04 ヤツの名は藤田良彦 3
画面には、とあるブログが表示されている。
~よっしー♪のメイクテクニック みんなでモテちゃぉっ!!~
見ただけで頭が悪くなってしまいそうな丸文字のロゴに、ムカムカしてしまう。
華恋は少しイラつきながら、隣でマウスを動かす良彦に質問をした。
「これ、あんたのブログ?」
「そうだよ」
画面がスクロールされていって、写真が掲載されているのが見えてくる。
……めちゃめちゃ可愛い。
それはそれは可愛らしいショートカットの女の子の画像が、何枚も並んでいる。
記事の部分には、どんなアイテムを使って、どういうところに気をつけてメイクをしたのか、テーマはなんなのかがしっかりとかかれていた。
「この子のメイクをあんたがしたの?」
「うん。まあ、そうだな」
見くびっていたらしい、と華恋は思った。
写真もプロが撮ったみたいにキレイで、イメージもテーマに沿っている。
「春の花の目覚め」とか、「夏のちいさな冒険」とか、こっぱずかしいタイトルが並んではいるが、それにイラつく前に女の子の完成度の高さに目を奪われていた。
普段オシャレだのメイクアップだの読者モデルだのカリスマ美容師だのにまったく興味のない華恋にでも、その美しさが特別だとわかる。
ふんわりと何層にも重ねられたスカートも、頭につけられたウサ耳風のバンダナも、派手な色のサングラスも、「女の子を特別に可愛く見せるたまらないオシャレアイテム」だと勘違いさせてしまう力があった。
「もしかしてビックリした? あまりの出来のよさに」
「……まあね」
悔しいが認めざるを得ない。
十二か十三歳の男子中学生が、こんな風に女の子にメイクをするということ自体が想像の範囲外だった。
どうせふざけてやっているんだろうという勝手な自分の考えを反省して、華恋は良彦の方を向いた。
「ごめん。真剣だったんだね」
良彦は少し驚いた顔をして、そしてまたニカっと笑った。
「ミメイ、お前いいやつだなー!」
「えっ?」
「俺がメイクに興味あるって言ったら、みんな『気持ち悪~い』って言ってドン引きだったんだぜ? そんな風に言ってくれるなんて嬉しいよ」
大きな瞳が、笑ったせいで細くなる。
大きな口が元気そうに開いて、そのとびっきりの笑顔につられて華恋も少し笑った。
「お前もてっきり、『気持ちわりいな、このオカマ野郎!』とかアメリカの学園ドラマの不良みたいに罵ってくるかと思ったのに」
そんな余計なことは言わなければいいのに。
すっかり気持ちの温度が下がって、華恋の顔からは笑顔が消えた。
しばらく良彦のメイクテクニックブログを見させてもらう。
よく見たら、アクセス数も半端ない数字で、記事ごとのコメント数も数百は必ずついているという盛況ぶりだった。
「コーラでいいか?」
良彦が台所から戻ってきて、お客の返事はお構いなしにコーラ入りのコップを二つ、机の上に並べていく。
「あのさ……」
「ん?」
この隣の席のニクいヤツをどう呼んだものか、華恋は一瞬悩んだ。
「この子誰なの? すごく可愛いじゃん。この子がいれば、他にモデルなんか必要なくない?」
良彦の眉間に、急に力が入る。
「……どうかした?」
「その子はもう引退なんだ。もう、頼めない」
急に苦い顔になった理由を、華恋は考える。
もしかして、別れた彼女だったりとか。
この年代で同級生くらいの男にメイクさせてくれなんて頼まれて、快諾する女の子なんてあまりいるとは思えない。
「引退ねえ」
ブログに目をやると、最終更新日は三ヶ月前になっていた。
やめるとも書かれていないし、休止のお知らせなどもない。コメント欄には安否を気遣う単語がチラチラと見えた。
「もうそのブログはやめるつもりなんだ。ちょっと勿体無いけど、続けられないからさ」
