の家で見た本の主人公は、みんな綺麗な服を着ていたから余計に不満になってきちゃって。だからそのリメイク本を見て、自分でやってみることにしたの」

「へえ……」

「桐絵のお姉さんが子供用のミシンを持っていてね。誕生日にもらったのに、興味がないとかでほったらかしだったから」


 よう子の家には誰かのお古が無駄かと思えるほど大量に置かれていたので、それを有効活用して、自分にあった洋服を少しずつ生み出していった。


 それ以来、よう子は桐絵の隣でミシンを動かし続ける日々を送った。

 桐絵の家は「食事の用意はしたからあとは勝手にやってくれ」という生活スタイルで家庭を運営していたので、どれだけ入り浸っていても文句を言われることもなかった。

 本を読んだり物語を書いている無口な桐絵を相手に、よう子はカタカタと針を動かしながら将来の夢や希望について語り続けた。


「そして五年生の時よ」

「なにがあったんですか?」

「前にもちょっと話したわよね。コンクールに入賞したって話」

「ああ……」


 嘘臭いと思っていた話だった。

 今回台本が完成して、実際に読んでみて、華恋は自分のこんな考えについて深く反省している。


「私はね、正直言って、桐絵の家に入り浸りすぎだし、読んだり書いたりしている横でペラペラしゃべり続けまくった挙句夜ご飯まで勝手にご一緒してる自分が迷惑なんじゃないかって思ってたのよ」

 遠い目をして語るよう子を、一体どんな顔で見てしまったのか。

「なあに、その目は。私だって一応常識くらいわきまえてるのよ」

「いや、もちろんわかってますよ」


 こちらにもちょっぴり、嘘じゃない? という視線を送ってしまっていたようだ。


「だからね、反省して、五年生になってからあんまり桐絵の家に行かないようにしていたの。でもやっぱり家にいるのはイヤだから、お兄様にくっついて遊びに行ったりしてたんだけどね」

「ちょうどその頃だよね、うちに初めて来たのって」


 良彦がにっこり笑う。

 計算してみると、よう子のお兄様と優季は中学二年生。

 中学二年の男子が女子の家に行くとなると、急にフォーリンラブのエッセンスを感じてしまう。

 ウワサの優季はまだ部屋にいるようだ。正子となにかしているのかもしれない。


「そうね。懐かしいわ、よっしー。底抜けに明るい姉弟がいたもんだって思ったものよ」

 よう子の笑顔に、良彦も微笑んでいる。

「よっしーの家はいつも子供が二人だけだったから、こっちも居心地が良かったのよね。そうしたら二学期にね、発表されたのよ」

「例のコンクールですか?」

「そう。私が顔を出さなくなった夏休み中に書き上げて送ってた、地元の新聞社主催の『小・中学生のドリームストーリー』っていうコンクール。桐絵が応募していた作品が銀賞を取ったの」

 それは新聞に掲載されて、朝礼で部長は表彰状なんかを受け取ったらしい。

「タイトルは、『彼女の夢の行進曲』っていうの。可愛い女の子が夢に向かって突き進む話よ。パワフルで楽しくて、痛快なお話だった」

 掲載された新聞のコピーが各クラスに配布され、よう子もそれに目を通した。


「驚いたわよ。私がペラペラ好き勝手に横で話していたのを元に書いたんだってすぐにわかった」


 美しい顔が上を向く。

 どこか遠くを見ているような、なんとなく涙をこらえているような様子で、華恋は少しだけ視線をずらした。


「嬉しかったわ。迷惑じゃなかったんだなって思ったし、あんなに素敵な話を作れる人が私の友達なんだって思ったら、誇らしくて」

「いい話ですね」

「私が図々しいところが残念だけどね」


 にっこりと笑顔を浮かべたよう子には、やっぱり、見とれてしまいそうになるくらいの美しさがあった。

 もしかしたら部長も、こんな綺麗な女の子が自分の友達だということがすごく嬉しいんじゃないかな、なんて華恋は思う。


「そしてその後よ」

 そういえば、なんの話をしていたのだろう。

 記憶をなるはやで巻き戻していって、華恋はようやく会話の最初の議題を思い出していた。


「部長が演劇部にガチで入ってる理由?」

 よう子が黙って頷く。

「まりこ先生が演劇部の顧問になって鬼の指導をし始めて、全国の中学生演劇コンクールに参加したんだけど、その時選んだ話が、桐絵の作品『彼女の夢の行進曲』だったのよ」

「はあー!」


 こんな繋がり方をするとは予想外で、華恋と良彦は同時に声を上げている。


「アレンジはしてあったらしいんだけど、本当に素晴らしい出来だったんですって。原作者だった桐絵は招待されて舞台を見に行ったの。帰ってから、どれだけ良かったかずっとずっと長い間語り続けたわ。あんなにしゃべっている桐絵を見たのは、あの時以外にまだないの」


 中学校に入ったら絶対に演劇部に入ると、桐絵は決めた。

 辻出教諭の元で素晴らしい脚本を書いて、舞台をやってもらおうと思っていた。


「入学してみたら、演劇部は廃部寸前だったんだけどね」

「コンクールの結果は?」

「全国三位。すごいでしょ」

 ではあの鬼教官ぶりは、伊達ではない、ということなのだろう。

「すごいですね」


 少女二人の友情と演劇部の秘密が語られたところで、夕食ができあがった。

 そこに、優季と正子が笑顔で手をつないで現れる。


「お帰りー。……どうしたの、みんな、なんか疲れてるみたいだけど」

「ちょっと、鬼が出たもんで」

「よう子さん、髪型が乱れてるよ!」

「あら大変。ちょっと直してくるわね」


 華恋が立ち上がって食卓につこうとすると、後ろから背中をつつかれた。

 振り返ると、良彦が手招きしている。なんだなんだと廊下に移動すると、珍しく小さな声でこう打ち明けられた。


「演劇部の話、姉ちゃんには振らないでくれ」

「なんで?」

「まりこ先生がブイブイ言わせてた頃って、ちょうど姉ちゃんが病気になった頃の話なんだ。だからあんまり知らないだろうし、一番最初の頃の話は思い出すとちょっとしんどいからさ」

 真剣な顔でちょっと眉をひそめているクラスメイトに、華恋も真剣な顔で頷いた。

「わかった」

「サンキュー」

 可愛い顔が、ニッコリ笑う。

「やっぱお前の真剣な顔、ちょっと面白いな!」

 このいい雰囲気の中で飛び出した無礼な発言に、華恋は迷わず、鋭く突っ込む。

「やかましいわ!」

「安心しろよ、最近じゃ俺の中ではお前、ブサ可愛いに昇格してるんだからな!」

「それはどうもありがとうございます」


 思いっきり棒読みで答えると、良彦はいつも通り、大声でゲラゲラと笑った。

 

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