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31 トップブリーダー華恋 3

 眉間にぎゅっと力を入れた顔で、号田は渡された写真を見つめている。

 さぞかし腹が立っているのだろうなと華恋は考えていたが、それだけではなかったようだ。


「もしかして、これ、お前か?」

 視線を向けられて、華恋は答えた。

「ええ、まあ」

「そうか。帽子は? 髪を誤魔化すためか」

「そうだよ」

「藤田君はまた腕をあげたな」


 ふう、とため息をつくと号田はよう子をじっとりとした目で睨んだ。


「秘蔵の写真は?」

「それよ。よっしーの写真だなんて一言も言ってないわよね」

「B~G~!」


 ギリギリと悔しそうに顔を赤くする様子にも、よう子の対応はクールだった。


「BGって呼ぶのはもうやめて欲しいんだけど」

「なんだ。じゃあPGにしてやろうか?」

「なんのPかしら?」


 号田の口が軽く開きかけたが、よう子の視線の強さが勝った。

 騙されるわタダ働きさせられるわで、華恋はさすがにこの新任講師が気の毒に思えている。


「あの、藤田でよかったら今度写真くらい撮ってくるよ」

「……なに? SG……、お前ってやつは……」


 ぎゅっと閉じて何かに耐えるようだった号田の唇が、わなわなと震えだす。


「いい生徒を持って俺は幸せだ!」

「まだ授業してないじゃん」

 鼻でフンと笑う華恋に恨めしい視線を向けたが、すぐに号田はニヤリと笑った。

「できたら左斜め下辺りから撮ったものを頼む」

「うん?」

「スピリットはその角度から見るのが最高なんだ」

「気持ちわるうっ」

「なんとでも言え! スピリットはこの世の最高の美だ! あの成熟する前の少し不安定な美しさが、お前らにはわからないだけだ」


 真剣なまなざしは危険極まりない。

 と、華恋は思うが、わかるような気もしていた。

 正体が男子小学生だとわかった上で好き好きしているのは変態でしかない。

 でも、なにも知らずに良彦のあの写真を見たら、多くの人が同じように思うだろう。


「いや、あのブログの写真はすごく可愛かった。ゴーさんが撮ったんだよね?」

 

 まだ先生と呼ぶのは早い気がして、華恋もこの変態の呼び名を良彦たちと同じものにしようと決める。


「SG……」

「はい」

「すまなかった。おかしな呼び名をつけて。SGじゃ失礼だな。そうだな……、じゃあ」


 貴重な同志を見つけたと思われたのだろうか、号田の様子が明らかにおかしくなっている。

 目には涙を溜め、頬を紅くして手を震わせている。神妙な言動は正直、不気味でしかない。


「HBにしようか」

「HB?」

「HeartはBeauty」

「なんじゃそりゃ」

「見た目はアレだが、心は美しいじゃないか! 見た目と乱暴な口調で判断してすまなかった!」


 その前に、このレベルの低い英語力をなんとかした方がいいのではないだろうか。

 英語の講師だったように思うが、まともに授業できるか心配になってしまう。


「HBって鉛筆みたいでおかしくない?」

「そうか。じゃあ、そうだなHPとか。HeartはPure」

「HPは他にも意味がありすぎでしょ」

 ヒットポイントとかホームページとか、パソコンメーカーとか。

「HKは?」

「HK?」

「HeartはKirei」


 しょーもない! と華恋が大声を出すと、隣に座っていたよう子がころころと笑った。


「もー、ミメイでいいよ」


 どうやら納得いかないようで、号田は首をひねっている。

 どうしてどいつもこいつも勝手なあだ名をつけようと努力するのか、少女には理解できない。


 しかしどうやら、打ち解けられそうな雰囲気ではあった。

 可愛い小型犬の良彦に、変態大型犬の号田。どちらも手懐けるのに成功しているように思える。


 そしてモグリの理容師はようやくあることに気がついたらしく、振り返るといきなりこう尋ねた。


「BGはなんでビューティと呼んでるんだ?」

「ああ」


 止める間もなく、華恋の姓名についての説明がされていく。


「ふはははははは!」

 仲良くなれそう、なんて思った間抜けな自分にイライラが一気に沸騰して、華恋の中で弾けた。

「このやろう! お前もか!?」

「すまんふふふふふ!」

「写真の件はなし! 帰る!」

「ふほ! 待ってくれ!」

「また来週っ!」


 久々に名前のことで怒ってドスドスと歩いて、華恋はGOD・Aから出た。

 よう子が慌てて、怒れる後輩を追ってくる。

 

