33 仲良きことは美しき哉 2
「よう子さんは昔っからずっとあんな感じだったんだ。お嬢様っぽく、口調も態度もちょっと高飛車なイメージでさ」
良彦が話すと、隣にやってきた優季もうんうん頷いている。
「両親が浪費グセがすごいんだって。基本的に食事は奪い合いだし、服もいいものは買ってもらえないみたいで」
母親のいない優季と良彦の兄弟と仲良くなり、よう子の兄と四人で色んな工夫をするようになった。
古い服は修繕し、ダサい服は手を入れて可愛く改造して、料理は自分たちでできるように練習して……。
「よう子さんもお前と同じ、現状打破のために頑張ってるタイプ」
「そうだったんだ」
あの作りこんだ高飛車なキャラクターも、すべて自分を守るためだったとしたら。
まだ中学生、親の元から飛び立って一人で生きていくなんて、難しい。
華恋とよう子の悩みの質はだいぶ違っていたが、自分で望んだわけではない境遇に悩まされているという点は同じなようだ。
「よう子さんは学生向けのファッションのコンクールなんかは必ず応募してる。早いうちに一人前になろうって思ってるんだ。俺もそれに触発されてメイクアップアーティストになろうって思ったんだよね」
「そうなの?」
「そうだよ。俺も早く独り立ちしたいから。そう思ってたところでメイクの面白さに気がついたんだ」
優季は珍しく神妙な顔をして黙っている。
父が頼りない。母はいない。よう子同様、早く大人になりたいと思っていることだろう。
しかし悲しいことに病にそれを邪魔されている。
華恋の少し控えめな視線に気がついて、優季は微笑を浮かべた。
「華恋ちゃん、そんな顔しないでよ。私は今自分ができること、精一杯やってるんだから」
握った拳は弱々しいが、一切気にせず、優季は自分の胸をとんと叩いている。
「華恋ちゃんの家にめいっぱいお世話になって、とにかく元気になること!」
返す言葉が浮かばない弟のクラスメイトに対して、姉は明るい笑顔を見せた。
知り合ったばかりのよその家庭に目いっぱい世話になるなんて、覚悟が必要なことだっただろう。
弟とおそろいの可愛らしいポジティブな笑顔につられて、華恋も少し微笑む。
「髪がサラサラになったからかな。なんか可愛くなったんじゃない?」
「そうだよなー。おいミメイ、後ろ向いてみ?」
良彦に言われ、くるりと一八〇度回る。
「すげえ……、後ろ姿だけなら超美人の期待がすごいぜ。お前、四角い仏頂面から、見返らず美人に昇格したな!」
「誰が見返らず美人だ!」
いつも通り! という掛け声を受けて、華恋は少しとほほと、でも最後は二人の朗らかな笑顔につられてケラケラと笑った。
月曜日、いつも通り良彦と並んでキャラ弁を広げる華恋のもとに客が一人訪れていた。
「ビューティ!」
いやいやあなたの方がよっぽどビューティでしょうよ、といった様子のクラスメイトたちのザワザワは気にしないよう努力しながら、華恋は答えた。
「よう子さん、どうしたんですか?」
「ちょっといいかしら」
美しい顔が近づき、耳打ちしてくる。
「昨日からなんにも食べてないの」
「はい?」
よく見てみれば、少し顔がいつもよりげっそりしているように見える。
常にツヤツヤの唇も、パリっと乾燥している気がした。
「ちょっと藤田」
返事は待たず、隣の巨大な弁当箱から半分中身を取り出して、蓋の上に移していく。
「なんだよー」
その取り分けた分を受け取り、自分の分は蓋を閉めて先輩に渡した。
「藤田の分はいつも多くて余るんで。これ、どうぞ」
「まあ、ビューティ……」
よう子は良彦の前の席の男子、原田某ににっこり微笑みかけた。
「椅子、貸してもらってもいいかしら?」
「はい! どうぞどうぞ!」
まだ一口も昼ごはんを食べていないのに、原田は快く自分の椅子を美しい上級生に提供した。
それにありがと、とよう子がいつもの澄ました顔で答えると、ぽわーんと真っ赤なハートが原田から飛び出し、ふわふわ飛んで窓から空へと旅立っていく。
