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39 福は内、鬼も内 2

「ビューティはお芝居は初めてでしょ? だから、なるべくセリフが少なくて、動きも必要ないけどすごく印象に残るシーンを抜粋して、再構成してもらうことにしたんだ」


 いつもかっこいいとは思っていたが、本日の祐午にはそれに生き生きとしたポジティブなオーラが加わっていて、魅力が普段の三倍くらいになっているんじゃないかな、と華恋は考えている。


「お話自体が幻想的な雰囲気だったから、一番の見せ場の部分だけでも舞台としては成立すると思うんだよね。部長が一生懸命考えて書いてくれた台本だし、全体の流れもすごくいいけど全部っていうのはちょっと無理だからそれはいつかどこかで活用してもらうとして、今回はここだけでいこうってシーンをセレクトしたよ」


 嬉しそうに、このセリフが一番の見せ場だよ、とか、これはこういう設定だけど、細かい説明なしに観客には感じてもらおうとか。

 祐午はマシンガンのように話し続けている。


「ユーゴ、ノリノリだな!」

「もちろんだよ!」

 嬉しそうにニコニコと見つめ合う一年生男子の隣で、よう子と礼音は揃って厳しい表情を浮かべていた。

「あの……?」

 後ろでは桐絵が本番用の台本を構成し直していて、机に鉛筆が当たるカツカツという音が響いている。

「ビューティ、あなたなら大丈夫。きっとやれるわ」

 妙に真剣な顔のよう子に、不安を覚える。

「ビューティ、大丈夫だ。みんなで支える」

 重々しい礼音の言葉に、更に心配になってくる。

「なんなんですか」

「あなたはこの部に関して、疑問に思っていることってないかしら?」


 質問に対して質問で返すのはズルい気がするが、その影にはズバリと言いにくい真実が隠されているのではないかと華恋は考えた。


「あります」

 確かに気になることが、二つばかりあった。

「なんで扱いが変なのかなって」

「演劇部の扱いがってことよね」

「ええ」


 風巻教諭もクラスメイトも、演劇部だというだけで妙な反応をしていた。

 それはただ単に部員が変人ばっかりで構成されているからかと思っていたが、考えてみればそれはおかしい。

 今までの活動内容からすると、部に属してない人間が内情を知る機会はなさそうだし、みんながそれぞれの分野にのめりこんでいるだけでそこまで色物扱いされるのは納得がいかない。


