34 仲良きことは美しき哉 3
「今日から副顧問になった号田剛だ! みんな、よろしく!」
演劇部の部室のど真ん中で、嬉しそうな顔を真っ赤に染めて、号田が叫んでいる。
「号田先生、少し声が大きいです」
桐絵がいつも通りの苦情を申し立てると、よく通る声が答えた。
「すまんな!」
なぜか顧問の来ない部室の真ん中に、桐絵と礼音以外の四人が集まっていた。
副顧問は楽しそうに、ニヤニヤと笑いながら近づいてくる。
「ビューティ、髪の具合はどうだ?」
「ああ、結構いい感じです」
てっきり良彦にハアハアしだすかと思いきや、案外まともな切り出し方だった。
そしてなによりも一つ、突っ込まねばならないことがある。
「その髪型は?」
土曜日には、ボリューム感満載のチリチリパーマしかもロング、だったはずだ。
しかし今日は、真っ黒いストレートヘア。しかも、七三だ。
更に、太目の黒いフレームのメガネをかけている。
「マジで俺の言った通りにしたんだ」
「マジメな教師スタイルを極めたらこうなった。どうだ。先生っぽいだろう!」
このメガネは伊達だ! と大声で宣言し、号田は高らかに笑う。
「先生、うるさいです!!」
桐絵の声には効果がないらしい。新任の副顧問はまるで構わず、大きな声で続けた。
「で、俺はなにをしたらいいのかな?」
良彦は少し離れた位置から、華恋の改造計画について説明している。
新任講師はよくみたらレンズが入っていない眼鏡を時々いじりながら、フンフンと頷き、理解をしたらしかった。
「なるほど。土曜日に見たビューティの写真はそういうことか」
「ミメイの写真?」
「私が見せたのよ」
よう子の言葉に、良彦がへえと返事をする。
「それなりにごまかせてはいたが、やっぱりちゃんとヘアも決めた方がいいと俺は思ったぞ。よしわかった! 協力してやろう」
「お、いいね、ゴーさん」
「ビューティはなかなか今時の女子中学生らしからぬ渋い男気があるからな。俺はこいつが気に入ったぞ。協力しない理由がない」
号田は散々悩んだ挙句、華恋のことをよう子同様「ビューティ」と呼ぶことに決めたらしい。
男気の部分には納得いかない気がするが、それについては目を瞑り、華恋は新任講師を少しだけ褒めてやった。
「今日はちゃんと落ち着いてるんじゃない?」
「教師が生徒より浮かれてたらナメられるだろう」
そう考えられる人間だったのなら、先週だってもっと落ち着いていても良かったのではないか。
早速完璧なクリスマスガールを作ろう! と良彦たちが喜んだが、号田は急に慌てて、ダメだと答えている。
「今日はアイテムが揃ってない。明日持ってくるから待ってくれないか」
「なんだよゴーさん。用意悪すぎ」
「知らなかったんだから仕方ないだろう?」
眼鏡の下の目と口元が、途端にニヤニヤし始める。
「スピリット、俺をもっと罵ってくれ!!」
満を持しての変態の登場に、その場にいた全員がくるりと一八〇度回転して、礼音の元へ緊急避難を開始した。
「僕の衣装はできたんですか?」
祐午の質問に、よう子が微笑んでいる。
「デザインは出来ているの。布地がちょっとまだ届いてないから、少し待ってくれる?」
「そうなんですか」
「そうよ。すごくいいものを見つけたの。楽しみにしてて」
すごくいいもの、に華恋が疑問を感じていると、よう子が気がついて小さな声で教えてくれた。
「サンダーのお母様は趣味で洋裁教室をやっているの。そこにたまに通っては、仕入れる布を一緒に選んで一部を頂いてるのよ」
なるほど。改めて、BGのGの部分に納得がいく。
「そのお母様とは仲がいいんですか?」
「ええ。週に一度、お教室に通って随分親しんでもらってるわ」
よう子はふふっと笑っている。
大学生のお坊ちゃまが中学生の彼女を連れてきた、なんて、ハードルが随分高そうに思える。
オカアサマに認めてもらうまでに、相当な努力をしてきたのかもしれない。
夢をかなえるために必要なステップなら、「がめつい」なんて単語で片付けては先輩に失礼だろう。
夢の為に全速力で前進するための努力には違いないのだから。
「あの赤い衣装も?」
「ええ。上品な色合いだったでしょ? 中学校の演劇部だからって安っぽいものは使えないわ」
十四歳のデザイナーの卵は、そう言うとにっこり笑った。
「じゃあやっぱりあの衣装で行くしかないですね。部長に頑張って合わせて書いてもらわないと」
そういえば先週降りてきた文学の神はどんなシナリオを桐絵にもたらしたのだろう。
頭を抱えている部長の様子に不安がよぎるが、そばに寄って机に広がる原稿用紙をのぞきこんでみた。
「文学の神はどうしたんですか?」
白に埋め尽くされた紙から、神の息吹は感じられない。
「途中で帰ったみたい」
そう呟くと、神に見放されたシナリオの申し子はガシっと自分の頭を掴んだ。
「もう少しで最高のエンディングにたどり着いたのに……!」
長い髪をブンブン振って、苦しげに唸りをあげている。
これはそっとしておいた方がよさそうで、華恋は黙ったまま後ろへ下がっていく。
「よう子さん、なにか部長にインスピレーションをもたらす物ってないんですかね?」
「そうねえ。桐絵だけはなにがきっかけで目覚めるのかよくわからないのよね。電線の上のスズメとか、半分開いたゴミ箱の蓋とか、ひどく眩しいスキンヘッドとか……」
「ま、そのうちまた神様も来るでしょ!」
良彦だけが底抜けに明るい笑顔で声をあげている。
「今は文化祭の準備しようぜ。ゴーさんにヘアメイクやってもらったら、お客さん喜びそう。ついでにカメラも持ってきてもらえばいいよ。バズーカみたいなヤツ持ってるから」
「そっか。あんたの写真も撮ってたんだもんね」
この際そのカメラで愛しのスピリットちゃんを撮っていたことは忘れよう。
唸り声を上げ続ける部長を残して、部員たちは黙々となにかを作っている副部長のもとへと戻った。
衣装の係はよう子が担当し、メイクは良彦がもちろんやる。
髪のセットは号田がやるとして、残りの作業はカメラとプリント、そして案内が残っている。
誰がなにを担当するか決めなければいけない。
「案内は祐午君でいいんじゃないかな。かっこいいんだし」
「そうだな。ユーゴが一番ちょうどいい」
「後はカメラとプリントしたものを渡す係ね。どっちがいい? レオちゃん」
小道具は衣装とセットして用意することになっており、当日に職人の作業はない。
「……プリントかな」
礼音は後ろを振り返り、いつものようになにかをゴソゴソと出してきた。
机の上に、何枚かの紙が並べられていく。
「うわあ」
写真を置くための台紙なのだろうか。
小さなラインストーンが端に一つ、二つついていて、美しい枠がデザインされて四方に施されている。
「これって?」
「版画だ」
「シブっ!」
用意が済んでいるのなら、プリント係は礼音に譲った方が良さそうだ。
ということは号田にカメラの扱いを教わらないといけない。
しかしあの大型犬は少し自分に懐いている傾向があるようなので、ちょうどいいかもしれない。
華恋はそんなことを考えながら、ワクワクした気持ちで仲間たちと笑顔を交わした。