「ちょっと待って、サンダーを呼ぶわよ」

「どこにいるんですか?」

「わからない。ちょっと連絡してみるわね」

「うちのお父さんに来てもらいますよ。よう子さんも夕ご飯がいるんなら、どうせ連絡しないといけないし」


 華恋がカバンの中から携帯電話を取り出すと、よう子の目がキラリと輝いた。


「ビューティ、携帯持ってるのね」

「いえ、これは母から借りました」

「ああ、そうなの」


 早速家に電話をかけて夕食を一人分追加するようオーダーし、父に迎えに来て欲しいと話す。


 二人で時ノ浦駅前のロータリーで待っていると、すぐに見慣れた大きな車が走ってきた。


「はやい」

 電話から一〇分ほどしか経っていないのに、行きに比べてかなりスピーディな到着だ。

「本当ね。サンダーったらもしかして迷ってたのかしら?」

「道が混んでなかったのかもしれないですよ」


 父、修の笑顔に迎えられて、少女たちは二列目の座席に並んで座った。


「おや……、随分可愛い子だ。部活の先輩なんだって?」

「お世話になります。北島よう子といいます」


 いつにもまして艶やかな微笑みでよう子が挨拶をして、修はにっこり笑っている。

 次に娘に視線を合わせ、こちらにもおや、という表情を見せた。


「華恋、その髪、どうしたんだ?」

「どうしたって、床屋に行ったんだから。ちょっと切ってもらったんだよ」

「切っただけじゃないだろう? なんだかいつもと全然違うぞ。サラサラしてる」

 かつてない娘のサラサラした様子への疑問に、よう子が答えた。

「魔法をかけてもらったんです。アンビリーバボーですけど、ワンダフォーでしょう?」

「……そうだね、ワンダフォーだ」

 修はよう子の言葉にうなずくと、車を出した。

「お父さん、道、空いてた?」

「いや、混んでたから裏道を抜けてきたんだ」


 職業柄、地図や裏道には詳しいらしい。

 サンダーのヘトヘト往路と違って、スピーディな帰路は快適そのものだった。


「いいわね、こういう車って。広々でフカフカのシート。エクセレントだわ」

「まあ、ひらべったい車もかっこいいですけどね」


 寂れた時ノ浦駅には場違いだったが、どこか都会的なところを疾走すればかっこいいのだろう。見た目だけなら。


「そういえばサンダーさん、どこか近くで待ってたりとかしないですかね?」

 後輩の気遣いに対して、どうせどこかでウインドウショッピングをしているから大丈夫、なんて答えが返ってきた。

 今はステディーのことよりも美味しい夜ご飯への期待が勝っているのかもしれない。

「大丈夫よ。心配してくれてありがとう、ビューティ」


 裏道を抜けて、車はあっという間に美女井家にたどり着いた。

 降りるなりよう子は、両手を口に当てて「ほうっ」と声をあげている。


「立派なお宅じゃない、ビューティ……」

「そうですかね」

「そうよ。よっしーの家の近所よね? ここって」

「ああ、藤田の家ならそこの道路を渡って、左の方に歩くとすぐです」


 そういえばずっとこの辺りは家を建築中だったわねと、よう子は頷いている。

 ブログの更新を止めて以来久しぶりにこの辺りに来たわ、なんて話しながら家に入ると、今度は玄関の様子に軽く興奮しだした。


「この花瓶、素敵!」

「このカーペット、なんてエレガント!」

「まあ、このテーブルなんて上品なの!」


 見るもの見るものすべてがエキサイティング祭り。

 目をギラギラ輝かせるよう子を見て、華恋はなんとなく「BG」もしくは「PG」がなんの略なのか、わかったような気がした。

 

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