華恋の地味な顔を模した弁当に、よう子はふっと笑う。
今までは海苔でずっしり感を表現されていた髪の毛の部分は、しそ昆布でサラサラ感を感じさせるように変更がされていた。
「いいわね、こんな楽しいお弁当」
「すいません、私なんかの顔弁当で」
「ミメイ、卵焼きだけは返してくれ」
「ほらよ」
「いきなりごめんなさい。たまにこういうことがあるのよね」
ためいきと一緒に、ご飯粒が一つ飛び出していく。
「ビューティ、もしかしてもう気がついてるかと思って。BGのBがなんなのか」
「ああ」
正面から本人には言いづらいので黙っていると、よう子は笑った。
「ちなみにGの方は、ガールじゃなくてがめつい、だから」
低く囁くような声と、自嘲気味な笑顔は、よう子が初めて見せるものだ。
「賢くて美人っていう天からの二物のかわりに、私にもちゃんと足りないものがあるのよね。ホント、困ったものだわ」
「……二つもあるならいいじゃないですか」
華恋の言葉に、良彦が笑う。
「ビューティ、よっしーの見る目は本当に本物だったわね。あなたが仏頂面で黙っていても、その魂の高潔さは隠せなかったのかしら」
「そんな大袈裟な!」
「ホントだよ、よう子さん。ま、いい奴なんじゃねーの、くらいでしょ。この四角いのはさ」
「そうそう。そのくらいですよ」
四角いの程度ではもう動じない華恋に、よう子はまた笑顔を見せている。
「おとといからずっと考えていたの。やっぱりどんなに取り繕っても育ちの悪さはどこかで出てしまうんだなって。今まで仲良くなった男の子たちは、一緒に食事をすると嫌そうな顔をしてたわ。だから、気がついてはいたの。私の食べ方に問題があるんだろうなって……」
「サンダーさんは?」
「サンダーとはお食事はしないようにしているの。せっかく捕まえたナイスガイだから。彼はリッチなボンボンで、私の夢の達成の為には必要な人材なのよ」
ご飯のかけらを飛ばしながら話すよう子の言葉の端々からは、打算の香りが漂っている。
良彦はなにか思っているようだが、最後の卵焼きを黙って咀嚼していた。
「デートのたびにおなかが空いちゃって。こんなの、ステディーなんて呼べないわよね。本当の自分をさらけだせる相手じゃあないってことですもの」
「よう子さん、食べながら話したらダメですよ」
華恋の一言に、よう子の箸がピタっと止まる。
「せっかく気にしてるんなら、直しましょうよ。よう子さんにふさわしいキレイな食べ方身につけないと」
「ビューティ……」
「よう子さんはすごくキレイなのに、そんな些細なことで悩むなんて勿体無いです。うちの妹だって、よう子さんが帰った後ずっと話してましたよ。すごく美人だった。あんな中学生になりたいって」
華恋の脳裏に、美女井家の家計について、という項目が一瞬浮かぶ。
既に二人増えてるんだから、三人だってそうかわりはないだろう。と、思う。
「うちにご飯食べに来てください。特訓して、安心してサンダーさんと食事に行けるようになりましょう」
よう子の目が丸くなり、良彦はふーっと息を吐いた。
「なにそれミメイ。お前、なんかスゴイな」
「お父さんの真似」
顔だけではなく、器が大きいところも一緒になりたい。
華恋はそんな風に考えていた。
良彦が言ってくれるような人間になりたい。
最終的に受け入れてくれるのは両親なのだが、チャンスを提供するだけなら自分にもできるわけで。
「かわりに素敵な衣装で変身させてくださいね」
体型について褒められた時、本当はとても嬉しかった。
名前と顔のギャップでみんなの思考は止まり、それ以上について指摘したり褒めてくれる仲間なんて今までにはいなかった。
失礼極まりない言動に戸惑いはしたが、今出来かけている貴重な友人との絆を大事にするべきだ。
一ヶ月前に転校してきた時の卑屈な気持ちはどこへやら、華恋は清々しい笑顔を浮かべている。
よう子はそれに、今までで一番の美しい笑顔を浮かべて答えた。
「ありがとう、華恋」