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40 福は内、鬼も内 3

 いつものように並んでキャラ弁をたいらげ、午後の授業を終えて、華恋たちは部室へ向かう。

 すると演劇部のドアの前で、意外な人物が待ち受けていた。


「あれ、まりこ先生」

 良彦の声に、可愛い顔がくるりと振り返る。

「藤田君、美女井さん。こんにちは」

 辻出教諭がドアにささっていた鍵をカチャリと回して、三人で部室の中へ入っていく。

「どうかしら。文化祭の準備は進んでる?」

「大体必要なものも揃ったし、あとは宣伝用に何か作ろうかってくらいです」

「そう。みんな偉いわね。しっかりやってて」


 キュートな微笑みを浮かべた体育教師は、うんうんと頷くとまず、室内の中央部分にあった机を押して、奥に移動させた。

 礼音の使っているスペースにぶつかったところでそれをとめると、もう一つも奥に押していく。

 それはいつも桐絵が使っているスペースにゴンとぶつかって、真ん中に大きな空間ができあがった。


「これでよしと」

 広いスペースは確保できたが、やり方が乱暴だ。部長と副部長のいつものエリアに侵入する経路がすっかり潰されているし、ペン立てが一つ倒れて中身が散らばってしまった。


「文化祭で使う大道具は? もう決まってるのかしら」

 それを確認しにきたのだろうか。

 急にやる気の出た顧問の先生の笑顔は清々しく屈託のない様子で、質問には良彦が答えた。

「確か二種類用意するって言ってたよ」

「そう。どれかはわかる?」


 よう子と礼音が書いた企画書の他に、細かい必要なアイテムを書き出したメモがあったはずだと、可愛い少年は部長のテリトリを捜索し始めている。


「お、辻出先生」

 四番目に現れたのは、副顧問の号田だ。

「あら号田先生。熱心ですね」

「ええ、まあ」


 返事がうわのそらだった理由は、変態副顧問の視線の先にある、アイテムメモを探している男子生徒のお尻の部分、なの……かもしれない。


「藤田、私も探すよ!」

 狙われた可愛い男子中学生の姿を隠すように、華恋もここにはないとわかっているエリアの探索を開始した。おそらく自分の尻なら見ないはずだと考えながら。

「なにを探してるんだ」

「なんでもありませーん!」

 二人でゴソゴソしているうちに、後ろから他の部員がやってきたらしく声が聞こえた。


 みんな、第一声は同じだ。


「まりこ先生」


 メモは無事に見つかって、部室には六人の部員が一列に並んでいた。

 祐午は目をキラキラさせて、華恋と良彦はちょっと様子を伺うように、そして二年生の三人組は少し緊張した面持ちで。


「お昼休みに見せてもらった台本、素晴らしかったわ。こんな日をずっと待っていたの。やっと演劇部の顧問として活躍できるなって」

 熱く語る辻出教諭の手には、再構成の終わった台本のコピーらしきものが握られている。

 それをブンブン振り回しながら、演劇部顧問の話は続く。

「まだ文化祭が先にあるから、そっちの準備がしっかり終わってからの方がいいかしらね?」

「それは大体終わってます」

 桐絵が速やかに答えると、顧問の教師もさっと応じた。

「そう。じゃあ、始めましょうか!」

「はい?」


 急展開に唖然としている華恋にはまったく構わず、辻出教諭から一人一人に台本が配られていく。


「演じるのは、武川君と美女井さんの二人ね」

 横で隠れてニヤニヤとスピリット見学をしていた号田にも、ちゃんと一冊手渡されている。

「これは十分くらいの短いお芝居だから、衣装もメイクも小道具も劇中には仕事がない。だから、舞台の間その他のこともしてもらうわよー」


 全員の手に台本が渡ると演劇部顧問はスタスタと部屋の奥に歩いていき、棚の中からなにかを取り出し、それを持つとしばらくじっと立ち止まった。


「あの、これはどういう……」

「シッ!」

 よう子の細くしなやかな指が唇に当てられ、とにかく今は黙っていろというメッセージを伝えてくる。


 仕方なく、華恋は再び、真っ赤なジャージを着ている辻出教諭の後姿を見つめた。

 棚から出したなにか。

 じっと見つめているようだ。

 後姿の向こう側にチラチラと見えるそのなにかが、華恋には竹刀にしか見えない。


「竹刀持ってない?」

 華恋がそっと良彦に囁くと、返事はその向こうの礼音からした。

「ツキカゲ棒だ……!」


 低く小さな声にくるりと振り返った辻出教諭の顔はいつも通りのキュートなものだった。

 しかし、瞳に宿った光は少し違う。

 そう思ったのは間違いではなくて、その証拠にこんなセリフが飛び出してきた。


「そうか。去年卒業した不破大牙(たいが)……。お前の兄だな?」

 その凶悪な雰囲気への華恋の感想は「えーっ」の三文字に凝縮される。

「返事は!」

「その通りです!」

