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37 目覚めの刻 3

 メイクをされている華恋の前に、髪をセットされた祐午が現れていた。

 ウェーブのかかった髪を後ろに流して、いつもよりぐっと大人っぽい雰囲気になっている。


「すごい。かっこいい!」

「こら、しゃべるなミメイ!」


 祐午はにっこりと微笑み、隣で号田が偉そうにふんぞり返っている。

 腰につけられたシザーケースには、ハサミやクシやヘアスプレーなどがたくさん刺さっている。


「ホントだ。かっこいいな」

 華恋には注意しておきながら、良彦も振り返って仲間の姿をちゃんと確認して小さく息を吐いた。

「いいなあ、ユーゴは。男前だし背が高くってさ。女子にモテモテだろ?」

「そんなことないよ、よっしー」

 絶対にそんなことあるキメキメの姿で、祐午は答えている。

「ビューティ、次はお前だぞ。藤田君、早くメイクを済ませてくれ。ついでに君もやってくれ!」

 また指をワキワキと動かしながら、号田はハアハア言い出している。

「ゴーさん、俺が頼んだのはミメイのヘアメイクなんだけど」

 すかさず礼音がズイっと前に出てきて、その巨体にさすがの変態大型犬も怯んだようだ。

「すみません。お嬢さんの御髪を美しくセットさせていただきます」

「それでいいよ。よーし、ミメイ! 今日が『真の美女井華恋』の誕生日だぞ! ケーキ買って帰ろうぜ!」

「はいはい、そいつは楽しい話ですね」

「この間みたいに鏡の前でポーっとしちゃうぜ! 自分にうっとりすんの楽しいだろっ」

「そんなことしないって」

 いや、するかもしれない。口ではしないと言ったが、華恋にはあまり自信がなかった。


 変身するのは楽しい。ほんの少しの時間なら別人になれる。

 たとえその下に隠れている自分は変わらなくても、新しい姿に心が躍る。

 いつもは持っていなかった自信があふれてきて、いつもより少し、遠くが見える。


「よしっ、ミメイ、完成だ!」

 良彦が笑顔で宣言して、号田がやってきて、華恋の後ろに立った。

「今日は帽子要らずにしてやるからな」


 先週とはうってかわって滑らかになった髪をブラシがとかしていく。

 クリップでところどころ留められ、スプレーを振りかけられたり、巻かれたりしていく。

 あのケースのどこに入っているのか、号田の腰の付近からは次から次へと新しいアイテムが飛び出してきた。

 最後にはコテまで出てきて、もしかして異次元につながったポケットでも持っているんじゃないかという気持ちになる。


 こういうの、正子がやってるな。


 華恋はシュウシュウと音を立てて髪を巻くアイテムについて、こんな感想を持った。

 同じ家に暮らす同じDNAを持った姉妹のはずなのに、長い間お互い異文化の中で暮らしてきた。

 今日からはもしかしたら少し近いところにいられるようになるかもしれない。


 目指せ、モテモテシスターズ!


 華恋はこんなくだらない考えに、ニヤリと笑った。


「どーしたんだミメイ! ヤバイ笑顔だぞ。普通に戻せ、普通に!」

 良彦の声で、華恋は一気に真顔に戻った。

「笑顔ったって、笑えばいいってもんじゃないんだぜ。なんか変な妄想してたんだろ」

「うるさいなあ、藤田は」

「お前のさっきの笑顔、お父さんそっくりだった!」


 メイクをしても、父のDNAから完全に逃れることはできないらしい。


「おいおい、仏頂面はますますそっくりだ! なんかいいこと考えろー」

「さっきダメって言ったのに」

「おお、じゃあ本当に変な妄想してたんだな。あはは」

「なんて可愛い笑顔なんだ! 藤田君、こっちを向いて!」


 あのケースにはカメラも入っていたらしい。

 大好きなスピリット内蔵の可愛い男子中学生のスナップを素早く撮って、号田は嬉しそうに笑っている。


「よーし! 元気出ちゃったぞ! ビューティ、今日はスペッシャルにしてやるからな!」

 

