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38 福は内、鬼も内 1

 パラパラと紙をめくる音がしばらく続いた。

 祐午は真剣な顔で、かなりの勢いで台本を読みすすめていく。

 時に眉をひそめ、時に笑みを浮かべ、時に驚いたように口を開け、最後まで読み終わってはあっと息を吐いた。


「どうだった、ユーゴ?」

「……長い!」

 思いがけない感想に、全員が揃ってズっこけている。

「これじゃあちょっと長すぎます。時間がかかりすぎて、演じきれませんよ」

「そう……」


 桐絵は長い髪をさらりと後ろに流し、めがねをちょいとズラしてからキリっとした表情でイケメンの後輩のまん前に立った。


「ストーリーは? どうかしら」

 祐午は真剣な表情を浮かべてしばらく部長を見つめた。

 部室に緊張がほとばしり、全員がじっと動かずに返事を待つ。


「最高です。良かったです、部長」


 祐午がにっこりと笑う。最高にカッコいい笑顔に参ったのか、桐絵はへなへなと床に崩れ落ちた。

「やったわね、桐絵!」

 よう子が駆け寄って、親友の肩を抱いた。

 礼音がそばによって祐午から原稿を受け取り、台本を読み始めている。


「やったぞミメイ。これで十二月、お前は女優デビューだな!」


 そんな覚悟はまだちっともできていなかったことに、華恋は改めて気がついていた。

 文化祭だなんて浮かれている場合だろうか。

 公演の少し前に、期末試験だってあるのに。

 一気に不安になってきて、クリスマスガールは顔を青く染めた。


「おお、お前、そんな顔でもちょっと可愛く見えるかも。すげえなあ、演劇部の力を集めたらこんな奇跡が起きちゃうんだな!」


 嬉しそうに騒ぐ良彦に、華恋は歯を剥き出しにして威嚇をした。

 大きな声でゲラゲラ笑うやかましい後輩たちの横では、礼音が読み終わった原稿をよう子に手渡している。


「タイトルはもうすこし考えないとね」

「そうね……」

 脱力したように呟く桐絵の隣で、よう子が微笑みを浮かべながら台本を読みすすめていく。

 可愛い顔した無礼者も覗きはじめたので、華恋もそれに倣って逆側から原稿用紙に並んだ美しい文字を眺めた。


 しばらく、演劇部の部室の中には静寂が満ちていた。

 時折紙をめくったり渡したりする音がするだけの空間になっている。


 桐絵は祈るように審判の時を待ち、読み終わった祐午は満足そうに目を閉じて座っていて、空気を読んで一応黙っている号田は、真剣に原稿を読む良彦の顔を左斜め下からじっと見つめている。


 長い長い静かな時が過ぎ、最後の一枚が礼音の手からよう子に渡る。

 礼音はほうっと息をついて、まだ部室の静寂を破らないように黙って立っている。

 最後に渡された三人は文字の行く末を追って、揃って「終」にたどり着いていた。


「桐絵、本当にやったわね! 素晴らしいわ!」

 よう子が嬉しそうに声をあげてくるりと回り、一年生二人を軽く跳ね飛ばす。

「ほんとう? 今回は合格かしら?」

「勿論よ。久しぶりにいいのが出来たわね。確かに、ユーゴの言うとおり長いけど」


 なので全員が読み終わるのに、随分時間がかかってしまった。

 おかげでヒマだった副顧問はいつの間にか、すやすやと寝息を立てている。


「どうしたらいいのかしら」

「どこか一部だけでもいいと思いますよ。一番の山場のシーン、とてもロマンティックですから」


 祐午はニコニコと笑顔を浮かべて、このシーンのこのセリフがとてもいいとか、こっちのシーンを切ったらちょっと惜しいとかいつもの倍の勢いで話し始めた。

 桐絵は真剣な顔でうんうんと頷き、途中で席に戻ってメモ帳を取ってくると後輩のアドバイスを書きとめたりしている。

 