「お前は大道具の配置および撤収だ! そのデカい体は伊達じゃないところを見せろ、いいな!」

「はい!」


 いつものほんわかぱっぱはどこへやら、急に体育会系を通り越して軍隊のようなバリバリ感に、部室内の空気が一変していた。


「紺野は舞台袖で備えろ! なにせ素人がやるんだからな。セリフ忘れなどに備えて、いつでもヘルプが出せるように準備をしろ!」

「はい!」

 部員の前をゆっくりと歩き、辻出教諭は竹刀をパンパンと軽く自分の右肩に当てながら話を続けている。

「藤田! お前は照明だ! やれるかっ!」

「えーと、はい!」

「えーとはいらない!」

 竹刀がビシっと前へ出てきて、起きた風がブカブカの学ランを揺らす。

「北島! お前は前説!」

「はいっ」

「号田、お前は幕を開けて最後に閉めろっ!」

「はいっ!」

 変態副顧問の声は裏返ってしまっている。

 のんきで楽しいスピリットと一緒の放課後部活ライフをエンジョイしようと中学校に入り込んだというのに、いきなりこんなサプライズが待っていたなんて予想外だっただろう。


「武川と美女井は今から発声練習だ! いくぞっ、あめだまあかいなあんずあじー!」

 もちろんこのあまりに唐突な練習のスタートに華恋がついていけるわけがなかった。

 祐午は平気な顔で、これが当然とばかりに、豹変した辻出教諭に続けて声をあげている。

「ミメーイ!」


 竹刀が鋭い音を立てて、空を切った。

 その風圧でスカートが揺れる。

 噂は本当だった。演劇部には、鬼がいた。


「すいませんっ!!」

「からあげあげたきゃかたくりこー!」

「からあげあげたきゃかたくりこー?」

「疑問系ではないっ!」

 またまたツキカゲ棒が勢いよく振られて、とんだ恐怖体験に華恋の声も裏返ってしまう。

「すいませんっ!」


 演劇部にいきなり訪れた修羅の時間はこの後も夕暮れまでたっぷりと続き、演じるのとは関係ない部員も副顧問も、最後はなぜかグラウンドの端を制服姿のまま長々と走らされることになった。



 帰宅の時間になり、本日はどうしても来ていただきたいとよう子の手を引っ張って、フラフラの華恋は良彦ととも帰宅した。


 家に入るなりソファにぐったりと倒れこむ三人に、母、美奈子は驚いた様子で水を用意し、持ってきてくれた。

「どうしちゃったの華恋ちゃん、そんなに疲れて」

「いや、ちょっと、なんか超展開があって……」

 それだけ答えると出された水を一気に飲み干して、華恋は最後に大きく息を吐いた。

「よう子さんは知ってたんですか? なんなんですか、あれ」

「演劇の鬼よ……」


 もうこれ以上おかしなキャラは出てこないだろうと思っていたのに。

 あんな隠し玉が控えていたとは本当に恐れ入ったと、華恋は顔をしかめている。


「藤田は知らなかったの?」

「いやー、俺は知らなかったなあ。まりこ先生、なにかあるんじゃないかとは思ってたんだけど」


 良彦も水を一気に飲み干して、ため息をついていた。

 いつもはふわふわの髪が汗でぺったりと額にくっついている。

 よう子もいつもキレイにセットしてある髪が少し乱れて、頭が妙にボリュームアップした状態で肩をすくめていた。


「まりこ先生はね、三年前にうちの学校に来たらしいわ。その時、まだ教師になって二年目で若くて、あの通り可愛らしいからすぐに生徒の人気者になったの。で、本人がどうしてもって言って演劇部の顧問になって、そのせいですっごく部員が集まったんですって」

「でもあの通りだったと?」

「そうよ。演劇の指導となると熱が入っちゃうらしくて。本人も学生時代は演劇部でブイブイ言わせてたらしいわ」


 「ブイブイ言わせる」の使い方が間違っているのではないかなと、華恋は疲れた頭で考える。

 しかしあんまりにもヘトヘトで、先輩に突っ込む気力は残っていない。


「あんまりにも指導がホットすぎて、辞める部員が続出したの。だけど何人かは残って、あれに耐えた挙句全国コンクールで入賞した」

「へえ」

「だけどそのあまりの豹変っぷりの方がインパクトが強くってね。ウワサが広まって、最終的に学園の恐怖の生ける伝説になったとかで、それで去年、残ってた三年生が引退したあと、演劇をやりたいって子は来なくなっちゃったの」


 それで辻出教諭はやる気が出なくなり、部室には来なかった、ということなのだろうか。

 あとはみんなやりたい放題で、祐午だけがその日が来るのを待ち望んでいたという形で演劇部は細々と続いていた……。

 みんなロクでもないなと華恋は思ったものの、この状況でも喜べる部員がいるのだな、と考えて、先輩へ次の質問を投げかけた。


「なるほど。じゃあ祐午君だけはマジなんですね」

「いいえ、桐絵もマジでガチよ」


 よう子が微笑んで言った言葉に、華恋と良彦は思わず、顔を見合わせてしまった。

 

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