 そこからはなにが起きているのか、頭の上がとにかく忙しい雰囲気だった。

 シューとかプシューとか音がして、最後に肩をポンと叩かれる。


「出来上がりだ!」

「うおお、すげえ!」

 良彦が声をあげると、演劇部の全員が華恋の前に集まってきた。

「可愛いわ、ビューティ……。素敵よ!」

 よう子の声に、隣の礼音がうんうんと頷き、その隣の祐午が爽やかカッコイイ笑顔を浮かべた。

「本当だ。ビューティ、普段の君の跡形もないよ!」


「そうかもね」


 失礼極まりない正直な感想に、残念ながら完全に同意できる。

 斜め少し前に置かれた鏡の中には、今までに見たことのない少女が映っていた。


 赤い可愛いワンピースに、しましまのステッキ。そしてメイクで変わった顔。

 ここまでは前回と同じだ。


 クルクルと巻かれた髪が中に外に流れて、更に顔を小さく見せている。

 ところどころにキラキラとラメの入ったパウダーがふり撒かれていて、輝いていた。

 なんだかクリスマスツリーのような楽しげで愛らしい自分の変身した姿に、夢でも見ているんじゃないかという気になってくる。


 鏡を見てぼんやりしていると、急に背中に悪寒を感じた。

 肉食の獣のような鋭さをもった気配。

 慌てて振り返ると、桐絵が恐ろしい顔でクリスマスガールを睨んでいた。


「あの、部長……、なにか?」


 眼鏡の下の鋭い瞳が細くなって、「一」になっている。

 しかし、その「一」から驚く程のプレッシャーを感じていた。


「美女井さん」

「はい」

 続きがない。この反応に困って、華恋はよう子に視線を向けた。

「ビューティ、桐絵の方を見て!」

 珍しく小声で指示をされ、仕方なくもう一度怪しげな部長の方を振り返る。


 今にもガルルとか言い出しそうな桐絵と、華恋は黙って向かい合う。

 妙な緊張がほとばしっていて、他の全員も黙って成り行きを見守っているようだ。


 五分ほどたったところでようやく決着がついた。


「 フ ラ ー ッ シ ュ !!」


 演劇部部長はいきなりこぶしを握って両腕にぐっと力を入れて叫ぶと、ダッシュで自分の机に戻って原稿用紙にまたペンを走らせ始めた。


「なんなんですか」

「また降りてきたのよ! 今日はすごいわ。絶対に名作が完成するはず」


 華恋の姿の中にインスピレーションを感じるものがあったのだろうか。

 とにかく部長の台本魂は本日、絶好調のようだ。

 

「みんな、少し静かにしよう」

 珍しく礼音がそんな注意を、主に良彦に向かってする。

「じゃあ、奥で撮影しておこうぜ。ミメイとユーゴ、せっかくキマったんだからな!」


 こちらも珍しく小声で良彦が提案して、夢中で書いている部長以外の面々は部室の奥へと移動していった。

 礼音がカメラを取り出して全員の仕事の成果を撮影し、よう子が細かくポーズを指示する。

 良彦が笑顔でそれを眺め、その斜め下から号田が夢中でシャッターを切っていく。


 撮影が終了した頃、桐絵は真っ白に燃え尽きたポーズで椅子にグッタリともたれかかっていた。


「桐絵、出来たの?」

「……できたわ……」


 バラバラと辺りに散らばっている原稿用紙の枚数は一体どれほどあるだろう。

 辺りは黒い模様の入った白い紙で埋め尽くされていた。


「ちょっと、何枚あるわけ?」

「わからない」


 一応右上にナンバーが書いてある、と礼音が呟いたので、全員で拾って番号順に並べる作業をしていく。


 一〇分かかってようやく揃えて、一枚目に書かれているタイトルがとうとうわかった。


「クリスマス」


 どうやらタイトルに関するセンスはなかったようだ。

 しかし俳優志望の祐午は嬉しそうな顔で、文学の神がもたらした部長渾身の作品に早速目を通し始めた。

 

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