 二人の間に入れる隙はなさそうなので、残りの四人は離れたところで話し合いに決着がつくのを待った。


「あれ、全部やったら二時間越えちゃうよな」

「だろうねえ」


 原稿用紙の束に綴られた物語は、クリスマスに起きたファンタジーでロマンあふれる美しいものに仕上がっていたが、確かにどう考えても長かった。


「祐午君はいつも、ああやって部長の台本をなんていうか、評価する係なんですか?」

「そうね。演じたいのはユーゴだけだし、昔のこととはいえプロの台本を知ってる男だもの。桐絵もユーゴの意見は役に立つと思ってるみたいよ」


 なるほど、芸能界で生きてきて、人気のドラマに出演していた経験のある祐午ならそんな係も適役だろう。

 二番目に読むのは部長に恋する副部長で、その次は親友。最後が下っ端の一年生というわけだ。


「放課後エンターテイメントの舞台は、各部持ち時間は最長で一〇分なの」

「大体二人芝居で二時間越えとか、プロの領域だよなあ」

 ちびっこ二人がそんなことを言い、礼音が重々しく頷いている。

「私、できるのかな……」

 素人女優がそっと呟くと、良彦はニカっと笑顔を見せた。

「楽しみだな! よう子さん、父兄の観覧って出来るんだっけ?」

「出来るわよ」

 良彦の発言に、華恋の額に一筋、汗がたれてくる。

「呼ばないよ、家族なんか」

「ふっふっふ。姉ちゃんを呼びたいんだが、ダメだったか?」

 完全に自分をからかおうとして言ったであろう発言にムカついて、華恋は長い足で良彦に蹴りを入れた。

「うおっ!」

「ちょっとビューティ、だめよ、そんな可愛い格好で蹴りなんて!」

「そうだよミメイ。さっきの台本見ただろ? お前の役はそんなことしないはずだぜ」


 クリスマスに起きた奇跡。一度は別れた恋しあう二人に訪れた再会の時。

 そんなテーマで書かれた部長渾身の作品のヒロインは、可憐で、はかなげで、一途な乙女だった。


 正直、ついこの間「お前様」なんて呼び合った挙句、雷に打たれてメガネメガネ、なんて作品を書いていた人物が創造したとは思えないほど美しい作品だ。


「うぐぐ」

「やめろやめろ、せっかくの変身が台無しだ!」

 そんなことを言いつつ、苦悩して眉間に皺を寄せるクリスマスガールを良彦は笑顔でさっと写真に収めた。

「こら! 藤田っ!」

「美女井さん! 今いいところなの静かにしてっ!!」


 桐絵の鬼気迫る声に、即黙って気をつけの姿勢になる。

 それを見て、一応配慮をしたのか、いつもの笑い声はあげずに良彦は楽しそうに腹を抱えてプルプルと震えた。


 二人の話し合いがなかなか終わりそうにないので、華恋は制服に着替え、メイクを落としていった。

 良彦がニコニコと笑顔を浮かべながら、まずはメイク落としのシートで顔を拭っていく。


「いっぺんこのまま帰ってみたいよなあ。マーサちゃんがなんて言うか、見てみたいよ」


 そんなのいいよ、と言うつもりだったのに、そのセリフは結局出てこなかった。

 確かに、この顔で一度帰ってみたい。みんな、どんな反応をするだろう。

 もしかしたら、自分の家族だと気がつかないかもしれない。


「今度休みの日にでもやってみるか?」

「いや、いいよ……」

「照れるなよ。ミメイはスタイルもいいし、肌がキレイだからこんなにキマるんだぞ」


 サラリと出てきた褒め言葉に、ついつい顔がかあっと熱くなる。

 視線がまっすぐに向けられず、華恋の目に入るのは良彦の学ランの第二ボタンあたりばかりだ。


「なんだ、マジで照れてんのか。やめろよ、こっちも照れるだろ」

 意外な反応に、思わず視線があがる。

「わはは! お前、今顔がまっぷたつだぜ!」

 ちょうど左半分だけメイクが落ちているらしく、その様子がツボだったのか良彦はいつもどおりゲラゲラ笑い出した。

 その失礼な態度に、思わず華恋は安心してしまった。


 安心するってなんなんだ。コケにされるのに慣れすぎだろう!


 最後に水道でザブザブ顔を洗いながら、自分に腹を立てて。

 手をブンブン振って水を切っていると、横からタオルが差し出された。


「はい、ビューティ」

 祐午がにっこり笑顔を浮かべて立っている。

「ありがと……。もう、終わったの?」

「うん、終わったよ」

 タオルを受け取って手と顔を拭くと、イケメン男子は嬉しそうに話し出した。

「部長はビューティを見て閃いたんだって。これで僕も、念願のお芝居ができるよ! ホントにありがとう」


 最後に両手をぎゅうっと握られてブンブン振られ、またまたやたらと照れた自分に恥ずかしくなりながら、華恋は祐午と揃って部室へと戻った。

 

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