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35 目覚めの刻 1

「大丈夫です、そんなに緊張しなくても」


 美女井家の食卓に、この夜から新たな仲間が加わっていた。

「大体、ちゃんと全部飲み込んでから話せばいいだけですよ」

「そうかな、なんか箸の持ち方もおかしくない?」


 良彦の一言で、またよう子の顔と手に緊張が走る。

 確かに、箸がクロスしかかっている。

 おかげで里芋が何度もテーブルの上に逃走を成功させていた。


「いやあねえ、こういうお行儀がちゃんとしつけられてないなんて」

 しょんぼりとした美少女に、優季が微笑む。

「大丈夫だよ、よう子ちゃん。私だってほら、いっぱい落としてるもん。ほんといつもすみません」

 片手が自由に動かないというのは少し次元の違う話で、みんなそれにはコメントがつけづらい状態だ。

 それでもポジティブな姉は笑顔を崩さない。

「だいぶ良くなってきたんだよ。ね、マーサちゃん」

「うん。だってブレスレット作れたもんね」


 実の姉と違って可愛らしい二人のお姉さまに囲まれ、正子はご機嫌だ。


「あのブレスレットつけていったらね、クラスの子が可愛いって言ってくれたんだよ!」

「へえ、友達できたの?」

「うーん。どうかなあ。でも、みんなの分も作るって約束したんだ」


 どうやらまずは男子にモテようという考えは捨てたようだ。

 正子はにこにこと同じクラスの女子の話をし始めている。

 そんな娘の成長に、母、美奈子は涙を浮かべていた。


「まずは同性に受ける女子にならないと、モテないんだよね、よう子さん」

「そりゃそうよ。男子にしか受けない女なんて底が浅すぎるわ。媚びてりゃいいってもんじゃないのよ。大体男受けがいいだけの女には攻撃が集中する。出る杭は必ず打たれる! まずは味方を作って杭を打つ者をなくすのよ!」

「はい、師匠!」

 隣では藤田ブラザーズが無責任に大爆笑している。

 正子がしたのは更正ではなく、進化だったようだ。

 華恋はつい、「その方が正子らしい」なんて感想を抱いてしまっている。

 隣にいた父と母は微妙な顔をしていたが、最後にはおかしくなったようで一緒になって笑った。


「華恋、もしかしてこれからも部活の仲間がどんどん家にやってくるのかな?」

 お客の軍団が帰った後の美女井家のリビングで、父は少し冗談めかした口調でこんなことを言い出した。

「それはないんじゃないかな」

「演劇部はあと何人いるんだい?」

「三人だよ」


 台所では正子が一生懸命母の手伝いをしている。

 学校で級友たちと交流があった話をしたいらしく、手よりも口の方が動いていて作業はそれほど進んではいない。


「残りもみんな美人揃いだったりするか?」

 もちろん父は冗談のつもりでこう言った。

 しかし長女の顔はかなり冷ややかになっている。

「私以外はみんな美形なんだよ」


 それはすまなかった、というセリフを飲み込んで、父は笑ってその場をごまかし、新聞をわざとらしく広げて既に朝読んでいた記事にまた目をやった。



 テーブルに残った皿を運ぶのを手伝ってから、華恋は自分の部屋に戻った。

 今日はやろうと思っていたことがある。例の、愚痴ブログの処遇を決めるのだ。


 引越し前の不安と転校初日の苛立ちのポエムが三編載っているだけのしょうもないブログ。

 あんなものはきっと容量を食うだけの意味のない存在に過ぎない。

 昨日の夜、机の上に置かれて寂しそうにしているアンソニーを見て、華恋は考えていた。


 コメントだって二つついただけであり、それも「なんとなく、頑張れ」みたいな内容のもので、これ以上発展する可能性は感じられない。


 今でも学校生活の中で好き勝手言われていて、「このやろう」と思う瞬間は一日に何回かある。

 けれどそれはもうただひたすら我慢をしなくてはいけない苛立ちではなく、周囲とのコミュニケーションへと進化を遂げていた。

 だから華恋にはもう、愚痴を書くために作ったブログは必要ない。

 過去のひねくれた気持ちの自分は捨てて、ポジティブな気持ちで未来へ進もうと決めて、アンソニーの電源を入れた。

 