「あと、まりこ先生です。なんで全然来ないのかなって」

「そこよ」

 よう子が大きく頷く。

「その二つの原因は、同じだ」

 礼音も大きく頷いた。

「同じ?」

「すぐにわかるわ」


 先輩二人はなにをもったいぶっているのか、それ以上教えてくれなかった。

 ちょうど部活動の時間は終了であり、桐絵の再構成した台本も完成していないので、続きはまた明日になる。


 全員が非情にも支度を終えてさっさと部屋を出ていったので、華恋はしかたなくぐうぐう寝ている号田を起こしてやった。



 本日の美女井家の夕食のメンバーは六人。

 今日はサンダーママの手芸教室がある日らしく、よう子はごきげんようとお迎えのオープンカーに乗って華麗に去っていった。


「藤田は演劇部の秘密、知ってるの?」

「なんだ、秘密って」

「色物扱いされている秘密だよ」

 おかずのトンカツにソースをかけながら、良彦は可愛い顔を斜めに傾けた。

「うーん。なんか噂は聞いたけどなあ」

「どんな?」

「演劇部には鬼が出るってさ」


 思いがけないしょうもなさに、華恋の顔に力が入る。


「なにそれ」

「知らないよ。面白そうじゃんと思って見に行ったら、別に鬼なんか出てこないし、実際面白い人ばっかりだったから入部したんだ」

「よう子さんに誘われたとかじゃないの?」

「それもあったよ。だけど演技なんかする気はなかったから」


 良彦も自分と同じく、「芝居なんかしない」の部分が好都合で入ったようだ。

 しかし来月、華恋は初舞台を迎えなくてはならないらしい。

 入部の際の説明とは違うが、詐欺事件として立件できないだろうか。


「まりこ先生が来ないのも、同じ理由だって言ってたけど」

「先生が来ないのは、自分は必要ないからって言ってたのを聞いたことはあるな」


 確かに全員が全員、好き勝手やっているだけのあの演劇部には監督は必要ないかもしれない。

 しかし中学生に監督のいない場所で好き勝手やらせるなんて、どう考えても無責任な話である。

 良彦はこの話にさほど興味がなかったようで、話題は次のものに移っていった。


「よう子さん、今日ご飯食べるかな、サンダーさん家で」

「そうだね。よう子ちゃん、特訓の成果が出るかなあ」

「特訓たって一日しかやってないし」

 友人を思いやる美しい藤田姉弟に、華恋は容赦なくツッコんでいく。

「そうだよねえ。さすがに一日じゃ無理かなあ」


 優季はうーんと首をかしげている。

 弟同様の可愛い顔は、また少しスリムになったように見えた。


「ゆうちゃん、またほっぺが小さくなった?」

「髪が伸びたからじゃないかな。それでちょっと隠れてるから。でもね、この調子でいけば来週からまた薬がちょっと減るんだ」


 じわじわとその量を減らしていっているほっぺをぽんぽんに膨らませている薬は、信じられないほど苦いらしかった。

 確かに真横で白い粉薬の袋を開けられると、そのにおいだけでもう口の中が苦く感じられるくらいの凶悪さだ。


「それよりも華恋ちゃん。なんで今日は髪がそんなにふわふわしてるの?」

「ああ、これは……」


 どうやら誰かが指摘するのを待っていたらしく、美女井家の三人も身をずいっと乗り出してきた。


「可愛いよね、カールしてて。キラキラしてるし。誰かがやってくれたの?」

「うん、まあ、えーと」


 果たして、学校の先生がモグリの理容師で、部活で華麗に変身するためにやってくれたとぶっちゃけていいものだろうか。

 そういえば今日はみんなが色々夢中になっている隙に、随分な枚数良彦の写真を撮っていた気がする。

 やはり変態度が高すぎて、号田の話題は団欒の場には出せない。


 だが、隣からはかなり鋭い視線を感じる。正子だ。


「マーサのよりキレイに巻いてあるよ……?」


 妹もクルクルと髪を巻いている。

 この辺りでくるくるツインテールの美少女といえばマーサ。

 それが彼女のトレードマークであり、まさか姉に被ってこられるとは思っていなかったようで、なんだか不機嫌そうな様子だ。


「得意な人がいるんだよ。髪がサラサラになったから、やってみたって話」

 一応嘘はない、どうとでも取れる説明をしてみるが、通用したかはわからない。

「すごいわね、華恋ちゃん。ここに来てから、本当にガラっと変わっちゃって」

 母はなんだかうるうるした様子だ。

「お友達もできたってことでしょう? 引っ越してきて良かったわ! 将来子供を育てるなら、華恋ちゃんも正子ちゃんもこの辺りにするといいわ! きっといい人がいっぱいいる地域だから!」

「お父さんに家、紹介してもらえばいいしな!」

 エプロンで顔を押さえる母の言葉に、良彦が明るく答えて、父もあははと楽しげに笑った。


 夜になってから華恋は部屋に戻り、アンソニーの電源を入れた。

 先日書いたポジティブ風味の日記に特にコメントがないことを確認する。

 しかし、コメントはつけるほどじゃないけどこれを押しておけば相手を元気付けられる機能である「やったね!」ボタンは五回ほど押されていた。


 確認を終えて、先日お気に入りにいれた「十六四」のブログをのぞいてみた。

 前回見たエレガントなケーキセットの画像はなく、文字ばかりの記事が一番上に来ている。


 そろそろ進路を決めなくてはいけないという悩みが、つらつらと書かれていた。

 自分がどうすべきか、家族の期待を取るのか、自分の夢を取るのか、どちらがいいのだろうか? 

 決めなくてはいけないのがつらい。そんな若者らしい苦悩が綴られていた。


 そんな記事に対するコメントはない。

 噂のケーキセットの話にはどうでもいいコメントがやたらとつくのに、深刻な悩みには誰も意見を言わないようだ。


 今回もそうだと確認して、華恋は自分のつまらないポエムに励ましを送ってくれた礼にキーを打ち始めた。

 投稿する前に、自分の名前をどうしたらいいか、悩んでしまう。

 色々考えた挙句フンっと鼻で笑って、「Beauty」にしてしまおうと決めた。



  夢があったり、期待してもらえているなんてすごい。

  自分にはそのどちらもない。正直、うらやましい。


  どちらも両方目指してしまうなんて

  贅沢な道があればいいね。



 自分があのアホアホポエムの作者であることがわかるよう、地味ブログのアドレスも添えて、そんなコメントを華恋は残した。

 そして電源を落として、なにが待ち構えているかわからない明日に備えて眠った。

 

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