「そうなの?」
「アフィリエイトで随分稼がせてもらってるから、残しておきたいんだけどね。でもさ、お前にモデル頼んだとして、メイク前の顔の写真載せられたらイヤだろ?」
「イヤに決まってる!」
そんな計画だったのかと、華恋は焦った。
この美少女の次に自分の顔が載ったら、読者のガッカリ感はとてつもなく大きくなるだろう。
とばっちりに謂れのない非難を浴びる可能性も無限大だと思われた。
「メイクテクニック講座なんだからさ、メイク前とメイク後、あと途中だよな、そういう写真があったらって思ったんだけど」
「それはちょっと」
「そうだよな。最初はまあいいかって思ってたんだけど、お前案外いいやつみたいだから、そんなさらし首の刑みたいな真似をするのはちょっと悪いかなって。だから、ブログはもういいんだ」
「オマエなあ……」
華恋は呆れを全開にして、良彦を睨む。
可愛い子犬系男子はそれに構わず、腕組みなんかをして話し続けた。
「それより、メイクアップアーティストって他人にメイクする仕事だろ? だったら、ちゃんと誰か女の子にメイクするようにしないといけないかなって。そうやってレベルアップしていかないといけないと思ってさ。腕磨きのためにモデルとして協力して欲しいんだ」
「え?」
「クラスの子に何人か声かけたんだけどさ、大抵のやつがちゃんと自分なりにいろいろやってるらしくて、それにケチつけられるのはイヤだって言うんだよね。その点、お前ならそういう心配ないと思って。顔に手、入れたことないだろ? 俺、そのぶっとい眉毛が昨日から気になって気になってしょーがないんだよ」
眉毛の話にとてつもなくイラっとさせられたが、華恋はその前のセリフが気になって仕方がない。
「なに、他人にメイクするって」
「は? そのまんまだけど。メイクアップの仕事は、基本他人にやるもんだろ」
「ブログの写真の子にしてたんじゃないの?」
良彦の口がまあるく開いて、しまった、の表情を作った。
他人に、女の子にメイクをしたことがないのなら……?
「あれ、もしかしてアンタだったの……!?」
華恋の言葉に、良彦の表情がみるみる変わっていく。
その困った顔を見れば、自分の指摘が正解なのだと確信できた。
「信じられない」
職業欄に「森の妖精」とかいてあっても、この子なら許せる、とまで思った自分が恥ずかしい。
しかし、恥ずかしさは華恋よりも良彦の方がずっと上だったらしく、可愛らしい中学生男子の顔は真っ赤になっていった。
「やっぱ、ドン引きだよなあ……」
良彦の声は小さい。
眉毛を八の字にして、赤くなった頬を手で撫でている。
しかし、すぐにその手をぱっと降ろすと笑顔でキメた。
「いや、違うな。さっきうっかり言わなかったら、ミメイはあれが俺だって気がつかなかったんだ! すごいじゃないか、俺のメイクテク!」
すごいのは、こんな短時間で立ち直れる未曾有のポジティブさの方じゃないのかと華恋は思った。
「というわけでどうだろう。この素晴らしいテクニシャンのメイクのモデル、引き受けてくれないか?」
目の前の明るい笑顔。
いつもどおりに元気そうに笑っている顔と、ブログの中の、儚げな森の妖精。
わかっていれば面影を感じられなくもないが、知らなければ同一人物だとはわからないだろう。
そんな技術があったら、自分も変われる?
怪しいブローカーに偽装結婚を頼む必要がなくなるかな。
華恋は顔を上げて、目の前で微笑む良彦に向かって問いかけた。
「あんな風に、可愛くなれるのかな」
「それは無理だろうけど、そこそこ見られるくらいには変われると思うぜ!」
明るくそう言い放った顔の右側の頬にパンチを入れて、華恋は引っ越してから三日目のピカピカの美女井家へと帰っていった。