  K.M’S Diary


 面白くもなんともないゴシック体の文字が小さく上に表示されている。

 背景も地味極まりないモノトーンのものだ。これを見たらきっと、良彦もよう子も「つまらない」と文句を言うだろう。


 管理者ページにログインして、こんな役立たずのブログはさっさと消去してしまおうと華恋は思っていた。

 しかし、新しいコメントがあるという通知が目に入った。

 一番下に隠されるように設置されている「削除」のボタンを押す前に、新着コメントをクリックしてみる。


 まず本文が目に入ってしまって恥ずかしい。

 どうしようもないポエムだな、と自分で言ってしまえる五行の詩を今すぐ葬り去ってしまいたい気分になるが、我慢してコメントに目を通す。


  誇り高き白は

  誰にも何色にも染められることはない

  魂は再び輝きを取り戻し

  そのあまりの眩しさに人々は目を瞠るだろう


「なんじゃこりゃ……」

 ポエムへの返信は、ポエムでということなのだろうか。

 こういうタイプのコメントは初めてで、正直面食らうばかりだった。


 短い四行の詩を何回か読み返す。

 行間には空回りしたような恥ずかしさが満ちているが、落ち込んでいるであろうブログの作者を励まそうとしている様子なのはわかった。


 このコメントをつけた主の名前、「十六四」の隣には家型のマークが表示されている。

 この人物もブログを持っているらしい印で、興味が沸いて、華恋はマウスを動かしてカーソルを合わせた。


 画面が切り変わって、淡いブルーの上品な壁紙が表示されていく。


 記事についている写真には、高価そうな紅茶のポットとカップ、洋菓子が映っている。

 話題の店の話題のケーキセットのようだ。

 プロフィールの欄をみると、どうやら十六四は「どろしー」と読むらしかった。

 「十」を「ど」と読むかどうかは甚だ疑問だが、他人の名前にケチをつけるのは趣味が悪いのでそこはスルーしておく。


 十六四のブログには「巷で話題のスイーツ」と、「自身の今後の身の振り方に関する悩み」が半々くらいの割合で綴られていた。

 なにを目指しているのかは明記されていなかったが、将来の夢を家族が反対しているらしい。

 反対しているというか、「こうなってほしい」と熱望してくる他の将来があるらしい。


 言葉や背景の雰囲気から察するに、中学生か高校生の女子のように思える十六四のブログをお気に入りに追加して、華恋は自身のブログに戻り、あのつまらないポエムについたコメントにお礼を書き込むことにした。


  共感してくれてありがとう。

  あれから色んなことがあって

  今はとても楽しく生活しています。


 そしてブログを消すのはやめて、新しい日記を書いた。


  毎日毎日、世界は容赦なくて

  楽しいことなんかないと思っていた。

  だけどそうではなかった。

  勇気を出して一歩踏み出すと

  同じ教室のはずなのに違う世界が待っていた。


  飛び込むかどうか、自分で決めるのは難しい。

  背中を押してくれる人がいた私は、きっと幸せ者なのだろう。



 「無の境地」なんて考えていた頃がなんだか少し懐かしいくらいだ。

 華恋はそう考えながら、アンソニーの電源を切った。


 あの最終奥義を簡単に破れる男が隣の席でよかった。

 ついでに、あの日遅刻してきてくれて本当によかった。

 彼がいなかったら、きっと毒にも薬にもならない面白くない三年間を過ごしていったに違いない。


 ついでに、きっと高校でも同じことを繰り返して、その先もきっと……。


 そんなことを思いながら、華恋はこの日眠りについた。

 この日見た夢は良彦に散々コケにされて怒鳴り散らすなんて内容で、起きた時に思わず、苦笑してしまった。

 

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